※錬金術師パロ







うわ最悪ッ、なんで今日に限って雨降ってんのよ!?一階の下駄箱で靴を履き替えたあたしは、曇天を睨みつけた。下校時間をとうに過ぎた現在、周りには頼れる友達どころか生徒の姿自体見当たらない。普段ならば部活で学校に残っている人たちが大勢いるのだけど、皮肉にも今日はテスト一週間前ということで部活は禁止されている。なんてこった……あたしのドアホ!濡れて帰ったら風邪引くかもしんないじゃん。今週はあの天狗王子に勝てるかもしれない大事なテスト期間だっていうのに。ぐぐっと握り締めた拳には、悔しさともどかしさが滲み出す。

と、そこに咲夏とは違う、体つきからして男子生徒だと思われる人物の影がさした。彼女の姿を確認するや否やクスッと含み笑いをしてから、意地悪い笑みを浮かべて肩をトンとつつく。うわぁ!?と驚愕の声を上げた途端、その人物は目の前に現れた。


「よっ。なんでこんな所で突っ立てるんだよ」
『なんでアンタがここに……!!』
「はーん、こんな天気だって言うのに傘忘れたんだな。流石は万年二位オンナ。やることがいちいち抜けてる」
『うっさい、エセ天狗王子!』


いつ噛みついてもおかしくない勢いでキッときつく相手を睨みつける。しかしエセ天狗王子と酷い名で呼ばれたのにも関わらず、その少年は余裕顔だ。むしろこのあと何をしてやろうか、と言ったいわゆる悪魔的な微笑みさえ浮かべていた。くっそーサイッアク!と、遠まわしに関わらないでくれといった意味を込めて、態と聞こえるように発言しても、そ知らぬふりだ。自分より数センチ高い、整った顔に、何を言っても無駄だと悟った咲夏は深い溜息をついた。今日はとことんツイてない。マジでツイてない。なんだってあたしが日番谷に玄関で鉢合わせになんなきゃいけないのよ。一刻も早くその場から離れたかったが、雨天時には必需品の傘を所持していない咲夏は、雨を凌げるこの場に止まるしかない。フンとそっぽを向いたまま、仕方なく腕を組んだ。

先ほどからエセ天狗王子と称されている少年、名を日番冬獅郎という。彼はこの私立真央錬金術学園の創立時から数えても五本の指に入ると謳われている天才児だ。元来のルックスなど、その他諸々の要素も影響して、学園内では王子ともてはやされている。本人も自分の天才っぷりを自覚しているため、謙遜する様子はない。そして隣の膨れっ面の少女。教科書や参考書でずっしり埋まった見るからに重そうな鞄を提げているあたり、かなりの勉強熱心なことが見て取れる。彼女は冬獅郎とは正反対の努力タイプで学年二位の座を常にとり続けている秀才だ。いや……それには少し語弊がある。何も咲夏は二位を目指してこのような結果になっているのではない。みなにチヤホヤされている冬獅郎の鼻をへし折ってやろうと意気込み、今度こそは自分が主席の座を奪い取ってやるといった対抗心を燃やしながら励んでいる。しかしどれだけ勉強しようが、咲夏は未だかつて冬獅郎を追い越したことがなかった。
それが新たなライバル意識を生み出し、いつも余裕綽々な態度の冬獅郎自身が火に油を注ぐこととなった。そのため咲夏かからすれば、負かすことの出来ない冬獅郎は天敵でしかなかった。しかし2人は犬猿の仲かといえば、それは若干異なっている。

(お前よくそんだけ机に向かってられるよな)
(……)
(まっそれだけやっても俺に一度たりとも勝てないなんて、渡嘉敷も不憫なやつだな。同情するぜ)
(……)
(ガリ勉万年二位オンナ)
(なんですって!!?)

