『ちょっとー!冬獅郎くん!ここちゃんと真面目に掃除したの!?埃残ってるんだけど!』
「あっあぁ……悪い」


時は12月31日午後5時30分過ぎ。ようやく年末の仕事を終え、サボり魔副隊長を服従させることに成功した十番隊隊長こと日番谷冬獅郎。恋人の咲夏は30日から正月休みに入っており、隊舎と同様に家の大掃除にかかっている筈だった。普段からコマめに掃除をする習慣がついている彼女のことだ。さほど時間はかからないだろう、と変な高を括っていた。しかし、大晦日だし最後の一日くらいゆっくり寛いで風呂にでも入ろうと、まったり気分で帰宅した冬獅郎に待ち構えていたのは、完全防備の掃除姿をした咲夏であった。玄関で草鞋を脱ごうや否や、音を聞きつけた恋人に強制連行され、風呂場へ放り込まれた。あっけらかんとした冬獅郎の元へ次に飛んできたのはゴム手袋とスポンジ、カビ取り用の洗剤だ。「お風呂のカビ取りよろしくね!隅々まで綺麗にした後、お水沸かしといて。あたし朝から誇りまみれでずっとお湯に浸かりたかったの」と状況を詳しく説明されぬまま、彼女は台所のほうへ行ってしまった。

(いったい何だよあいつ)

久々の彼氏の帰宅を喜ぶわけでもなく、投げつけられたのは掃除器具。内心は不服だったが、それでも彼女のことだから何か考えがあっての事だろう、と納得して黙々と作業を進めた。一時間ほど経過してから、冬獅郎は額にかいた汗を拭った。ふぅと一息ついて辺りを見回す。これならあいつも充分満足するだろう。ピカピカに磨いた風呂場を見て、満足げに微笑んだ。家の中で掃除を続けている咲夏の名前を呼んで、労働の結果を披露する。よし、これで年内最後の仕事が終わった。と安堵したのも束の間。今度は自分の部屋へまたまた有無を言わさず連れていかれる。「要らないものはこっちの袋、まだ使えそうだけど使わないものはこっちの袋、必要なのは一通り拭いてから整理してね」と乱菊の時に浮かべた黒い笑みを浮かべて、ニコリと微笑まれてみれば、冬獅郎は素直に頷くしかなかった。それからも冬獅郎は次々と色んな場所へ連れて行かれては掃除をする、の繰り返し。なんで俺こんなことやってんだ?と正当な疑問は、23時をまわる頃にはとうに消えていた。


「おーいお前の部屋のさんの掃除終わったぞ」
『ん、ありがとう冬獅郎くん。もうすぐご飯できるから待ってて』
「もう着替えてもいいのか」
『うん、大掃除終了!お疲れ様』


咲夏の許可を貰ってから冬獅郎は自分の部屋に向かった。すっと廊下の上に足を乗せただけで、ワックスがけした甲斐もあり、つるつると滑る。数年前に現世から輸入されてきたワックスというのはかなり便利なものだと感心しながら、戸を開ける。あれだけ綺麗に掃除しただけあり、家のどこを見ても塵や埃の一つさえ見当たらない。すっげーなあいつ……俺の掃除したとこ以上にあいつがやったとこは綺麗だ。ほんとスゲェやつを俺は貰っちまったな。ってまだ籍は入れてないか。ぶつぶつと小声で呟きながら着流しに腕を通した。清潔な衣服に着替えて、居間に戻った。そこにはすでに着席している咲夏の姿と、思っていたよりも質素な夕飯が用意されていた。予想外といえば大げさかもしれないが、あれだけ働いた後の夕飯にしては、華やかさにかける気がする。向かい合わせに座り、じっと咲夏の瞳を見つめるがこちらの視線に気づきそうではなかった。


『いただきまーす』
「頂きます」
『あっそういえばさぁ冬獅郎くん、やちるちゃんのお年玉いくらがいいと思う?いつもと同じでいいかな』
「お前に任せる。つーかいつまであいつにやる気なんだよ」
『え?……あ、あぁもしかして冬獅郎くんも欲しかったの?それならあたしがあげるから心配しないで』
「要らん」


