※死ネタ





私の周りのひとは言葉に無責任をのせる。きっと?多分?おそらく?大抵そんな副詞をつけて無防備な私に押しつけてくる。重い荷物を重いと口に出したりはしなかったけれど、やっぱり重いものは重い。勝手に期待して勝手に絶望して、躍らさせるだけの存在。私は私なりに頑張っているというのに結果しか見てくれない。知ってるよ結果が全てだってこと。知ってるよ過程なんて誰も評価してくれないこと。知ってるよ私たちは失敗できないってこと。分かってるよ望みを託す身近な人間が私たちだけてこと。どうせ悪気もないんでしょ。私と彼しかいないから。でもじゃあ、私たちに期待をよせるならば……最後まで結果を受け入れて。私が自分を犠牲にすることが務めだというのなら、それがあなた達の最低限の役目でしょ。自分の死に様くらい自分で決めさせて。他のことを乞おうとは思わない、でもそれくらい許されるでしょ。見届けてよお願い。


「しんどそうだな」
『どうも』
「もう少しだからな踏ん張れよ倒れるな」
『分かってる』


相棒が私と同じような顔付きでやってきた。似たような運命を辿るしかない日番谷と私は言葉にしなくとも互いに分かり合えた。そう、私たちはニ人共、生まれたときから課せられた宿命を背負っている。ただの適合者。妥協は許されない。完璧な存在であらなければならない。失敗して葬り去られた仲間は数知れず。篩にかけられた人間の中から選ばれた。死にたくないからがむしゃらに生きた。でも生きて外に出て、そこに私が望んでいたものは何もなかった。失ったものばかり目に浮かぶのに得たものなんて欠片もない。あんなに仲が良かったのにね、不思議だね、もう名前も顔も思い出せない。今を生きているはずなのにもうその一瞬が過去に埋没していく。防衛本能の一種。忘却して届かない位置に分別しちゃった方が私が楽なんだ。じゃないと息苦しくて生きていけないもの。私は自分を許してあげられない。


『私もあんたもこんな理不尽なこと、よく受け入れてやってるよね』
「同じくらい俺たちも理不尽なことをしてきたからな」


奪ってきた。奪う権利など到底与えられるべき存在でない私たちは、沢山の掛け替えのないものを破壊して再生できないようにめったうちにした。破壊、破壊、破壊、破壊……。再生を掲げて行動してきたのに私は壊してばかりだ。何も産んではいない。壊すだけの醜い存在。救世主だと崇められる一方で悪魔と罵られる毎日。だけどそれももうすぐ終わる。この任務が済むころには、私も日番谷も生きてはいない。死にたくないの一心でここまで来たというのに、最後は結局そこに還るらしい。でも解放されるのならばいい。これ以上平気な振りをして手を汚して叫び声を無視するのは限界だ。死をもって解き放たれる。私が望んだことは陳腐なまでに私が懼れていたことだった。苦しむくらいなら絶つ方がマシだと考える異常な世界で生まれ育った。友達の何人かは自らそれを肯定した。私はその中で抗ってきたのだけど、こうして考えると楽に逝っときゃ良かったのにと少し後悔する。逃げるだけで立ち上がらない大人を嫌悪していた私はどこへ行った?子どもを道具としてしか扱わないあいつらを憎む気持ちをいつの間になくした?片鱗さえ見当たらない。疲れきってしまった。感情を司る感覚が麻痺していき、そのうち、それすら元から無かったことになるのだろう。もはや殺戮兵器としてでしか私は存在しなくなる。それだけは耐え難かった。人間性だけは捨てたくない持っていたい。私は人間として普通に死にたい。感情のないロボットとして生きながらえるのならば、感情のある人間として死を迎えたい。


「死ぬのやっぱりこえーな」
『じゃあ止める?』
「まさか。これ以上生きてたってしょうがないだろ」
『うん、私もそう思う』
「それに誰だって死ねるんだ。俺たちに出来ないわけねぇよ」
『だって私たちは天才児だもん』


クスッとどちらともなく微笑みが漏れた。戦場に行く直前の緊迫した状況下でまさか笑えるとは。私たちはやっぱり度胸がある。横に並んでいた、私よりも年下の男の子がこちらを睨んだ。静かにしろとでも言いたいんだろう。それに対して日番谷が悪いなぁと呟いた。私もごめんねぇと心なく呟いた。どうせ死ぬのならばやはり何かの役に立ってから、それは二人とも譲らなかった。上官には反対された。一番の活躍を見せていたツートップが抜けるとなると大幅な戦略ダウンは避けられない。だけどれど私たちは拒み続けた。抗うことがこうまでも気力の要ることだということをこの時初めて知った気がする。昔は《死》に抵抗してがむしゃらだったのに。疲労した身体に叱咤しなければそれさえも難しくなった。受け入れてあげる、なんてカッコイいもんじゃない。二人ともこれ以上続けると狂っていくのが手に取るように分かったから。正気の中にね。私が私のしたことを覚えているうちに。彼が彼のしたことを覚えているうちに。許されるはずのない罪を背負って生きていくには私たちは弱すぎた。ただそれだけのこと。