普段から何気ないことに面白がってはからかう冬獅郎と、それを無視しようと耐えるのだが結局は反応してしまう咲夏。どうやら互いに忌み嫌いあっているわけではないらしく、むしろ冬獅郎に限っては好いてるようにもとれた。


『あんた……さっさと帰ったらどうなのよ』


咲夏と同様にその場から離れる気配のないライバルに催促する。よく見てみれば、冬獅郎も傘らしきものを持っていない。なに?こいつ。散々人のこと虚仮にしたくせに、自分も忘れてるってわけ?咲夏とは対照的な軽い鞄を持ちながらポーカーフェイスを貫く相手を、ふんと鼻で笑った。所詮は同じ穴の狢よ。
ん……でもちょっと待ってそれじゃあ、雨が止むまであたし、エセ王子と一緒にいるってこと!?やだそれは困る!


「つーか傘くらいそこらへんにあるもので練成すりゃあ一発でじゃねぇか」
『校則がん無視のあんたに言っても無駄だと思うけど、校舎及び校内にある物品での練成は禁止されてるの。そんなことすれば、生活指導の卯ノ花先生に殺されるわ』
「これだから頭の固い奴は……融通が利かないんだよな」


肺の中にある空気を全て吐き出したのではないかと思うほど、大きな溜息をついた。そしてそのまま不敵に笑い、慣れた手つきで練成陣を校舎の壁に書き出す。はぁ!?と止めにかかろうとしたが、時は既に遅く。咲夏が冬獅郎の両腕を壁から引き剥がそうとした頃には、ピカリと閃光があがり、綺麗に練成された傘が手元にあった。こいつ!あたしの話聞いてなかったのかよ!?

(渡嘉敷さん、お話があるので保健室まで来ていただけますか)

黒い笑みを浮かべた学校一怖い、卯ノ花に連行される自分が頭に浮かぶ。ぶるぶるぶる。想像するだけで鳥肌がたってきた。あたし入学してから今までずっと良い子ちゃんで通ってきたのにー!こんな校則、しかも一番タブーとされている部類のものを破るなんて。言語道断。やばい、明日ズル休みしたい。いやでも勝手にあたしの忠告無視って練成したのエセ王子だし。あたしなんにも関与してないし。部外者だし。

(当たり前のことですが、見ていたのに止めなかったのは同罪ですよ)

うわああ。どうしよう、あたし完璧怒られる!怒られて、怒られて……あぁああ殺されるぅぅ!!


「バカ、騒ぎすぎだ」
『痛い!叩かないでよっ、あたしの脳細胞があんたのせいで死んだら訴えるわよ!?』
「低レベルの脳くらい破壊したって大したことねぇよ。それよりも、ほら」
『あ。それ、涅先生が言ってた……』


錬成媒体ナンチャラっていう、あらゆる物体の錬成を可能にする幻?の品じゃん。授業中に助手のネム先生を使って試していたあれだよ、あれ。これを使えば金属やプラスチックやガラスなど、この世に存在する全ての物質を錬成できる。とか涅先生は言ってたっけか。うん。あの得体の知れない物体に間違いないよ。というか本当になんで日番谷がこれ持ってんの?絶対に盗んで来たでしょ。うわマジで拳骨どころじゃないよ。卯の花先生が怒ったら雷一発くらいささっと惜しみもなく練成しちゃうよ?いいの?あんた死にたいの?もう笑い事じゃ済まされないって……日番谷。

しかし流石は全校生徒が公認した凸凹(犬猿)コンビ。やることなすことが、全く正反対だ。どういい逃れるか必死で頭を働かせている少女など少年の眼中には初めから無い。つまるところ、恐怖のあまり気が動転しすぎテンパり始めた咲夏の様子など、冬獅郎はお構いなしなのだ。その上無許可で調達したその代物で、今度は勝手に練成しだした。


『え、え、えーっ!!』
「だから猿みたいキイキイ騒ぐなよ」
『な!?猿とは失礼ね。あんたの方がよっぽど野蛮なくせに!』
「あぁ?」


冷や汗を掻く状況下の中でも、忘れずにツッコむ。これが凸凹(犬猿)コンビと言われる由縁なのかもしれない。その後も鬱憤を晴らすかのごとくマシンガン攻撃を続ける少女を軽くあしらいながら、少年はある作業を続けた。ある作業とは他でもなく、あの作業であり……それが修復されれば、鬼の形相で文句を言いまくる少女の怒りも収まるのだが、肝心の本人は一向に気づく気配がない。口を巧みに動かし、ひたすら「どうしてくれんのよ、馬鹿!」の一点張り。

