※狂愛




「あたしはねみ〜んな大好きだよ」


貴女はアタシの問いに対して昔からこう応えた。教科書に載っていそうな模範解答だ。先生の前で発表すればパチパチって拍手くらいしてもらえるんじゃないの。純粋で無垢で穢れを知らない貴女は、世界はみんな仲良く手を繋げる、とかいう戯れ言を本気で信じているのかもしれない。馬鹿らしい。あんたはどこぞの博愛主義者よ。偽善者め。嫌いな奴は嫌いだし、そこに明白な理由なんてきっとない。生まれつき備わってる本能的な部分で相手を拒否することが、人間ザラにあるの。貴女にもないはずないでしょ?


『あたしは桃のこと嫌いだから』
「え……?」
『そうやっていつもニコニコ笑って優等生ぶってる桃が大嫌い』
「あたしそんなつもりじゃ」
『昔からずっと嫌いだったから。いい加減気付いてよの。鈍過ぎなのよ桃は』
「そんな……咲夏ちゃん、うそだよね。うそでしょう。だって咲夏ちゃんは」
『全部ほんとの事。今まで可哀想だから黙っていたけど、もう高校生なんだから分かるでしょ』
「やだぁっ」
『おままごごとしてる暇なんてあたしにはないから』






半年前、突然のあたしの告白に桃は精神が不安定になった。かねてからの重荷が吹っ切れたあたしには何の後悔もない。毎朝の日課だった桃との登校も止めて、好きな時間に自由に施設を出る生活にも慣れた。HRが始まったときに空いている桃の席も、机へがさつに入れられたプリントも見飽きた。あたしに軽蔑の意を示す日番谷の視線にも罪悪感は抱かない。

(最低だな、お前)

仮にもそれが幼なじみに対していう言葉なの?あんただって同罪でしょ。今の今まであたし達のこと、放っておいたくせに。今更って感じよ。桃に同情するなら自分でなんとかして。あたしはもう嫌なの。あの子に自分の時間を潰れるのも束縛されるのも笑顔を向けられるのも。独りでは、誰かに依存しなければ、桃は生きられない。そんなこととうの昔に知っていた。桃が日番谷を好きなのも日番谷が桃を好きなのも、同じ施設で育ったあたしからすれば一目瞭然。日番谷が勝手に決めつけた桃のお守りのために、あたしの人生を棒に振る気はない。好き合ってるくせにあたしに遠慮して、付き合わない二人に苛立つ。みんな好き?違うでしょ。日番谷クンが好き、なんじゃない。あたしなんか別に必要ないんでしょ。日番谷以外は誰だっていいくせに、あたしじゃなくたっていいくせに、あたしに縋りつかないでよ。あたしはあたしを求めてくれる誰かの傍にいたいの。日番谷だってよく知っていたはずだ。あたしが昔から桃を好いていなかったことを。親がいないためにたまたま同じ施設に預けられた。そこであたし達3人は出会った。ただ、それだけのこと。あたしは桃の母親でもなければ親友でもない。勝手に仲良しのレッテルを貼られ続けたこの16年間に、終止符を打ったっていいじゃない。あたしはもう十分役目を果たした。解放されたって構わないはず。最低?ふざけないでよ。あんたの方が最低でしょ、日番谷。


『痛いから、離してよ』
「お前早く雛森に謝れよ」
『離して』
「あいつの様子見ただろ。あぁなったの、明らかお前のせいだからな」
『離して』
「俺は雛森がもしもあのままの状態なら、一生お前を恨むぞ」
『うっさいな!離せっつってんでしょ!!』


手首の拘束を解くと同時に、その手で日番谷の頬をひっぱたいた。あいつは瞳に憎悪を宿したまま、あたしを睨みつける。殴られるかな……。一瞬そんな思考が脳を掠めた。まぁそれだったらそれで、泣きながらでも周りに訴えようかしら。暴力振るわれましたってね。正真正銘の最低野郎に仕立てあけでやるわよ。っとその前に不法侵入で勇音さんあたりにでも言いつけとこうかな。女子寮に平気でくるあんたの神経を疑うわ。毎晩毎晩しつこく説得しにくるけど、そんなに桃が大事なら自分でなんとかしてよ。親がいないってだけで虐められた小学生のときだって、参観日に誰も来てくれないって授業中に泣き出したときだって、あたしはずっと桃を庇って守ってあげたじゃない。余計に教師とかの風当たり悪くなって、その上同じ境遇のくせに人気のあんたと幼なじみだからって女子に反感買って。なんであたしだけこんな目に遭わなきゃいけないの。あたしはあの子さえいなければもっと適当に楽しくやれる友達でもみつけて、今頃笑っていられたのに。桃がつらい事はあたしだって辛いに決まってるでしょ。それくらい理解してよ。あんただって一応あたしの幼なじみなんでしょ。もう嫌だ。あたしは関係ない関わりたくないあんたになんて会いたくない。


