翡白様から・10000hit フリリク





私の勤めるこの四番隊の窓の外には、大きな桜の木があります。
ただ、その桜の木の枝に、花が咲いていたのを見れたのはもう何年も昔のことです。
私も実はこの桜の花を見たことがないんです。

でも、私の祖父にあたる人がよくこの桜の話をしてくれたんです。
私の祖母にあたる人と一緒に、よくこの桜を見に来たそうです。
二人とも、今はもう老衰で死んじゃっていないんですけどね。
祖父によれば、とにかくそのとき見たあの桜は今まで見てきたどんな桜より、何故か何倍も何倍も美しく見えたそうです。

祖父が死んでから、私は四番隊に入るために頑張りました。
祖父が大好きだったあの桜を見てみたくて。
そしてようやく四番隊に入れたとき、この桜はもう咲かなくなっていました。

もう何年も、どんなに水をやっても肥料をやっても、どんなに日光を浴びても、この桜は咲かないらしいのです。
十二番隊の方々にどれだけ調べてもらっても、原因は分からないそうです。

みんな最初はこの桜のために、自分たちの出来ることをしてくれました。
けれども、今ではあの桜を覚えている人はとても少なくなってしまいました。

だから、この桜は見捨てられてしまうんです。
今年の春も花が咲かなかったら、切り倒されてしまうんです。
私はそれが、少しだけ寂しいです。
一度だけでいいから、祖父が絶賛する桜を見てみたくて…



窓の外の空を見上げると、やけに雲が厚い。きっとそのうち、雨が降り出しそうだ。
そんな景色の中にひとつ、大きな木が立っている。
それを見ていると思い出すのは、渡嘉敷が話してくれたあの木の話。

今、俺は四番隊で虚との戦いで負った傷の療養中。
卯ノ花にかかればこれぐらい二日で治せるだろうに、「普段の休養もしてほしいので、薬だけで治しましょう」と言われてしまい、傷が治るまでは四番隊で生活しなければならない羽目になった。

そしてそんな俺の担当についたのが、四番隊隊員の渡嘉敷。
四番隊は基本いい奴だと知っていたが、やはりこいつもいい奴だった。
頼んでもないのに、身の回りのことは何でもやってくれるし、暇なときの話し相手にもなってくれる。

そうして渡嘉敷と話をしているあるとき、聞いたのがこの桜の話。
渡嘉敷は微笑みながら話していたが、内心はすごくがっかりしているのだろう。
あいつは花が好きだから。

渡嘉敷は治療の業務がないときは花壇の整備など、花に関する雑務を受け負っているらしい。
ときどき窓から外を見ていると、渡嘉敷が花やあの木に水やりしていることがしょっちゅうだ。
そんな花好きの渡嘉敷だ、きっと自分の祖父がどんな桜より一番綺麗な桜だという花を見てみたいに決まっている。

…しかし、俺はあの桜が今年突然、そう都合よく花開くとは思えなかった。

あの木はきっと、
もうすぐ倒れてしまう。

そう思いながら、木を窓越しに見た。
幹は大きくて堂々としているようだが、蕾も何もない枝は細く、折れそうな弱さがあった。
そうしてぼんやり桜を観察していると、見慣れた姿が桜の下に立っていた。


「渡嘉敷…?」

目を凝らしてみると、やはり咲夏だった。
その手には、あいつがいつも愛用しているジョウロがあった。

「…あいつ……」

もうすぐ雨が降ること、分かってねえのかよ。
はあ、と溜息をついてから俺は立ち上がった。

世話係のくせに、世話のかかる奴だ。