「おいコラ渡嘉敷、てめぇその口元についた涎の痕はなんだ」
『あーおはようございまーす隊長』


んんっと重たい瞼をあげるとドアップの隊長の顔が朧気に見えた。なんだかお怒りのご様子なので、あたしなりの超(実際はちんたらした)スピードでピントを合わせる。うわぁ乱菊さんもいないし、あたし1人でこの沸点間近の隊長を相手すんのか。かったるいなぁ。ふぁああ。あーもう耳元で五月蠅いなぁ。あたしと乱菊さん2人揃ったら真面目に仕事するわけないじゃん、わかりきってるのに留守にして私たちに十番隊を任せたのがそもそもの間違いなんだって、ねぇ?それよりもなーんかめちゃくちゃ良い夢みてたような気がするんだけどなぁ、何だったっけ。う〜ん、なんだったかなぁ。確か今日みたいにぽかぽかしてて、桜は散りかけで、それでいて、日番谷隊長をいっぱい拝んだような……









ぼすっと鈍い音と共にあたしは愛しの布団サマへ飛び込んだ。この4月に入隊し、目がまわるような毎日を過ごしてきた。一番下っ端だから理不尽な命令にも終始耐えなければいけないし、何よりもしょうもない雑務を押しつけてくる上司には毎度のことながら腹が立つ。書類?んなもん自分で探せバカ野郎!お茶?あんたの好みなんか知るかい!なんて呟きを漏らしたくなるのが常々。そして、そんな慣れない環境にもだんだん適応してきた今日この頃。う〜んやっぱり我が家はいいなあ。我が家っていっても隊から支給された狭い部屋だけどね、寛げる場所っていったら此処しかない。頑張ったぜあたし!と大の字になって自画自賛していると、上からバサリと雑誌らしきものが降ってきた。思わず目を瞑りそうになるのを我慢してそれを寸でのところで受け止める。ご丁寧にもブックカバーのしてあるため、中身がどんなものであるのか見当もつかない。なんだこりゃ?と疑問に思い開いてみると、そこにはつい数ヶ月前に初めてお目にかかった顔がいくつも散らばっていた。


『はぁ!?なんであの日番谷隊長が載ってんの!』


ドアップで自隊の隊長の顔を見たのはこれが初めてだ。なんだこれ、冬のライオン?なにそれ、日番谷隊長単独の写真集……って何だよマジで。あたしそういうの興味ないから今初めて知ったわ。てか何でそんなもんがウチにあるんだよ。嫌がらせか。あたしみんなに嫌われるような事しましたっけ。第一自分より二まわりくらい年下の子供(一応上司だけど)の写真集見てどうするんだよ。だったらまだ砕蜂隊長とかの写真集買うわ。女として尊敬出来るし強いし綺麗だしカッコイいし。こんな眉間に皺ばっかり寄せてるちびっ子隊長とは比べものになんないでしょうに。


『ちょっーとー!これ、あたしんとこに忘れたでしょ』
「あ、やっぱり咲夏が持ってたか。いやいやゴメンゴメン、探してたのよそれ」
『そんな大事なものなら置いてくなよ。ベッドで寝転がってたら上から落っこちてきて、めちゃくちゃビックリしたんだから』



翌朝その写真集は、一緒に買い物をする約束をしていた友人のものだと判明した。曰わく、松本副隊長に直談判して購入したとかなんとか。隊長格にたかが写真集(しかも非合法)のために喋り掛けるとか、あんたどんだけ度胸があるんだよ。と内心呆れていたのだけど、なおも友人のマシンガントークは球切れになる様子もなく続いていく。え?日番谷隊長の身長?知るかいそんなもん。130ギリギリないじゃないの。目分量だけど(笑)は?日番谷隊長の好きなもの?んーお子様ランチとか(笑)この発言は女死神の半分を敵にまわしかねないなアハっ。え、甘納豆なの。渋いね、見かけによらずシブっ。え……出身地?流魂街でかわゆい雛森桃さま(はぁと)と一緒ってことくらいしか知らない。てか、正直日番谷隊長のプロフィールとかどーでもいー。ふぁああ。眠い。もういいや、日番谷隊長の個人情報知ったかって休みが増える訳でも給料上がる訳でも意地悪な上司が移隊してくれる訳でもないし。ここは春の暖かさに身を任せて、夢の中へとダイブしようじゃないか……


「おい、お前先月うちに来た新入隊士だよな?」






「おいコラ渡嘉敷、てめぇその口元についた涎の痕はなんだ」
『あーおはようございまーす隊長』
「今更お前に夕方だから《こんばんは》だろ、とか挨拶の仕方を教える気もねぇ」
『左様ですかぃ』
「だがなぁ!!」


