30000hit企画フリリク・ゆう様へ




ヴーッ。手の中で伝令神機が振動した。数時間前に負傷した肩の傷にそれが響く。残り少ない霊圧を使って、素早く応急処置を済ませた。スゥと大きく深呼吸してから咲夏はもう一度伝令神機を見つめる。通常、任務についての連絡ならば2回で振動は止まる。が――今回は2回では止まらず、4回振動し、動かなくった。それは任務外の連絡。つまり私用であることを意味した。


『雛森副隊長のこと、かな……少し毒に当たっていられたのかもしれない』


重いため息を咲夏は吐いた。そして徐に伝令神機の受信ボタンを押す。表示されたのは恋人である日番谷冬獅郎の文字と、素っ気ない文章。

雛森が熱を出したらしい。傷の具合も知りたいから四番隊に行ってくる。すまないが、暫く十番隊を頼む。

日番谷隊長は、また雛森副隊長の方へ行ってしまった。確かに雛森副隊長の傷は深かった。けれど……私はきちんと、丁寧に治療した。信用されてないのかな?日番谷隊長は、私の腕を。


『家族って、大事だよね――。いくら元四番隊の私が治療したからって、心配するに決まってる、か』


敢えて《家族》と言ってみた。彼はいつも彼女のことをそう称す。

雛森は小さい頃からずっと一緒に居て、大事な奴なんだ。もちろん家族として、だがな。恋人はお前だ。

私が問わなくたって、日番谷隊長はわざわざそう言ってくれる。それが何だか、すごく悲しい。
私が雛森副隊長と日番谷隊長の仲を疑っていると彼は思っているのかもしれない。そんなコト……ない、とは言い切れないのは確か。だけど嫉妬ばかりしている面倒な女にはなりたくはない。そう思って雛森副隊長に関しては、一度も尋ねたことはなかった。なのに、


「渡嘉敷?」
『あっ、松本副隊長……戻られたのですか』
「ええ。さっきね。だけど隊長の姿もあんたの姿も見当たらないから、何かあったのかと思って」
首を傾げる乱菊に咲夏は苦笑いした。これで大まかな流れは通じる。また、桃のところへ冬獅郎が向かったのだと。

ズキズキと肩の傷とはまた別の痛みが咲夏を襲った。いつも、いつも、こうして自分より桃を優先された時に起きる痛み。これに慣れることは、きっと未来永劫ない。


『さっき雛森副隊長と臨時で隊を組んで、虚征伐を行ってきたんです』







−−−−−





今日は午前中に現世任務で、午後からは通常出勤っと。それに今日は久しぶりに日番谷隊長と夜に会う約束をしている。早めに終わらせて、料理が出来るように今から書類整備しておこう。

今朝咲夏は一日の予定に、笑みを浮かべていた。一カ月半ぶりに冬獅郎と一緒に過ごせる貴重な時間。待ちわびていた幸せに、浮き足立つのも無理はない。普段から多忙な相手に、時間を請うのはご法度行為。それでも彼はこうして二人の時間を作ろうと努力してくれる。寂しさも勿論あったが、その心持ちだけで充分だった。


「あ!咲夏ちゃん!!日番谷くん今いるかな?」
『雛森、副隊長……』


突然だった。彼女が現れたのは。日番谷隊長を探してるらしかったが、生憎、出かけている所だった。松本副隊長に相談しようも、今朝早くから数人の席官を引き連れ現世に向かっているため出来やしない。

隊長が帰ってくるのは時間がかかり過ぎる。あの人は何も告げずに出かけてしまうから、いつ戻って来るかは検討がつかない。


『すみません雛森副隊長。今ちょうど日番谷隊長も松本副隊長も出かけている最中でして……私で良ければお話をお伺いしたいのですが』
「うん、えっーと実はね――」


雛森副隊長の言葉は簡潔にまとめるとこうだった。
昨日の深夜に流魂外で移動型虚の巣が確認された。明け方すぐに五番隊で討伐隊が編成され、現場に向かったが全く歯が立たなかった。まもなく上位席官が収集されたのだが、どうしても抜けられない任務が入っていたため手の空いていない者がほとんど。うまい具合に雛森副隊長自身は任務が入っていなかったのだが、部下を引き連れず単身で討伐には向かえない。そこで日番谷隊長に助けを求めたかったらしい。

