うーんと両手を頭の上に上げて、伸びをする。ふぁあと声を発したかと思うと、咲夏はさっきから隣で実況しているあたしを案の定不振がり、訝しげにこっちに意識をやった。手元にはチビッ子隊長こと日番谷隊長の背丈ほどの書類とプレゼントが、大量に積み上げられている。全く。こんなになるまでサボっていたなんて……!ウチの隊の将来が危ぶまれるわ。そういや隊長の机の上に乗っている誕生日プレゼントと書類、どっちが多いのかしら?ツインタワーのようにそびえ立つそれを横目に確認すると、やはり、真面目に仕事をする親友が不思議に思えてならない。咲夏も少しは焦ったらいいのに。こんなに大勢の女の子が隊長に貢物してるっていうのに、その冷静さはなによ。


『あのねぇ乱菊』
「ん、なに」
『さっきから実況解説してるみたいだけど、気持ち悪いからやめてくれる?』
「……やだ、あたしったら!全部声に出てちゃッた系?あらそれはごめんなさいね」
『ていうか冬獅郎くんはもうチビじゃないでしょ。乱菊よりかは充分大きいよ』
「そういやあ、そうね」
『更に言わしてもらうと、ここにある書類はぜーんぶ乱菊が冬獅郎くんの目を盗んでサボった分だから』


にこりと、背後に黒いオーラを纏った咲夏は、ソファーでお饅頭を口にしているあたしの傍までやって来た。そしてあの大量の書類の大半を握らせる。というか押し付ける。あたしも負けじと口角をきゅっと上げて、押し返すのだけど、立って押している咲夏と、座って応戦しているあたしとじゃあ、力のかけ易さが違う。已むなく、ソファーの上にはあたし名義の種類がバサバサと降って来た。じゃあよろしくね。とドス黒い笑みを浮かべた咲夏は、疲れをほぐすように肩をまわして、執務室から出て行った。その際に揺れる煌びやかな髪質は、自隊の隊長である、あの人の銀髪を彷彿させた。

(どうしようかしらこの書類)

やれやれと重い腰を上げつつ、今しがた咲夏がやってくれていた一枚の報告書をとりあげた。相変わらず整った字だと感心する。年末の忙しいこの時期にこんな綺麗な字を量産することなんて、普通じゃ無理よ。修兵なんかの字見てみなさい。汚くて読めやしないわ。あ……もう一人いるか。隊長も。隊長もそうね。綺麗で落ち着いた字を記すわ。昔っから。

隊長と咲夏が付き合い始めたのは、おそらく日番谷隊長が十番隊の隊主羽織を着服しだしてから。断言できない理由は、あたしが気づいた時にはもう、あの二人はすっぽりと名のついた関係に収まっていたから。著しい変化なんてなかった。一番近くで見ていた雛森とあたしが保障する。成るべくして成ったように、あの二人は自然と恋人同士になった。


「ったく隊長も隅に置けないんだから」


どんな隊士にだって興味を示さなかった咲夏を、あのチビッ子は一瞬で奪い去っていた。妬んだ男もいたと思う。それでもあの子が選んだ男だから、受け入れるしかなかった。そう認めされられる人望を持つ咲夏にも驚かされたし、それに見合った力量を予め持っていた隊長にも正直やられたなぁって感じ。同期のよしみってことで、必要以上に男関係はガートしてたっていうのに。あっさり破られちゃった。


「誰が何だって松本?」
「あー隊長、おはようございま〜すぅ」
「馬鹿いうな。もう昼過ぎだ。おはようございます、じゃねぇだろ」
「すみませーん。隊長のバースデーを祝ってくれる隊士の対応に追われていましてねぇ……咲夏と」
「なら今からそこにあるやつ全部仕上げろ」


突然現れた隊長は当然のように、プレゼントで埋もれた自分の席に座った。何事もなかったように、溜まった書類を確認していく。それがまた面白くなくて、あたしは意地悪したくなる。だって仮にも彼女の名前を出して、その彼女が居るはずの執務室にいないって、不振がるでしょう。普通は。それに今日は自分の誕生日。一番に祝って欲しいのは、そこら辺でうろついている女の子たちではないに決まってる。流魂街出身とか、貴族出身とか、関係ない。誕生日っていうのは万人共通の、記念日よね。
それに咲夏もあの異常なほどのプレゼントを見て、なんの反応もないなんて、それはそれでおかしい。毎年のことだけど、特別妬む様子もなく、悲しむ素振りも見せず、あの子は微笑みながら出勤してくる。普通、妬かない?自分以外の女の子が大切に用意したものを、自分が好きな男が受け取るって。嫌がらないとしても、好ましくはない。あたしが隊長とはどうなのって聞いたって、いつもニコッって微笑むだけで、肝心なところはお預け状態。だから、イタズラしてみたくなる。この二人の心の内をさらけ出したくなる。