この書類の山は何だあああ!?と隊長の身長とどっこいどっこいにまで積み上げられた書類タワーに向かって怒鳴った。あ、実際はあたし目掛けてかな。でもさ、なに、って見たままじゃんね。昨日から乱菊さんと私が貯めた分の紙切れですわ。あははは。あーそういえば50年くらい前には隊長格と気軽に話せるときが来るとは夢にも思わなかったなぁ。今では乱菊さんとはお小遣い稼ぎにやってる隊長のプライベート盗撮仲間だし、このちびっ子隊長とは毎朝顔を合わすくらい気が知れた仲になった。といっても実際はかわゆい桃さまに会いたいがために無理やりあたしが書類届けに付いていったり、珍しい写真のシャターチャンスを逃さないように付きまとっているからなんだけど。まぁ副官補佐っていうのもありますけど。あ、ちなみに三席になって始めにしたことは意地悪な元上司の移隊手続き(笑)


『お前なぁ!何回言わせりゃ気が済むんだ!課された最低限の仕事くらい、責任をもってこなせ!バカ野郎!』
「……隊長ぉ今年もお花見する前に桜が散っちゃいましたね」
『渡嘉敷、いい加減にしろよおい。聞いてんのかおい』


隊長はあの頃よりも少しだけ背が伸びて145pくらいなったらしい。あたしの目分量ではまだ130台を迷走中だけど(笑)ただ、昔と変わりなく瀞霊廷内では一番の人気者だし、写真集の売れ行きは重版続出で何年もの間、品薄状態になるくらい好調。勿論その編集に携わるあたしのポケットマネーは尽きることがない。なんやかんや今では十番隊に入隊して良かったなって思える。50年前の今頃はさっさと移隊して、意地悪上司とおさらばしてやろうってずっと企んでいたのにね。あのあと友達の隊長自慢聞き流していたら、真後ろに本人がいたんだよね。あたしの意地悪上司に対する悪口とか、日番谷隊長に対するイメージとかぜ〜んぶ聞かれてたらしい。新入隊士ふたりが周りを気にせず熱く語ってる内容は何かと、気にしてみれば、まさかそれが自分が指揮する隊への不満が含まれいるとは。て感じでしょ。おまけに早く十番隊出たい発言までしちゃってたし。でもそしたら隊長は、もう少し頑張ってみろ、と親身になって相談に乗ってくれて。もっと怖くて仕事出来ない奴なんか要らない思想を持っていると思いきや、意外と思い遣りも優しさも持ち合わせている人だってことが分かって。見直した。だってたかが新入隊士のくだらない悩み事なんてふつー聞かないでしょ?

(もう少し頑張って、それでも駄目なら俺がお前に合う隊を見つけて移動させてやる。だけどな隊長の俺が言うのも何だが、十番隊って結構良いところだと思うぜ)

その言葉に動かされて、もうちょっと頑張ってみようと決心した。それから少し経ってようやく仕事にも慣れて、職場に行くのがそれほど苦痛じゃなくなった頃に、また隊長はあたしに言った。

(どうだ最近?任務でもいい結果でてるじゃねぇか。この調子で俺は頑張って欲しいんだがな……まだ十番隊は好きになれないか?)

たまたま居合わせて、適当にアドバイスしてくれただけだと思っていたから。ビックリした。こんな末端との会話まで覚えて気にかけてくれるんだって。それから、時々隊長はあたしの様子を見にくるようになった。大丈夫か?無理しすぎるなよって。なんだかそれが無性に嬉しくて、そのおかげで結構しんどいことにも耐えられたような気がする。そうこうしているうちに、気づけば時間はあっという間に過ぎていって、三席になっていて。いつの間にかあたしはこの場所に居座っていた。十番隊が、ごく自然にあたしの居場所になった。本当は桃さまのいる五番隊が理想なんだけどね、その夢が叶うのはもうちょっと後でもいいかな。


『たいちょー』
「なんだ。くだらねぇことなら聞かねぇぞ」
『昔の夢見てたんです、さっき』
「はぁ?」
『入隊して五月病にかかりかけていたときの話ですよぉ』
「お前には一生無縁の病名だな」
『なんかめちゃくちゃ幸せな気分なんです』
「だから?」
『仕事止めて家に帰ら「とっととその書類片付けろ」


ちぇやっぱ乱菊さんのようには行かないか。まぁいいや。日頃おサボりさせて頂いている分を、今日は珍しく返済しておこうかな。うわぉ!あたしなんて偉い子なの。人間国宝に登録されちゃってもいいくらいだわ。上司思いの優しい部下、ってね。







春麗らかなメイデイズ



あのとき「頑張れ」って背中を押してくれた貴方の言葉が、あたしの今を構成しているの