「さっきの一つ撤回する」
『なに?』
「倒れそうになったら、踏ん張らなくていい。俺が全部抱えてやる」
『……』
「お前の分まで背負ってやるから、心配すんな」
『……考えとく』


こういう優しさが日番谷を蝕んでいくんだろう。倒れそうなのは私じゃないあんた方だよ。無理しないで私とあんたの仲じゃない。抱えてやる?冗談じゃない。私は私の罪を他人に預けるような卑怯な真似だけはしたくない。背負って生きていくことはもう出来ないけれど、逃れたいから死を選んだのだけど、それを日番谷1人に押し付けることは絶対にしない。他人の分まで抱えきれるわけない自分の分で精一杯なくせに。でもありがとう。気持ちは受け取っておくよ。
号令がかかった。みなが各々の武器を手に取った。一足先に出動した奇襲部隊の攻撃の音が聞こえる。さぁ始まった。私と日番谷の、最後の仕事。駆け出す。誰よりも疾く疾く疾く!前が開けた。敵の地でも名を馳せている私たちを見ると、奴らは数的有利を作ろうと大勢の兵士で周りを囲む。少しは能力も知っているらしい。日番谷の力を考慮して水を使う攻撃を一切してこない。火で炙り出すつもりなのかな。でも残念。彼はそんなちんけな封じ方じゃ防ぎきれない。なぜなら天候さえも彼の支配下にあるのだから。


「あ、あ、あ、天気が急に変わって」
「舐めんなよ俺たちを」


辺り一面が氷で凍てついた。足をとられたと認知した瞬間には、もう既に遅い。日番谷がタクトを振れば一瞬にして、見惚れるほど綺麗に鮮やかに氷華は散る。ただこれだけで殲滅できるほどアチラさんもやわじゃない。すぐさま氷を溶かしにかかり、第二、第三と部隊を送ってくる。今度は私の番。溶かされた氷は何に状態変化する?もちろん答えは水。では水は何をよく通す?そう、電気。条件は面白いほど万端に整った。私が能力を発動させる。ピカッと雲に覆われた空が光ったあと、ゴォーと獣が雄叫びを上げるように天が唸った。雷霆が鳴る。刹那、感じることの出来ない速さで水を伝い電気が流れた。融解した水に触れている者で命のある者はまずいない。お疲れさんと、雲より上に避難してきた日番谷が下りてきた。私は雷の能力のおかげで耐えられるけれど彼は感電してしまう恐れがあるから一応。自分の能力くらい完璧に扱える自信はあるのだけど、万が一ってこともあるから。ハイタッチを交わす。戦場に居るときがあんた達は一番生き生きしているわね。昔誰かに言われた言葉。あの時はそんなこと絶対にないと反抗的な態度をとっていたけれど、本当はその通りなのかもね。私も日番谷もここでしか価値が見いだせないから。日常に戻ると無意味な存在だから。罵倒は聞こえるのに賞賛はされないから。でもそういう風に育てたのはあなた達よ。あぁ思い出した。確か輝く金色の髪を持っていた美しい女の人だった。


「いくぞ」
『うん。いこう』


何処へ、とは云わなかった。泣きそうな顔する日番谷に私も顔を歪めたけれど、お互い触れなかった。


どれだけ血をかぶっても私たちは攻撃の手を弛めなかった。鬼だと、さっき死んでいった敵に嘲笑われた。強ち間違いではないし否定もしない。耳を貸す隙も惜しい。そんな暴言を吐かれたって麻痺した心は動かない。ねぇそれなのにどうしてだろう。こんなにも胸の奥が苦しいのは。ねぇ……どうして?たぶん私たちは運がなかったんだよね。こんなご時世のこんな土地に生まれたからこんな散々な人生送ってるだけで、もっと普通の境遇で生まれていたらもっと普通の人間でいられたよね。私たち元からこんな人間じゃなくて育った環境が悪かったからこんな風になっちゃったんだよね。グサリ。疲労でまいった身体に、避けきらなかった剣が貫いた。電流を流し込んで相手の息の根を止め、傷を焼こうと思ったけれど当初の目的を思い出し手を止めた。私死ぬためにここに来たんじゃん。治してどうするの意味ないし。故意に傷を受ける必要はないけれど、避けきれなかった傷をわざわざ治療する必要もない。追い討ちをかけるように繰り出される攻撃をまともに受けた私は体中から血液が溢れ出て行き、立っているのも困難になってきた。それでも攻撃の手は止まない。いくつもの穴が身体に開いた。痛い痛いよ、でももう闘わなくていいんだ。踏ん張りが利かなくなった私の身体は、呆気なく地面に倒れた。沸いてくる腥い血の臭いに、顔をしかめる。霞んできた目を凝らして遠くを見ると、私と同じくらい傷を負った日番谷が這いつくばってこちらへ来ているところだった。