「ずっとあいつは泣いて謝ってる」
『あたしには関係ない』
「……お前女で良かったな。男なら絶対殴ってる」
『あっそ』


それきりあいつは黙ったままで、少ししてあたしにこれ以上話をしても無駄と見切り、来たときのように乱暴に戸を開けて出て行った。さっきから戸の後ろで盗み聞きしている子達がびくりと体を震わせるのを感じた。桃がああなってから毎晩のように行われるあたしと日番谷の言い争いに、年下の子たちは敏感になっている。あたしの顔を伺って部屋に入ってくると、手形の付いた手首をみて心配そうに眉をひそめた。仲直りして欲しいって目で訴えてる。口には絶対に出さない。あたしがそれを望んでいないことを幼いながらも感じているから。でもあたしはその信号を無視する。気づかない振りをする。勇音さんに言葉で言われても聞こえない振りをする。八つ当たりされるかもしれないのに、なんでこの子たちも昔の桃もあたしに構うんだろ。変なの。


「咲ちゃん、これ」


誰かが保冷剤を持ってきてくれたみたいだ。気が利くね。でもね、あたしそういうのあんまり好きじゃないんだよ。桃に似てるからさ。あの子は何でも言うこと聞いてくれて、欲しいものは全部あたしにくれて、NOって拒否することもなくて、いつもヘラヘラ笑って人の機嫌ばかり伺って。そういうのが、あたしは嫌いなんだよ悪いけど。

(あたしがもし男なら、今頃桃は綺麗に笑ってるよ)

赤く腫れた手首を見つめ、あたしは独り言を呟いた。その日は久しぶりに寝つきの悪い夜だった。





「ねぇ咲夏、本当にいいの?桃のこと」
『知らない』
「知らないって、えらく薄情じゃないの」
『乱菊にもあんまり関係ことでしょ。それにあの子にはナイトがいるから』


遅刻ギリギリ学校に行くと乱菊がいつものごとく寄ってきた。あたしの前で桃の話はタブー化している状態の中で、唯一、真正面からその話題に触れることが出来る人物だ。そういうところが気にくわない人もいるらしいけれど、あたしはサバサバしてる乱菊が好きだ。席に着いたところで、桃が日番谷に連れられて久しぶりに登校してきた。顔は伏せたまま、あたしとは目を合わせずに。クラス中の視線が二人に集中する、まるで腫れ物を見るような目つきで。数ヶ月ぶりの桃は予想通り、目に隈をつくってやせ細っていた。ブレザーがサイズ違いでないかと疑うほどぶかぶかだ。相変わらず日番谷はあたしに何かもの言いたげだった。そんなあたしたち三人の破綻した関係に、乱菊は顔を歪ませた。でもあたしだって幸せになりたいもん、仕方ないでしょ。開き直るあたしには多分乱菊でさえも何も云えないんだ。……ごめんね、心の中で小さく乱菊に謝罪した。そしていつものように見て見ぬ振りをして一日の授業を過ごした。

放課後、週5でしているバイト先に向かった。施設で育ったわりにはあたしはお金で不自由な思いをしたことはない。それは卯ノ花さんや勇音さんの多大な苦労の上に成り立っているわけで、高校生になってから少しでもその足しになればとお金を稼いでいる。育ててもらった恩はお金なんかじゃ返せない。それくらい分かっているけれど、お金はないよりもある方がいいのも事実。日番谷も最近夜中まで帰って来なくなったと下の子達が言ってたから、あいつもあいつでどこかであたしと似たようなことをしてるんだろう。桃の面倒みて、特進クラスに所属して、夜まで働いて、その後あたしに説教する。ハードな毎日を送ってらっしゃる。あたしは絶対にごめんだ。


『いらっしゃいませ〜』
「……」


あと数分でシフト交代がくる、そんな絶妙のタイミングであいつがやってきた。乱菊が多分教えたんだろうな。こいつがあたしに施設外で関わろうとするなんて、バイト先にまでやって来るなんて、相当切羽詰まってるな。桃がまた何かやらかした?それとも本当に買い物に来たとか。まっその表情じゃあ後者ではないか。聞くのも野暮ってもんかな。