その話を聞いて咲夏は間が悪いと思った。もう少し前ならば、隊長は執務室にいた。雛森副隊長がお願いすれば、快くとはいかないまでも隊長はその任務引き受けるだろう。だが現在は十番隊でも上位席官は出払っている。オマケに乱菊もいない。


「そっか、乱菊さんもいないんだったら仕方ないなぁ。あたしが一人で行くしかないね」
『いけません雛森副隊長!部下も連れずに単身で乗り込むなど危険過ぎます』
「大丈夫だよ咲夏ちゃん。そんなに心配しないで。これでも日番谷くんよりかは鬼道上手なんだから」
『ですが、』
「それにね、一度討伐に失敗しちゃってるから虚が移動し始めてる可能性もあるでしょ?だから早めに行かないと……」


優しい人だと、思った。部下の負傷を本当に悲しそうに話す。私だって自分の部下が怪我をすれば、必死になって治療するだろう。だけど心のどこかで、私や私の大切な人ではなくて良かったと思っている。まだ日番谷隊長に会う前……四番隊にいた頃、そう考えるずるい自分がイヤで仕方なかった。
だけど雛森副隊長は違う。私とは正反対に、怪我をした人を労り、出来ることなら代わってあげたいと思っている。でもそれは不可能なこと。だからこれ以上被害が広がらないように自分が敵を討ちに行く。

彼女の表情からはそのような思いが簡単に汲み取れた。私とは大違いだ。酷く自分を情けなく思った。

(これが隊長に愛される要因のひとつ)


『雛森副隊長……』
「?」
『私に同行をする許可を下さい』
「えェっ?」
『私は席官の端くれですが四番隊に所属していたため、傷を治すことが出来ます。向こうでも少しはお役に立てると自負しております故』
「咲夏ちゃん!本当に?本当に一緒に来てくれるの!?」
『はい。雛森副隊長がお望みとあらば……』
「あ、でも日番谷くんに怒られないかなー。大事な咲夏ちゃんを危険な場所に連れて行っても」


こちらを伺うふうに控え目に雛森副隊長は私を見た。あなたの方が危険に晒されると分かると、心配されると思います。とは絶対に言わない。本心から思っている訳ではないのもあるけれど、そんなコトを言えばたちまち色んなことを聞かれ、心配されるのが目に見えた。何より、日番谷隊長に失礼だ。

彼は彼なりに私を愛してくれている。例え私と雛森副隊長が同じくらい大事で、たまに雛森副隊長を優先させることがあったとしても、それは、それだけ日番谷隊長が心の優しい人だということ。私はそれを含めて日番谷隊長を好きになった。隊長を裏切る行為だけはしたくない。


『大丈夫です。日番谷隊長はきっと許可して下さいます』
「咲夏ちゃんがそういうなら……」
『雛森副隊長、早い方がいいんですよね?だったらすぐにでも現場に向かいましょう』






「確か、この辺りの筈なんだけど」


ほどなくして私を含む十番隊下位席官と五番隊平隊員で組まれた部隊は、報告のあった地点へ出向いた。指揮を執る雛森副隊長の瞳にはめらめらと底知れぬ何かが渦巻いている。敏感にそれを察知して顔が強張った。
ダメだ……私まで己を失うわけにはいかない。この任務に失敗は許されないのだ。普段通りに振る舞うため、少しだけ声のトーンを落とした。


『虚の気配は、今のところ感じませんね?』
「雛森副隊長、あちらを確認してきます」
「うん。お願いね。でも気をつけて!絶対に一人になってはダメよ。アッそうだ。山下さん、付いていってあげて」