(お前ボキャブラリー少なすぎだろ)

静かな呟きは当然の事ながら聞こえるはずがなかった。しかし相手にしない冬獅郎の態度を見てはまた怒りだす、という悪循環極まりない状況に陥っていた。


『だいたいね!前から思ってたんだけど、日番谷って』
「だだあああ!うるせえなこのアマ!ちっとはお淑やかにしてみやがれ!気が散るんだよ」
『うるさいって、元はといえばあんたが校舎使って練成するとか、馬鹿げたことするのが悪いんじゃない』
「それはお前が傘持ってなくて、しょぼくれてたからだろ!!」
『は?日番谷、自分が傘欲しかったから練成してたんじゃないの……?』


一瞬しまった、というように少年の余裕綽々とした顔が明らかに崩れた。しかしその絶好のチャンスを少女が拝むことはなかった。ぐるぐるぐると、さきほど告げられた言葉の意味に、困惑していたからだ。
なにその言い方。あんた自分が濡れて帰るのいやだから、勝手に傘を練成したんじゃないの?だってあいつが錬成した傘は一本だけだし。てっきり自分だけのためにするヤな奴だと思ってたんだけど……。あっでも校舎使うのは駄目だよ。駄目だけど実際あたしも傘がなくて困ってたわけだから、もしかして助けようとしてくれたの?スッゴいカチンとくる言い方だったけど、あれはあいつなりの優しさだったりする!?しかもしょぼくれてるってどんだけあたしの表情観察してんのよ変態!

ああだこうだと心中で言い争いをしている間に、気づいた頃には、傘の練成に使用した校舎はすっかり綺麗に元に戻っていた。


『ううわぁ!いつの間に!』
「だからうるせーんだよお前は。俺はどこかの抜けてる女と違ってしっかりしてんだ。ちゃんと元通りに戻してやっただろ」
『あたしは抜けてなんかないし。てかね偉そうに言ってるけど、勝手に錬成したの、そっちだから』
「へいへい。融通が利かない頭の固いクラスメートをもつと苦労するぜ」


こっいっつぅうう!黙って聞いてりゃ、口開く度にあたしの悪口言いまくってるじゃん。なんなの?自分が頭良いからって鼻にかけすぎじゃない。どうせあたしは応用の利かないガリ勉ですけど。だってあたし頭悪いから努力しないと点数とれないんですもん。ちらっと教科書見るだけで満点とれる日番谷とは違いますもん。ていうか今思えば最初から涅先生の物体で傘を錬成してたらこんな問題にはならなかったよね。わざわざ校舎から錬成した日番谷の性格の悪さが露呈てるわ。

やっぱり日番谷が優しいわけない。ちょっと期待したあたしが馬鹿だった。うん。ていうかこれ以上ここで雨宿りしてても、止みそうにないから、さっさと帰って勉強しよう。うん。受動的になり過ぎちゃ駄目だよね何事も能動的にならなきゃ。そうだよ最初からグダグダ悩まずこうすれば良かったんだ!


「誰が優しくないだって?」
『そこどいてよ、あたし今から帰るの。あと勝手に人の心読まないで』
「バカじゃねぇの。こんな雨ん中、しかも真冬に、そんな格好してたら風邪引くに決まってんだろ」


すっと錬成したての傘を差し出された。無言であいつを見上げると、いつものようなムカつく顔でなく、あたしを馬鹿にしている顔でもなく、純粋に物を貸してくれるクラスメートの顔だった。なんか……調子狂っちゃうな。馬鹿は風邪ひかないって話を引き合いに出されると予想してたのに、ほんと、変な日番谷。いつもこうだと、もっとモテるのにね。あっ、いや別に、日番谷が優しいわけじゃないよ。ただちょっと気遣いも出来るんだって、見直しただけ。
あれ?でもこの傘あたしが貰っちゃうと、こいつの分ないよね。どうするんだろ?