とりとめのない話を咲夏はしばらく続けていた。そうかと適当に相槌をうちながら、冬獅郎は話を聞いていたが、どうも大晦日に似つかわしくないような気がする。十番隊内での忘年会は副官が張り切って指揮したため、お決まりのように泥酔した部下を送り届けることで終わった。去年の年末はこの時期は手当がいいからと、年末年始回りに行っていた咲夏とは会えなかった。帰ってきたころはすでに三が日も終えていたため、正月らしき雰囲気も味わう間もないまま、仕事に投入してしまった。つまり今回の年末は同棲してから初めての大晦日にあたる。確かに実際正月休みがあったとしても、仕事をしていないと落ち着かない性分の自分ではゆっくり休むことは不可能だと思っていた。が、10数年ぶりにとれた正月休みくらい、恋人と二人で過ごしたいという気持ちは勿論ある。毎年毎年、新年の挨拶へと副官の元へ伺えば、要らぬとばっちりを受ける元旦。それでなくとも大晦日で日付が変わるギリギリまでは書類と格闘するのが例年の決定事項だ。今年は運よく、自分の誕生日を利用して年末に溜まる書類の粗方が片付けられたが……こんな奇跡、毎年起きてくれるはずがない。


「なんか、違うんだよな」
『ん?なにか物足りない?あっ忘れてた。年越し蕎麦出すの』
「いや俺が言ってるのはそれじゃなくってだな」
『冬獅郎くんナーイス。あたし苦労してうった蕎麦を食べ忘れるところだったよ』


独り言のつもりだた呟きが漏れてしまった。しかも正確には聞き取ってもらえてないようで、咲夏は何か言いたげな冬獅郎には目もくれず蕎麦の用意をし始めた。先程からずっと感じている違和感。それは紛れもなく咲夏のことであり、本人には明確な自覚はないようだったが、恋人らしいことが出来ていないもどかしさでもある。普段から公私混同をしないは二人の中では暗黙の了解だ。付き合う前も付き合ってからも、それについて不満もなければぶつかることもない。当然のことのように受け入れきたし、自分の立場上そうするしかないと割り切っている。例えば難易度が高い任務を命じなければならない時や、有事の際に長期間触れ合うことが出来なかった時などは、無性に会いたくなるものだ。ほんの数年前ならば、正月だからって浮かれてるんじゃねぇ、と部下を一喝していたというのに。自分でも戸惑ってしまうほどの変貌だ。

(にしても本当に気づかないな)

最後の蕎麦の一本を啜った後、咲夏はいつも通り食器を片付けて、寝床を用意した。そして何事もなく布団に入る。慌てて自分も同じように、布団を被ったが、睡魔は一向に襲ってきそうにはなかった。

『冬獅郎くんー起きてる?』
「……」
『もう寝ちゃったかな。でも今日はありがとうね。最近乱菊の分の書類に追われちゃって、掃除サボり気味だったから助かっちゃった』
「いや、大したことしてねぇよ」
『やっぱり起きてた。酷いなぁあたしのこと無視して』


自分が狸寝入りしていることを初めから解っていたというように、くすくすと笑う。そこには冗談も含まれているのがよく分かったし、こうやって笑う恋人の表情に癒される自分もいる。今年もあと数分で終わり。死神にとって一年という年月など、人間のそれと比べてはほんの一瞬だ。それでも、こうやって一年間頑張ってきて、良かったと満足できる。ありがとうおつかれさま。おそらく心の中で思ってはいても口には出せない。それでも彼女ならばきっと自分の感謝の念を気づいてくれるだろうと思った。

突然もぞっと自分の布団に入ってきた咲夏に、ぎょっとした。今まで別々の布団で寝てきたが、こんな風にむこうが布団に潜りこんでくることなどなかった。いつもと違う行動に、少し戸惑う。繋いでだ手の部分からゆっくりと熱がまわってきた。


『あたしも寝れないから、一緒に寝よ』
「……」
『嫌?』
「勝手にしろ」
『照れちゃって。冬獅郎くん顔真っ赤だよ。意地張らずに素直になったら?』


なおも声をたてて笑う咲夏の唇を、半ばやけくそで塞いだ。一瞬さっきの冬獅郎と同様に目を見開いた彼女だったが、すぐにまた微笑み直して冬獅郎の頬を撫でた。結局、自分は主導権を握れず尻に引かれていくのだろうと、安易に未来が想像できたが、それも悪くないと思った。


A Happy New Year!




2011/01/04