数人の隊員が、雛森副隊長の指示で虚が現れた場所へ様子を見にいった。私も付いて行こうと思ったのだが、元々戦闘要員でないので治療に徹して欲しいという彼女の言葉で思いとどまった。ここへ来た理由の一つは日番谷隊長が悲しまないように雛森副隊長を援護、守護すること。実行するには本人から離れない方がいい。


『雛森副隊長』
「なに?」
『絶対に無理はなさらないで下さい』
「え、」
『貴女が傷つくことが悲しむ人がたくさんいることを、忘れないで下さい』


うん、と静かに返事が聞こえた気がした。これで雛森副隊長はよほどのことがない限りむちゃな突破は控えるだろう。

ここに着いた時から感じていたが、雛森副隊長は冷静さを欠いているように見える。部下の敵を討とうと、煮え立っている。それを漏らさないよう気を遣っているようだが、所々で殺気が滲み出ていた。 こんな状態では出せる力も出ない。気持ちが焦って、体がついていかなくなる。 少しキツいかもしれないが、これくらいの言葉を掛けなければ、雛森副隊長の頭は冷えない。情に流され過ぎれば、時に自分の身を滅ぼしてしまう。



ヒュルルルー

風の切れる音がした。微かに、だが、何かが動く気配がする。斬魂刀を抜き、いつでも戦闘態勢に入れるよう準備すると同時に、集中して霊圧を探った。どこから出て来てもおかしくない。調べにいった隊員からは何の連絡もないため、既に巣を移動させた可能性もあるが、どちらにせよまだ近くにいるはずだ。雛森副隊長の表情に険しさが増した。


「咲夏ちゃん……」
『何でしょうか』
「虚の気配感じとれる?」
『やっているのですが、今のところはまだ……しかし、』
「確実にいる。よね?」
『はい。仮に移動していたとしても、そう遠くではないと』


もうすぐ、調べにいった隊員たちも戻って来るだろう。そう一息ついたとき、ほんの一瞬視界がぼやけた。不思議に思って目を凝らしたのだけど、それきり景色はおかしくなることはなかった。気のせいかと、思った。だけど、違う。あれは確かに、歪みが生じていた!雛森副隊長の視線を感じ、顔を合わせる。他の隊員らも口々に声を漏らした。


『今……一瞬歪みませんでした?』
「歪んだように、あたしには見えた」
『私も、です』


どうやら私たちはとんでもない所に迷い込んだのかもしれない。ドクンドクン。心臓の音が自然とスピードを増していく。雛森副隊長が右手を構える。「破道の三十一、赤火砲!」綺麗な直線を描き、雛森副隊長の放った鬼道はちょうど歪んだ点に当たった。とほぼ同時に、そこから大勢の虚の霊圧がゴォーという音とともに湧き出てきた。


「雛森、副隊長っ……!」
「みんな――逃げて!!」
「フフフ、今更モウ遅イ。オマエ達ハ袋ノ鼠ダ!」


雛森副隊長の斬魂刀の解放とともに、私たちは瞬歩で四方に散った。手前の虚が飛梅に当たって、消滅するのが見えたが、まだ奥にうじゃうじゃと湧いている。前方で誰かの叫び声が聞こえた。急いで駆けつけてみれば、目の前には先ほどと同種の虚。素早く担ぎ、どこか比較的安全な場所へと運ぶ。無理な戦闘は行わない。というより行えない。

何故なら――


『雛森副隊長!そちら側が巣の中心だと思います!!』
「分かった!咲夏ちゃんはみんなの治療をお願い!」



そう、私たちは虚の巣の中に入り込んでしまったのだ。


それから増援部隊が来るまでの一時間は目まぐるしく事体が変化していった。負傷者の治療を中心に行っていた私でさえも、何人の死神とすれ違ったのか分からなかった。それほどまでにその場は混乱していた。
雛森副隊長はといえば、やはりまだ最前線で指揮を執っているのか、姿は見当たらなかった。