「そういや咲夏……どこ行ったんですかね。もう出て行ってから随分と経つんですけど」
「さあな。まっ、お前と違ってただのサボりってことはねぇんじゃねぇか」
「あ!そういえば咲夏、確か……一護の所に用があるって前に言ってたような」


わざとらしさを滲み出さないように、ごく自然体で。あの子にその気がなくたって、好きな女が他の男の元へ行くって、いい気はしないでしょう。真っ赤な嘘だけどね。でもそれを確かめる術は今の隊長にはないでしょ。さあて、どうする?捜しに行く?それとも――。

だけど、あたしの描いた展開に陥ることは、いつになってもなかった。あたしの小言に隊長は耳を傾けることなく、着々と手を進めていく。着た時はタワーだった書類も、今ではすっかり並みの状態だ。さすがは至上最小、あっ最年少で、隊長職に就いただけのことはある。可愛げなんてへったくれもない。だけど頼もしい。だから、その優秀な頭脳に肖ってあたしの分も、


「松本、逃げるなよ。今年は本気で年末まで働いてもらうからな」
「やーん隊長。い・け・ず!」
「来年はしっかりするから、っていうのは無しだぞ。もう何年その台詞聞いたと思ってんだ」
「だってこんな量、一人じゃ絶対に終わりません!」
「絶対なんてこと、この世にねえ。しかも今年もあいつに手伝ってもらったんだろ」


咲夏と名前を呼ばず、隊長はいつも《あいつ》と呼ぶ。それがもうすごく当たり前で、あたしも隊長が《あいつ》と言えばそれは咲夏を指していると、すぐに分かってしまうほどで……隊長にとってあの子は身内の域に存在しているんだって、痛感する。だからちょっと羨ましい。あたしの方が咲夏と仲良いし、旧い付き合いなのにねぇ。とんだ嫁泥棒ですこと。


「そりゃ咲夏もほーんの少しは手伝ってくれましたよ、でもさっき言ったようにすぐに一護のとこへ」
「あのな、あいつはあと1時間もしないうちに帰ってくる」
「その確信はどこから?」
「今朝あいつ自身がそう教えてくれた」


今朝?って、隊長。今日は朝からずっといなかったじゃない。だって昨日まで現世で短期駐在任務を請け負っていて、昼から来るって前もって連絡が来ていたし。流石のあたしも書類の溜まり具合をみて、危機感を抱いたから今日は咲夏と一緒に出勤したんだけど。その時、まだ隊舎には誰もいなかったわ。それから仕事をしたかは別として、一番乗りーってはしゃいだもの。ええ、それは間違いないわ。隊長はいなかった。でも咲夏は朝からいた。つまり、この二人は今朝会えるわけがない。会えるわけない、よね?


「どこであの子と会ったんですか?」
「家で」
「家?誰の?」
「俺の」
「ええええ!!!うそー!隊長、任務帰りだっていうのに、咲夏呼んで、イチャついてたんですか。うわぁ弛んでるー卑猥」
「アホか。一緒に住んでるんだから、家にいるのは当たり前だろ」


ま、まさか!同棲してたの!?うそん。そんなことあたし一言も聞いてないわよ咲夏!ていうかいつから?いつから、この乱菊さんに黙って、獣の家に住みだしたの!?と、一人で突然発覚した事実に騒いでいると、隊長から確認済みの書類の束が渡された。あとは任せたぞ。と添えられた一言に、あたしは目をパチクリさせる。ちょと待ってちょっと待ってー。これ毎年のことだけどね、あたしが書類隠して咲夏とか隊長に年末手伝って貰うのってお約束だけどね。この前なんか総隊長に「サボってる部下の説教に卍解を使うのは禁止」とまで通達が来たわよ。でもね、今年はまだ半分も進んでいないじゃないのー!!!シクシクとお淑やかに泣いたって、この人が聞く耳をもたないのは重々承知だ。訴えるときはサイレンのように、喚く勢いで突撃するのみよ!


「部下が困っているっていうのに、見捨てていくんですか!見損ないましたよ、隊長がそんな鬼畜だったなんて!」
「仕方ないだろ、今日は前々からあいつと約束してんだ。遅れたら何言われるかわかんねぇし」
『そうそうあたし怒ったら怖いもんね、冬獅郎くん』
「帰ったのか。つーか黒崎のとこ行ってたわりには早いな」
『一護……?あたし現世になんか行ってないよ。乱菊の書類の提出期限延ばしてもらえるように、隊長さんに頼んできただけだし』


途中で帰ってきた咲夏と隊長の視線がゆっくりとあたしに集まる。碧と黒の瞳が、疑わしい目つきで、あたしを見つめてくる。マズいわね適当に嘘をついたのが仇となって……。乱菊ーどういうこと?とまたもや黒い笑みを浮かべる咲夏に、あたしは言葉が詰まる。あんた達二人とも、付き合い出してから似てきてるわよ。あたしに向ける視線の冷たさなんて日を追うごとに磨きがかかってるわ。っと、今はそんなこと言ってる場合じゃなくって、どうにかして締め切り地獄(ここ)から逃げ出さないと。なにか上手い言い訳ないかしら。

