駅の近くのアパートの階段を登り
鍵のかかっていないドアを明け、部屋に入っていく


「…雛森、鍵くらいかけろよ」

「昨日、日番谷くんが帰った時にかけてくれなかったからでしょ」


雛森が寝ているベッドまで行き
近くにあった椅子に座った


「日番谷君、私はもう大丈夫だから…」

「大丈夫じゃねえだろ、そんな体して」

「……彼女さんにバレたら大変でしょ?」

「…そんな事お前が気にするな」

「だって……」

「俺がいいって言ってんだ」



数日前から、俺は雛森の住むアパートに通っている

幼なじみでもあり
お互い親と離れて暮らしているため

こうして雛森や俺が風邪など引くと
よく看病しあっていた

…雛森が言う通り咲夏がこれを知ったら
かなりまずい事になるくらいはわかっている

だから、あえて咲夏には言っていない



「彼女さんと上手くいってる?」

「…ああ」

「日番谷君たち、私の学校でも有名だよ」

「…そうか」

「大変なんでしょ?」

「もう慣れた」

「………そっか…」



咲夏の"重さ"は有名らしく
みんなに同じ質問をされる



「…疲れない?」

「んなわけねえだろ…」

「日番谷君…彼女さんの事、本当に好…「雛森、……何か食いたい物あるか?」

「え……」

「腹減ったからなんか買ってくる」

「…特に…何もないかな」

「そうか…、行ってくる」



外に出ると既に辺りは暗かった
昼間とは違い、雪がひどくふぶいて
明日はバスが遅れるんだろうな、なんて思った


咲夏の"重さ"なんて初めからわかっていた上で付き合った

だから後悔なんてしていない

咲夏に困る事はあっても疲れるなんて
そんな事、思った事もない

咲夏が周りからなんて言われてるかも知っている


しかし、誰になんて言われようと
咲夏と離れる気なんてない


「…咲夏にメールしねえとな…」


今晩メールすると言った事を思い出して
外を歩きながらメールを打った

送信するとすぐに返事が返ってきた



『いつもより遅いね、どうしたの?』


ふと時計を見ると
いつもより15分送る時間が遅かった


『ごめん、帰った後寝てた』


小さな嘘をつき、またメールを送信する

そうするとまたすぐに返信が来た


『しろがこんな時間まで寝るなんてめずらしいね、今何してるの?』


咲夏は俺の名前が一発変換出来ないからと言って
メールでは俺の事を"しろ"と呼ぶ


『晩飯買うのにコンビニ向かってる』

『私も行きたいな』

『寒いからやめとけ』

『そんなの関係ないよ』


「………………」


『咲夏に風邪引かれたら、俺が困る。雪もひでえし、な?』

『でも、行きたい。しろは私が行くのが嫌?』


咲夏の困った我が儘が出た
こう言い出すと咲夏はなかなか退かない

断り方を間違えれば
咲夏の機嫌は悪くなるばかりか
取り返しのつかない事に成り兼ねない

でも、ここで咲夏を呼ぶと
雛森のアパートへは戻れない


……やはり断るしかない



『時間も遅えだろ?コンビニなんていつでも行けるんだから、とにかく今日はやめとけ
咲夏の親だって今の時間からだったら出させてくれねえだろ?』

『………』

『咲夏、明日また会えるじゃねえか』

『今、会いたかったの』

『そうか…、悪かった』

『しろは私に会いたくないの?』

『会いてえけど、今日は無理だろ』

『なんで無理なの?』

『だから…』


そんな不毛なやり取りが夜遅くまで続いたが
結局決着はつかず、咲夏の


『もういい。おやすみ』


で一応終結となった。



「はあ…………」

「日番谷君、ずっと携帯いじりっぱなし」

「…まだ起きてたのか、早く寝ねえといつまでたっても風邪治んねえぞ」

「いつもこんな感じなの?」

「今日は特別だ」

「……日番谷君、大丈夫?」

「何がだよ」

「全部」

「……もう寝ろ、俺は帰る」

「…うん、…あんまり無理しないでね」




大丈夫か大丈夫じゃないかだったら
大丈夫じゃないに決まってる

でも、それは俺がというよりも
咲夏が、だ

きっと明日は泣き腫らした顔を見るんだろう


「咲夏……」


咲夏の見慣れた泣き顔が頭に浮かんだまま、その日は眠りについた