ガタンゴトン。すっかり太陽が東から登った朝の時刻、満員電車に揺られる。朝寝坊が日課のあたしが登校するのに避けては通れない通学手段。思い切り人に押され、腕が千切れるんじゃないかってくらいに持ちにくい角度で荷鞄を死守する毎日。入学したての頃は苦痛だったこの生活スタイルも、三年を経て年季が入った今はすっかりお馴染みの光景だ。慣れちゃあ意外と楽なもの。家から最寄り駅まで10分足らずで行けるあたしは、車で送り迎えをして貰わないといけないような子たちよりかは、幾分か便利だ。まぁこの窮屈さはいつまで絶っても居心地の悪いものだけど。てか前のおじさん降りる人の邪魔だし。そんなにドアにへばりついてないで一旦出なよ。とか思いつつも、関わりたくないのでノータッチ。変なやっかみ掛けられても面倒だし恨み買いたくないからね、っと。それよりも勉強勉強。今日は4限目に古典の単語テストがある。右手に乗っけている単語帳をパラパラとめくりながら、頭の中で範囲の形容詞をたたき込んでいく。隣にいる桃に目をやった。他クラスだけど、桃も今日はテストがある。だけど完全なる文系頭の彼女は、例文を読んで、その恋愛の背景を想像するだけでストンと落ちるように単語の意味が入ってくるとかなんとか。

(昔の恋のお話てロマンチックで素敵じゃない!)

古典にロマンなんかあたしは求めてないし。第一、どんな話もベタベタな恋愛ばっかりで面白くないつまんない。まぁ古典とか漢文て覚えればすぐ点に結びつくから、英語とかよりマシかな。勉強をいつものように終えたらしい桃は、毎回のようにケータイである人のブログを確認する。アバライレンジ。通称《赤の人》である彼の名前は、確か阿散井と書いてアバライと読んだと思う。その人とあたし達とは同い年で、今年の春から、毎朝同じ時間の同じ電車の同じ車両で出くわす、知り合いとも言えないような微妙な関係にあった。真っ赤な長髪を束ねて、かなり目つきの悪い赤の人。だけど意外にもブログは面白いらしく、どういう経緯で彼のブログを見つけたのかは知らないが、桃は毎日楽しみにしているみたいだ。まぁお目当ては赤の人ではなくその隣りにいつもいる《白の人》なんだけどね。白の人ことヒツガヤトウシロウは、背が男の人のわりには小さくって殆ど目線があたしと同じ高さにある。赤の人にいっつても「ヒツガヤ」って呼ばれてて、時々乗ってくる《オレンジの人》が彼のことを「トウシロー」って呼んでるから多分合ってると思う。漢字は桃も知らないらしい。でも普通に考えてヒツガヤとか難しそうだよね。顔も不機嫌ですオーラ出しまくりだし、赤の人とオレンジの人と3人揃ったら不良にしか見えない。あーオレンジの人(由来は髪の色が以下略)は聞こえてくる会話から見かけによらず妹思いらしいけど。
あたしの通っている高校は県内屈指の女子校で進学率なんかも、そんじょそこらの男子になんかには負けないくらいだ。一方あの3人が通っているのはこれまた毎年インターハイ常連のクラブがわんさかいる名門校。同じ駅に学校がある割には、あたし達とあちらさんの生徒同士は仲がよろしくない。勉強しか出来ない女のくせに、スポーツ馬鹿な男のくせに、といがみ合ってるのが常。だけどやはり例に漏れず、例外はいるようで……


「ねぇねぇ咲夏ちゃん。白の人ね昨日試合でゴール決めたんだってー!見たかったなぁ」
『はいはい』
「それでね、誕生日やっと分かったの!12月20日だって」
『はいはい良かったね』


あたしの幼なじみである桃はどうやら白の人が好きみたいだった。黒髪で見るからに真面目で優等生な桃が、瀞霊高校の男を好きになるなんて!と周りは心配していたけど、何事にも真っ直ぐな彼女は夢中になってしまえばとことん尽くすタイプ。あたしも特に干渉しないから、桃は通学時間に赤の人のブログを読んでは、白の人について情報を得て喜んでいる。でも性格が奥手の桃は結局、積極的になれずにいる。恋する乙女って感じで可愛らしいからあたしは別にいいんじゃないかな、って考えているつもり。だけどなかなか瀞霊高校に対するイメージが払拭できないのも事実。怖い人にしか見えないんだよね、特に眉を寄せている白の人は。






放課後、部活が長引いたあたしは一人で電車に乗っていた。今日あった数学の授業の復習がてら、ノートと睨めっこ。大きな駅を過ぎて、席がちらほら空いてきたのを機に一番端に座る。ええっと……ここで∫使ってるから積分してYを求めるのか。うわぁ面倒くさーい。ぶつぶつとケチを付けながら今日習ったところのページを全て終えた。うしっ後は睡眠時間でいいや。

〔次は潤林安、潤林安。各駅停車へお乗りの方は〕

アナウンスを聞いて、うとうとと微睡んでいた脳を覚醒させる。次で降りなきゃ。ふと顔を上げると、見慣れた制服が目に飛び込んできた。あれ……これってもしかして?肩辺りまで制服をたどると、あの人独特の綺麗な銀髪が見えた。あからさまで失礼だったかもしれないけれど、慌てて目線を下にズラす。間違いない《白の人》だ。確かに同じ駅で降りるんだから帰りの電車が同じでもおかしくない。でもあの仏頂面で前に立たれたら気まずい。むしろ怖いぞ。うわぁ早く着いて。