『ちょっと遅くない?』
「はっお前がバテるの早すぎなんだよ」『日番谷が遅いから倒れちゃったじゃん。抱えてくれるんじゃなかったっけ』
「減らず口だけは健在だな」


手を握る力は辛うじてあった。自然と繋がった手は血でぬるぬるとしていたけれど、確かに人間のものだった。私たち人として逝けるね日番谷。良かった……良かったよ。抱き合う形で私は顔を首もとに埋めた。恐怖と安堵の混ざった涙が溢れでる。私の人生はこうやって終わっていくんだね。振り返って無くしてきたものを思い返した。そう想うとやっぱり虚しくなって、また泣けてきた。塩分が含まれた液体が顔を伝って傷口に染みた。私だけのものじゃなくて日番谷のものも混ざっていると思う。涙もろくなったね私たち。人間らしくなれたかな私たち。


『私ね、もしも生まれ変われたらさ』
「あぁ」
『もっと良い人生を送りたいよ』


仮に、もし。あの人たちが一番嫌いな言葉。不確か未来は誰も保証してくれないし、変えられない過去はどう足掻こうとやり直せない。私たちに思考することが認められていたのは《現在》だけ。今を生きろ。過去は振り返るな。未来に期待するな。でももういいんだ。過去も未来も現在も私は思っていいの。来世に期待したっていいの。私が幸せになれることを期待したっていいの。マシな人生じゃ足りないな。幸せな人生を送りたいや。私たち今まで頑張ってきたから、きっと神さまは今度はもうちょっと良い人生を送らせてくれるよ。ねぇ日番谷。顔をあげると同時にクィと顎を持ち上げられ唇が重なった。口内が荒らされる感覚は少し違和感のあるものだった。想像していたような甘い雰囲気は勿論皆無だ。それでも久しぶりにほっこりした何かが私の中に落ちていくような感覚がした。


『……レモン味なんてしないじゃない』
「お前意外と可愛いとこあったんだな」
『血の味しかしない』
「口ん中切れてるんだから当たり前だろ」
『ファーストキスくらい普通に味わいたかったんだけど』
「まぁこれで我慢してくれよ」


舌を絡ませ易いように体勢を変えた。なんだかよく分からない頭が働かない。血を流しすぎてもうろくに眼も見えない。息苦しい。ほんとに、息苦しい。


『日番谷、これじゃあきっと私たち……んっちょっとんっん』
「なんだよ」
『なんだよじゃなくって、このままじゃ出血死する前に窒息死しちゃうってば』


日番谷は間抜けな顔をした。私は結構真面目に心配しているのに、笑い出す。それが面白くなくて気持ち口を尖らせた。悪い悪いと謝ってくるけれど貪るように唇を合わせる行為は止めようとしない。それも俺たちらしくていいだろう?コツンとおでこをくっつけながら囁かれた。改めてそう指摘されるとそうかもしれないと思ってしまうから不思議だ。もう色の識別さえあやふやな両目は吸い込まれるように碧色の瞳を捉える。何度みても綺麗だ。そこに私が映っているという事実が最後に残ってくれたら、嬉しいな。そうだね、私たちらしくっていいかもね。


『日番谷、もっとして』


神さまさっきのお願いもう一つ追加させてくれませんか。私、来世では勿論幸せになりたいんですけど、そこにはやっぱり日番谷も居て欲しいです。我が儘ばかりですみません。宜しくお願いします。







悠い日に紡いだ幸福論



でもそれが叶わないならば、せめて日番谷だけは幸せ者にしてあげて下さい。実を云うと私は別に不幸まみれでも構わないんです。でもあいつだけは本当に良い奴だから、幸せであってほしいんです。


(幸福に溺れてほしかった)


どうか、どうか、貴方に光あれ
どうか、どうか、貴方に幸あれ



20110710