「要らないのかよ」
『あんたはどうするわけ?濡れて帰るんなら、あたしのことは気にせずに自分で使えばいいよ』
「人の親切はありがたく受け取った方が無難だぜ」
『あんたの言うとおり、傘持ってないあたしが悪いから』
「そんなに俺のこと心配なら、一緒に入るか?」
『なに言って……ちょっ、どこ触ってんの変態!!』


ぐいっと手を引かれた途端、目の前に日番谷が顔があった。ちゃっかり腰に回されている手を叩いて、思い切り睨みつける。急いで傘から脱出すると、日番谷はこれでもかっていうくらい嫌みったらしい笑みを浮かべてあたしをバカにしたように

(俺と相傘したかったんじゃねぇの)

と自意識過剰もいいところな発言をした。だ〜れが好き好んであんたなんかと一緒に相合い傘したがるかっつーの。ベェーだ!


「冗談通じねぇやつ」
『あっそ』
「まぁふざけた俺も悪かったが、とりあえずこれ持っていけ」
『だからそれじゃあんたが』
「俺なら大丈夫に決まってんだろ。お前とはここの造りが違うから」


そう言ってツンツンと軽く自分の頭を指し示した。そして雨足が弱まってもいない大雨の中、冬獅郎は自然体で校舎から出ていく。驚いたことに少年は全く雨に濡れる気配がなかった。冬獅郎の周りだけ避けるようにして、周りに雨粒が降り注ぐ。そんな馬鹿な!呆気にとられる咲夏には目もくれず、ヒュルルっと口笛を吹きながら遠ざかっていく。

(えぇ!うそでしょ!?)

どれほど目を凝らそうともあるばすの物は見あたらなかった。透明のビニール傘でも隠し持ってるのではないかと疑ったが、その可能性は自分の両目が否定している。有り得ない。なんで日番谷だけ濡れないのよ?様々な憶測が頭を飛び交う最中に、少女はあることに気がついた。少年の頭上から上がっている気体……あれは目で認識できるため、湯気のようなものだ。どうして湯気が頭の上から?そして雨が途切れる位置を正確に見定める。それは冬獅郎のちょうど30pほど上にあり、その辺りは、湯気が出ている辺りとも一致していた。偶然とは思えない。何らかの関係があるはずだ、と思いたった時、思考がすべて一本の糸となった。まさか、あいつ――上から降ってくる雨を、全部蒸発させてるの?

理論上は可能だ。液体を気体にするためのエネルギーは錬金術を使えば、さほど難しくない。落ちてくる雨を元にして、水蒸気を練成すればいい。問題はそこではない。問題は、元の物質が静止しているか、動いているか、だ。動いている物質からの練成は、とても高度な技術を必要とするのはいうまでもなく、しかもこの場合は術士である冬獅郎自身も移動している。高速とはいえないにしろ、そこそこの速度で落下してくる雨粒を、取りこぼすことなく全て水蒸気に変換させる技術を持っているものなど、この学院では冬獅郎以外にいるまい。つまりあの湯気は、練成のエネルギー熱の証だった。


『あいつ……』
「あっ、そういや、渡嘉敷!無駄だと思うが、テスト頑張れよー」
『!』
「まぁあ多分俺には勝てないだろうけどよ。なんたってお前は万年二位のガリ勉女だもんな」
『うっさい!!エセ天狗王子!絶対あんたを抜かす!顔洗って待ってなさい!!』


随分遠くから聞こえてくるライバルの声に、少女はメラメラと闘志を燃やしながら少年に向かって叫んだ。そんな様子を校門近くにいる少年は、首をすぼめながらも、面白そうに眺めましたとさ。





傘なし男の賢い諸事情

やけにセンスの良い傘の柄もむかつくー!







*あとがき*
なんか微妙ですね(笑)好きな子ほど苛めたいって感じを出したかったんですよね〜。しかし、こんなガリ勉のヒロインちゃんを書くのは楽しかったです。錬金術師ってまぁお分かりの通りハガレンの影響ですよ。すみません、設定無理やりでした。

2010/12/30