ぐるぐるとあの手この手と頭をまわしているうちに、ピカリと光るピンク色の人物が出現した。このタイミングであたしと咲夏たちの間に割って入ってきてくれるなんて、まさに救世主!バクバクと小動物みたく、菓子をほお張るその人物に、咲夏は目を丸くする。隊長の方はすでに半分諦めかかっているようだ。


『ちょっとやちるちゃん、冬獅郎くんのプレゼント勝手に開けちゃ駄目でしょ!』
「だってツルリンたちがね、今日はひっつーの誕生日だから、十番隊にいっぱいおいしいものが集まるって教えてくれたの!」
「草鹿には何言っても無駄だ。あきらめろ」
『だって……あたしだって、冬獅郎くんが貰うプレゼントのおやつ、毎年楽しみにしてたのにー』
「え?」


すでに廊下に脱出していたあたしの耳にとんでもない発言が聞こえてきた。もちろん脱走失敗なんてヘマはしたくないから、完全に逃走可能域で、一端止まる。あの子……もしかしてそんな小さな理由で、あんな量の贈り物を見ても平然としていられたってわけ?うそでしょ、なにそれ?彼氏のものは自分のもの。って考えまで確立されちゃってるの、あんた達。

はぁーとごく自然に溜息がこぼれる。どうやら、そん所そこらの恋人の常識がこの二人には当てはまらないらしい。それもそうか、と納得しなくもない。彼氏の方は普通の死神とは違う、護廷十三隊の隊長。彼女も長らく姉御肌でみなに慕われたきた、癒される系ナンバー1の女傑。置かれている状況がこれじゃあ、何事もすんなりと受け入れられる器がないと、双方務まらないわけね。なるほどねー。


「て、おい!松本!あいつどこ行きやがった!?」
『あっそういえば乱菊……』
「乱ちゃんなら、さっさと外に遊びに行っちゃったよ。それよりねーひっつー、こっちのお菓子もぜ〜んぶ食べてもいい?」
「まぁあつぅもおとおおー!!!」


予想通り隊長の怒鳴り声が、遠く離れたここまで聞こえてきたけど、もちろんあたしは素知らぬふり。聞こえなーい。聞こえない。今日は隊長の誕生日で、二人で久しぶりにイチャイチャする予定だったのでしょうけど、残念でした!この不純異性行為撲滅会会長の乱菊さんはそれを許しません。今夜はお二人で仲良くさっむーい中、徹夜で愛を育んでちょうだい。






Happily forever!
(建前を立てて、サボるのがコツ)












乱菊がその場を立ち去ってから、二人は少しつんけんとした物言いをしながら、遺された膨大な書類を猛スピードで仕上げていった。あらかたの書類を片付けたあと、一息つきながら咲夏の煎れた緑茶を飲む。


「おい、お前があいつをしっかり見てりゃあ、今頃こんなことにはなってなかったぞ」
『迅速に追いかけようとしたあたしを止めたのは冬獅郎くんじゃなかったっけ?』「松本の逃げ足の速さは身に染みているからな。捜すのに時間割くのは無駄だろ」
『まぁそうだけど、あたしとの約束がご破算になったのは冬獅郎くんの管理の甘さが原因でしょ』
「俺が出勤したときに執務室にいなかったのはお前だろうが」
『あー、あたしに責任擦り付けるんだ。じゃあ七緒がするように乱菊を椅子にでも縛り付けとけば良かったわけ?』


んなこと言ってねぇよ、と口にはせずに、目で訴えた。若干、二人の力関係は咲夏が上回っているようだ。ぷくうと頬を膨らませる子供じみた態度に、冬獅郎の口元は僅かに緩む。一日の暮れも迫った現在、執務室には当然のごとく人の影はない。誕生日に部下の仕事を押し付けられたのは予想外だったとはいえ、こうして無事にこの日を向かえられたことに安堵できる自分がいることが、幸せだった。午後は空けとくという約束を守れなかったことに、彼女は少々怒っていたが、それも来年の今日叶えられればいいと思った。明日、明後日、明々後日と、未来を考えるとき、気づけば常に咲夏の存在が隣にあった。こうして一年後に思いを巡らせるのだって、難なく出来てしまう。それほどまでに冬獅郎の中心は咲夏であり、咲夏の中心もまた冬獅郎であった。

ソファーに並ぶように座った咲夏は甘えるように、冬獅郎の肩へ顔を埋めた。すっと手に乗せられた小型の箱に、冬獅郎はありがとうと一言呟いた。



(来年もまたお祝いしようね)








2010/12/30