「これ貴方ではないですか」
『はい?』
「それ、あんたの上のやつ」


やっと電車が停車するというとき、突然話し声が降ってきた。しかも周りに人もいないし、明らかあたしな話しかけてきているよね。独り言じゃあるまいし。極力視線を合わせないように下げていた顔をしぶしぶ上げた。よく考えてみれば、こうやって面と向かって白の人を見るの初めてかも。顎でさされたあたしの真上の棚を見る。これは……かばん?なんか大事そうな封筒入ってるけど。あたしのではないことは確か。


『違い、ますけど』
「そうか。なら俺が届けておく」
『はぁ……』


あっなるほど、忘れ物なのかなこれ。駅に着いてスタスタと降りていく彼の姿を眺めてから、ようやく状況が把握できた。偉いなぁ。あたしなら絶対に放っておくか、そもそも電車の棚に何がのっているとか意識しないから気づかないだろうな。へぇ喋り方とかも想像していたよりも丁寧だったし、瀞霊高校の人って礼儀正しいんだ。ちょっと見直したかも。元から変な先入観あったもんなぁ。白の人……不良なんかじゃないんだ。
普段よりもゆっくり改札をくぐると駅員さんに事を説明し終えた彼と視線が絡んだ。うわやることテキパキして早いな、なんてまたもや感心。しているうちにあの人があたしの方へ近づいてきた。駅の北側にあの人たちの家があるのだから、彼はあたしと同じ方向に用があるわけがない。それなのにこちらへ来るということは、つまり


「さっきのやつ、やっぱり忘れ物だったらしい。持ち主から連絡入ってたって」
『あっはい』
「……あんた、いつも髪の毛団子にしてる奴の友達だよな」
『まぁ』
「……送ってやろうか?」
『えっどこに?』
「あんたの家以外どこがあるんだよ。頭良い学校通ってるわりには鈍いのなへぇ」


うわなにこのバカにしたような発言。それでも厭な気がしないのは、どことなくぶっきらぼうな口調に見え隠れする、優しさを感じられるからだろう。でも残念ながらあたしはこんなシチュエーションに出会したことがないから上手く返事ができない。なんて答えるのが一番自然なのかがわからない。仕方ないじゃん。男の人こうやって話すのなんて久しぶりで、あたしちょっと緊張してるし。送ろうか。なんて自然に言えるような男の人と出会ったことないし。免疫ないんだもん。


「そんな難しい顔すんなよ。こういう時は大人しく送られるか、嫌ならテキトーにかわせ」
『はぁ……』
「じゃないと、気があるんじゃねーかって」
『……』
「勘違いされるぞ」
『へ?』

それから白の人はグイグイとあたしの手を引いて、南出口を出た。口を挟む隙もないほど強引に、だけど包み込むように繋がられた手。ちょちょちょっと!と心臓が破裂しそうなほどバクバクしていたけれど、なかなか言い出すタイミングが掴めない。あたしがこんなにもあたふたしているというのに、すぐ隣にいる白の人はいつも通りだから余計に。そうこうしているうちに、気づくとあたしは慣れ親しんだ我が家の前に立っていた。ほらッと肩を押されて、送り出される。さほど駅からあたしの家は遠くないから時間にしておそらく10分程度。電車を降りてからのそんな僅かに色々なことが起こって軽くパニック状態だ。なんで住所知っていたのか、とかそんな所まで勿論気はまわらず……。拙いお礼だけ伝えて、逃げるようにして家に帰った。

でも冷静になって考えてみると、白の人なんか女の子の扱いになれてた感じだし。あれに特別な意味なんてなかったんだよね。






「咲夏ちゃん白の人ね、なんか機嫌良いんだって。あっほら、今日は眉寄ってない」
『うん』
「なんでかな良いことあったのかな」
『あの、あのっあたし昨日の帰りにね』
「なになに?」
『え……あーやっぱり何でもない』


あれ、あたしなんで桃に黙ってるんだろ。隠しておく意味なんてなんて別にないのに。おかしいなぁ。おかしいけど、隣にいるのは桃なのに、昨日白の人と一緒にいた時みたいにドキドキして顔が熱い気がする。あれ、やっぱりあたしおかしいな。まぁ――白の人もどうやら黙っていて欲しいみたいだし、これでいいのかな。



トレインボックス
口元に人差し指を立てる彼は何を意味するのでしょう

(はやく気づけよばーか)




*あとがき*
実は私も毎日顔を合わす、青い制服を来た男の人のことを《青の人》と呼んでます(笑)友達が命名して、かれこれ二年くらい?むこうも私達の顔を知ってるので時々なんとなく気まずい雰囲気になる。挨拶もしたことないけれど、なんとなく良い人っぽいかな。忘れ物とかさりげなく「これ違いますか」って聞ける人カッコよくないですか!?親切な人やなぁって感心する^^しかしオチのない小説だなおい。というか最近思ったのだが、私は可愛いヒロインが書けない!どーん!自分の性格が捻じ曲がってるからかな。純粋できらきらした子の思考回路がわからん。捻くれ者はつらいぜ。

2011/02/13