「渡嘉敷十六席!肩の怪我を治療を受けてください!」
『私は大丈夫。もともと四番隊にいたから、このくらいの傷はあとまわしにしても良いって知ってるの』
「しかし……!」
『まだ他にも貴方を必要としている人がいるはずだから、そっちに向かってあげて』


私がまだ雛森副隊長を確認できたときに、彼女の後ろを狙う虚の攻撃を受けたときに出来た傷だ。幸い大事な動脈の部分は無事だから良かったものの、少しでもずれていれば危ないところだった。

(本当はこんなところにいたくない)

帰って自分の治療をして、日番谷隊長に逢いたい。こんな血まみれの中に居たくない。彼の暖かさを感じたい。だけど――きっと、そうすれば、日番谷隊長は雛森副隊長のところへ行ってしまう。


まだ彼の姿も、霊圧も感じられなかったけれど、このことを瀞霊廷で知ったとしたらすぐに駆けつけてくるだろう。

(私が雛森副隊長をお守りしなければ……っ)


『すみません、檜佐木副隊長。雛森副隊長をご存じないですか』
「あ!オマエ確か元四番隊の」
『はい、渡嘉敷咲夏です。今は十番谷に所属していますが……』「ちょうどいいところだ。さっき雛森が運ばれてきたんだが、四番隊の奴らが全員出払っていてな。治せる奴捜してたんだよ」


増援部隊の隊長である檜佐木副隊長に案内され、私は雛森副隊長の元へ向かった。5分ほど走ったところに数人の隊員たちに囲まれ、お腹に虚の牙が刺さったままの状態で彼女はいた。
この牙を抜けば、雛森副隊長はおそらく大量出血で危険な状態になるだろう。下手に動かせば、無駄に血を失うかもしれない。

(ひどい怪我……)


「咲夏、ちゃん?」
『雛森副隊長、今からこの牙を抜くと同時に、傷を塞ぎます。いいですか?!』
「ごめんね……咲夏ちゃんもひどい怪我してるのに」
「喋るな雛森。傷が広がるぞ」


檜佐木副隊長と顔を見合わせ、確認する。せぇのっ!掛け声と同時に私は力の限り、霊圧をこめてお腹に当てた。大丈夫、うまくいく。

(頑張って雛森副隊長――)


「止まった、のか?」
『はい……大量出血で死ぬ可能性はなくなりました』
「じゃあ」
『ですが、この虚の牙には毒があるかもしれません。専門の四番隊の方に診てもらわないと』
「わかった。俺が責任を持って、こいつを四番隊まで運ぶ」
『お願いします』
「オマエも早く自分の肩を治せよ。霊圧が足りねぇんだったら、四番隊のやつらに頼め」
『お気遣い、ありがとうございます』


檜佐木副隊長と別れたあと、私は血の流しすぎで頭がふらふらしすぎていたが、なんとか隊舎まで戻ってきた。

「渡嘉敷……」
『まぁ、結局、隊長は雛森副隊長のところへ行ってしまったんですけどね』


痛々しい笑みを浮かべる、咲夏の頭を乱菊は撫でた。いつも自分のことより、なにより恋人のことを優先する部下の負担を、少しも軽くすることができない自分が不甲斐ない。

(この子は我慢し過ぎなのよ)


『松本副隊長っ』
「……?」
『私、雛森副隊長に嫉妬していることをさらけ出すような、子供じゃないんです』
「えぇ。知ってるわ」
『だけど――だけどッ!』
「渡嘉敷、」
『嫉妬心を完全になくせるほど、大人じゃないんです』


妬かないなんて、無理だ。その気持ちは、日番谷隊長にとって迷惑なものだと、どれだけ理解しても、なくすことなんて出来ない。これ以上隊長に私はなにを求めているんだろう?わがまま過ぎるよ。

(こんな自分、大嫌い)


「とりあえず、肩の治療をしましょう?」
『……っは、い』


この傷も、雛森のために負ったものなのかしら。そんなことを思って、乱菊が咲夏の死覇装に手をかけたその時。

ドン!