『なに?なんか用?長くなるならもう直ぐ終わるから外で待ってて』
「分かった……」
『ん。すぐ行くから』


昔みたいにコクンと頷く日番谷がなんだか懐かしくて自然と柔らかい声が出た。ここ数ヶ月、怒鳴り合いばかりしていたもんだからてっきりこんな声色はもう一生日番谷に対して使わないだろうと思っていたのに。過去の思い出に弱いのかな、あたし。店長の浦原さんに挨拶して、あたしは日番谷のところへ足を運ぶと、ほれっというように熱々のミルクティーを投げられた。あたしの好きな飲み物、覚えてたんだ。まっ基本的に日番谷は良い人だもんね。優しいもんね。桃のためを思って、女子のやっかみから遠ざけるために学校ではあたしに桃を預けてるのも勿論知っていた。頼めるのがあたししかいないのも、日番谷の本意もぜーんぶ分かってた。それでもあたしは桃だけ幸せで、自分が幸せになれないのが悔しかったからそれを捨てた。中学のころからかな、桃ばっかりニコニコして周りの調和ばかり気にする自分が嫌になった。今日はこんな事があって女子のパワーバランスがこっちに傾いているから、この子から桃を遠ざけよう。あの子たち仲間割れしたらしいから桃に関わらせないようにしないと。全部あたしの思考の中心は桃、桃、桃。でもこんなこと考えたってあたしに何の意味があるの。めんどくさい疲れた。日番谷も助けてくれないし。なんであたしばっかり?でもあたしがやっぱり身勝手なのかな、でもあたしだけが悪いわけじゃないでしょ……色眼鏡で見すぎかな。この際もうどうでもいいや。もう元には戻れないことだし。でもね昔はね二人のこと、本当に好きだったよ。兄妹みたいに育ててもらってずっと一緒にいて、これからも同じように三人で同じ時を刻みたかった。あの桃がね、唯一あたしに譲ってくれなかったものがある。正確にはモノじゃなくヒト、かな。シロちゃんだけは駄目って、泣きながらあたしに訴えてきた時はすごくビックリした。桃がそんな風にあたしが欲しいものをくれなかったことは今までなかったし。日番谷が桃を好きで、桃も日番谷が好きで、そういうの知っててそれを言っちゃうあたしは凄く狡猾で幼くて。多分その事が今でも桃が日番谷に応えられない原因だと思う。あたしがあんな事言ったから、今でも日番谷に頼りきれない。桃お得意の依存が出来ない。あたしと桃の間にそんなことがあったなんてこいつは知らないから、自分に桃が頼らない原因が分からないんだろう。


「咲夏」


名前で呼ばれたのは何年ぶりだろう。こんなに優しい声色で話しかけられたのは何年ぶりだろう。もう二度と訪れることなんてないと思っていたのに。さっきから予想に裏切られてばっかりだ。でも日番谷がこうするのは、全部桃のため。自分じゃどうすることも出来ないから。自分じゃ好きな人を救ってやることが出来ないから。だからあたしのとこに来た。あたしも白々しい。最後は結局、日番谷があたしのとこに懇願しにくるの分かっていて、わざとあんな酷い言葉を選んだ。もっと柔らかい遠回しの言い方はあった。知っていた。桃が鈍感とはいえど、あたしが真面目に切り出せば、それくらいのこと理解できたと思う。でもやっぱりあたしは、欲しいものは欲しい。あたしが幸せで桃には不幸になって欲しい。そんな黒い感情がある。だから、


『いいよ。桃のこと、あたしが引き受けてあげる』
「……え?」
『だけど条件がある』
「……」
『あたしと付き合って』
「!?」
『そしたらあたしは今後一切、桃を哀しませるようなことはしない』


だから、だから、桃が、桃が一番大切なものを奪ってしまおう。桃ひとりだけ幸せになろうなんて、そんなこと絶対に許さない。あたしが桃に奪われた時間を、あたしも桃から貰う。桃が愛する人をあたしが貰う。それでおあいこでしょ。


『嫌なら無理にとは言わない』
「……」
『まっ返事はいつでもいいからさ、じゃ、また明日ね』
「……待てよ」


そうよね、絶対に断れないよね。あんたは桃のためだったら悪魔にでも魂売るような男だもん。断れないに決まってる受け入れるしかないに決まってる。自分の気持ちを知っていてそんな無茶な要求をするあたしを恨むんでしょ。それでいいよ。あたしのことの嫌いになればいい。殺したいくらい憎んで憎んで罵ってよ。そしたらあたしも、あんたのこと大嫌いだって振ってあげるから。













*あとがき*
なんか怖い……ですね、この発想。でも渡嘉敷は自分だけ不幸で相手が幸せそうにしていると、その人を見て羨ましく思うどころか、偶にですけど壊したくなるのですよ。本当にしたらダメでしょうけど。当たり前か。自分の幸不幸を他人のせいにしゃいけないよなー。とかなんとか言いつつもこれ結構ノリノリで書けて、出来にも満足してる(笑)ていうか「お前最低だな」ってなんとなく日番谷くん言って欲しかった。お前偉いな、よりも最低だな、の方が今の渡嘉敷にはしっくりくる。あと夢主のキレ方はわたしそっくりです。いやもっとエグいかな。暴言を吐く自分ほど醜くて恥ずかしいものはないわ。





お題サイト様→水葬
20110604