鬼のような形相をして、そこに立っていたのは紛れもなく自隊の隊長だった。


「隊長……」


乱菊の声を無視し、いきなり執務室に入ってきた冬獅郎は咲夏の腕を荒々しく掴んだ。痛っと激痛が肩に走ったが、冬獅郎に感ずかれたくなかったため、目を伏せ、隠した。

そんな態度が気に入らなかったのか、冬獅郎は無理やり、咲夏の顔を自分のほうへ向かせた。そして無言で、怪我をしている左側の死覇装を脱がせにかかった。


『ちょっと日番谷隊長!止めてください!!』
「黙って言うことを聞け」
『本当に、止めっ』
「うるせぇ!こんな怪我しやがって……」
『すっ、いま、せんッ』


ようやく大人しくなった咲夏を冬獅郎は抱きかかえて、ソファーへ座らせた。そして、傷口に手をかざし、治療する。その手はあまりにも暖かく、壊れ物を扱うように優しかった。

(なんで、日番谷隊長は……)


「少し発熱しているな」
『え?そんなこと、』
「大方雛森と同じ虚の毒にやられたんだろな」


懐から小さなビンを取り出し、振った。四番隊へ桃の様子を見に行ったときに、まとめて調合してもらった解毒薬だ。

それを咲夏が受け取ろうと、伸ばした手を冬獅郎は握り返した。


『たいちょう?』
「その前に俺に言うことがあるだろ」


真剣な碧色の眼差しに咲夏はたじろいでしまう。握られた手を、すぅと下ろした。

雛森副隊長に怪我をさせてしまったこと、怒っているのかな――。


「なぜ俺に何の断りもなく、現世に向かった」
『移動性の虚の巣が発見され、仕留められると思ったからです』
「一言連絡を入れるのに、そんなに時間がかかるか?」


連絡をいれれば、日番谷隊長はどんなことをしてでも雛森副隊長に同伴するだろう。そうすれば、隊長の仕事に差し障る。ただでさえ忙しい隊長は時間の使い方をうまくコントロールしなければ、遣り繰りできない。そのリズムを崩したくなかった。

(でもお節介だったのかな?)


『雛森副隊長をお守出来なくてすみませんでした』
「違う。俺はそんなことを言って欲しいわけじゃない」
『では……』
「百歩譲って、無断で現世へ行ったことは許す。その時点で一番ベストな判断だ。移動性の虚の巣が見つかることなんてそうないからな」
『……』
「だが――。どうして俺が雛森の様子を見に行くと連絡したときに、怪我をしていると伝えなかった?」
『……』
「見たところ、雛森の傷よりもお前の傷のほうが数倍深い」


今までこのような尋問口調で質問されたことはなかった。大きく息を吸い込む。この空気に参ってしまいそうだった。

体がひどく熱い。酸素が欲しい。そこで気づいた。ほんとうに私も毒に当てられていたのだと。


『ごめんなさい……』
「謝るな。責めてるわけじゃねぇだろ。――もう一度聞く。なぜ、俺に言わなかった?」
『ごめん、なさい』
「俺に迷惑がかかると思ったからか?それとも、雛森のほうを優先すると思ったからか?」
『……』
「俺はお前の恋人だぞ?大事な彼女が怪我してんなら、迷わずそっちに行く」


冬獅郎は四番隊で桃に会った時の様子を思い浮かべた。


(よぉ雛森。お前怪我したらしいな。大丈夫か)
(ちょっと、日番谷くん!咲夏ちゃん見なかった?!)
(いや……見てねぇが、あいつは多分、執務室で書類整備してるだろ)
(なに言ってるの!さっき肩に酷い傷を負ったまま、あたしを優先して治療してくれたんだよ!!)
(どういうことだ?)
(咲夏ちゃんもあたしと一緒に現世に行ったのよ!)



それから、急いで咲夏の分の解毒剤を調合してもらい、十番隊へと戻ってきた。彼女の姿を見れば、一目瞭然。雛森の焦りようがよく分かった。ほとんどの霊圧を使い切っており、立つことさえ本来ならば辛いはず。

(俺はなにやってんだよ)

そして同時に別の感情も湧き上がって来た。どうして渡嘉敷は俺が連絡したときに、自分が負傷していることを明かさなかった?恋人よりも幼馴染を優先させると、あいつは本気で思ってんのか?

(その苛立ちで、酷く乱暴に扱ってしまった)


「悪ぃ、ちょっと言い過ぎた」


徐に冬獅郎は咲夏が腰掛けているソファーに座った。胡坐をかき、顔を覆う。その様子を咲夏は直視できなかった。

(なにやってんだろ。私)


「俺は、お前まで全部背負う必要はない、って伝えたかったんだ」
『え……?』
「お前は全部一人で頑張ろうとするだろ。仕事でも、プライベートでも、何でもかんでも」
『そんなことない、と思います』
「じゃあ何故あぁまでして雛森をかばう?その原因が俺にないと言い切れるか?」
『それは――』


伏せがちだった視線をさらにおろした。図星だ。私は日番谷隊長の大切な人だからという理由で、雛森副隊長を守ろうとしている。雛森副隊長もことは尊敬している。好きか嫌いかと聞かれれば、断然好きな部類に入る。だけど、それだけの理由じゃあ、人は命を懸けられない。
日番谷隊長の悲しむ顔をみたくないから
日番谷隊長を不安にはさせたくないから

私は雛森副隊長を守ろうと思った。


「俺にとって雛森は失いたくない、大切な存在だ」
『ッ……分かっています』
「だが、それをお前に強要させたくない」
『……』
「お前が雛森のために危険にさらされる必要はないんだ」
「もっと自分を大切に、してくれ」


そう言って隊長は私をぎゅっと抱きしめた。戦闘で疲れきった体に、隊長の体温はすごく心地よい。

(私が、背負う必要がない……か)

その言葉に含まれる本意を考えた。私のやってきたことが要らぬお節介ではないことは確かだ。
隊長は、雛森副隊長のことが大事。だけど私は命を懸けるほど、そうじゃない。確かに自分の恋人が自分の大切な人と仲が良ければ、嬉しい。だけどそれは理想であって、現実に当てはまらないこともある。

事実、私はきっと心のどこかで雛森副隊長を恨んでいるところがあるだろうし、いっそのこと居なくなってしまえばいいと思ったこともある。

(あぁ……そっか、)

隊長は私に無理やり雛森副隊長を好きにならなくていいと言ってるんだ。人は人それぞれ。たとえ恋人だとしても、考え方は違う。私たちのように、隊長は雛森桃という人間を大事に思っているけど、恋人である私は違う。そんな場合もあっていいんだ。


「今まで無理してきたろ?ごめんな」
『隊長……私、雛森副隊長のこと、嫌いじゃないんですよ』
「あぁ」
『ただ、隊長と仲良くしてる所とか見ると、嫌だなぁって思っちゃって』
「あぁ」
『隊長、ごめんなさい』
「構わねぇよ、別に」


手元にあったビンの蓋をはずし、冬獅郎は口へ含んだ。そして、それを咲夏の口にあわせる。んんっと苦しげな声を出しても、決して冬獅郎は離そうとはしなかった。移しそびれた、解毒剤がだらりと咲夏の口元を伝った。


「これからは我慢するな。言いたいことはちゃんと言え」







逃げてばかりの君、
つかまえた











*あとがき*
毎度のことながら、遅くなって申し訳ありません(滝汗)戦闘シーンありで切甘ということだったんですが、いかかでしょうか?ゆう様のご期待に沿えたかかなり不安です(><)しかもよく分からんという不良品←
とりあえず私の主張としては、日番谷くんがいくら雛森ちゃんを大事にしていたとしても、それを他人に(恋人に)強制できないということです。合う合わないっていうのは絶対にあることだし、自分の恋人の大事な人だからっていう理由で縛られて無理しなくてもいいんじゃないかと思います。まぁ確かに仲がいい方がよろしいでしょうが。


お題サイト様→narcolepsy
2010/01/31