騒がしかったバスの旅を終え、あたし達サッカー部の面々は合宿所「浦原」に到着した。一年後輩で、ちっちゃくて可愛いシロちゃんこと冬獅郎も、眠い目を擦りながら降りてくる。不意をついたつもりは毛ほどにもなかったのだけど、後ろから抱き着けば、驚愕の色を浮かばせる。かっわいーぃ!!あたしの母性本能が疼く。珍しく綺麗な碧色の瞳を白黒させ、抱きつかないで下さい!とほどよく筋肉のついた滑らかな腕で抵抗してくる。


『無駄な抵抗はお止しなさい!』
「ちょっ、マジで渡嘉敷先輩いきなり抱きつくの止めて下さいって」
『じゃあ抱きつきます』
「何でもかんでも言えばいいってもんじゃないでしょ!?」
『や〜ん、シロちゃん怒ったー!』
「黙れ、変態」
『うわヒド。それちょっと傷ついた。仕方ないでしょ、あたしは小さくて白い毛を持ってるものには目が無いの』
「オレの髪の毛は銀髪です」


同じクラスで、キャプテンの一護が邪魔するまで、あたしは冬獅郎とじゃれていた。といってもこれはごく平凡な日常生活の一部であって、特別なことではない。ちっちゃい弟ができた心境であたしは冬獅郎を可愛がってるのであって、男としてみているかと言えば、答えは完全にノー。

父親が開業医だから、あたしは将来医学部に進学して病院を継ぐつもりだ。そのために、一応の学力もつけている。好みは年上、長身。将来はまあまあ、もう高3だし、結構はっきり視えてきているのも事実。取りあえず一年前に突如現れたメッチャ好みの後輩を、あたしは日々可愛がっている。同じマネージャーの桃ちゃんはどうやら冬獅郎のことが好きみたいだった。

(うわあ、桃ちゃんもかっわいー!)

ちなみにあたしは黒髪、お団子の子もそこそこタイプだ。その上、桃ちゃんの女の子らしい言動は、殺人的に可愛らしい。貧乳なのを最近は気にしているらしく、あたしは「ちょっと小さめの方が男をそそるって」とか慰めていたり。サッカー部の小さきFWと、恋するマネージャーの行方をあたしは楽しみにしている。大学生になったら乱菊でも誘って覗きにいこうと計画してるくらいだ。


『もーもぉちゃん!』
「あ、咲夏先輩!みんな捜してたんですよ?」
『ごめんごめん。例のごとくシロと遊んでた』
「あはは、先輩はいいですね……日番谷くんと気軽に喋れて」
『いやいやーあたしの一方的なラブコールですからね。桃ちゃんみたいに可愛らしい子、冬獅郎は好きだと思うよ』


あたしを羨ましがってしゅんと凹んでいる桃ちゃんの頭を撫でてあげる。大丈夫だって。あたしあと数ヶ月もしたらいなくなるし。あたしが卒業してからでも、桃ちゃんはいくらでも冬獅郎と一緒になれるチャンスがあるんだから。心配しないでいいて。ね?

冬獅郎も桃ちゃんを嫌ってるようではないし、可能性はアリかナシかといえば、アリのほうだと思う。同学年って3年間も一緒にいられるんだし、充分恋愛に発達する可能性を秘めている。あたしの場合は一護と仲いいけど、多分恋愛にはならないだろうと予測する。友達から恋愛感情へ移行するときの条件っていったい何なんだろうか。少し真剣に考えてみる。

(相手を異性だと実感すること?)

いや、でもやっぱり一番は相手を見てドキドキ出来るか出来ないか、だよね。最初に中学で一護とあった時は、多少力強さに男を感じたことはあったけれど、慣れればそれっきり。慣れちゃうのがいけないんだろうな。恋愛に発達するまで、ドキドキを維持しなきゃならない。むつかしいね。


あたしは物事を客観視するのが癖だ。どうしても深くはのめり込めない。恋愛だって同じ。理性がブレーキをかけてしまう。それを煩わしく感じたこともあったけれど、今では満足している。たぶん将来は適度に好きな人と付き合って、結婚して、子供産んで、楽しくやってる。「幸せな人生ですか?」って質問に笑顔で「はい」って答えるような生涯を送っていると思うし自信もある。ただ、周りがみえなくなって溺れるような熱い恋はしないだろう。


「渡嘉敷先輩、ドリンク足らないんスけど」
『えぇー阿散井くんそれくらい自分でとってきなよー。あたし疲れちゃった』
「え、あ、ああ。すんません。自分でとってきます」
『うそうそ。冗談ほんきにしない。マネの仕事はあたしがきちんと責任をもって果たしますから』


ちょうどお昼時だし、そろそろご飯も運ばなきゃね。約60人分の弁当を運ぶって……何往復掛かるんだろ。まぁ時間は余るほどあることだし、地道にいきますか。その前に阿散井くんに頼まれたドリンクも持っていかないと。うーん意外と合宿は忙しいなあ。これも今年で最後と思うと、やる気はでるんだけどね。

(でもやっぱり寂しいかな)


後輩のマネージャーたちが休憩している中、咲夏は気づかれないように準備を進めていた。三往復終えたくらいだろうか、冬獅郎は咲夏がマネージャーが集まっている場所にいないことにを不思議に思った。日焼けするのを嫌う咲夏が屋外にいる可能性は皆無だと判断し、適当にそこらを散策してみた。


「何やってんだ、あの人?」


よたよたと自分の背丈以上に、大量の弁当を積み重ねて歩く咲夏がこちらへ向かってくる。視界は弁当で妨げられているので、自分が此処にいると知って来たのではないことは分かっていたが……一年前に初めて出会った時と重なり、思わず顔が綻んだ。先輩!とほんの少し上ずった声で呼びかけると、弁当の端から特有のポニーテールがちらついた。

小走りに近寄って上の2/3くらいを持ち上げると、ようやく先輩の顔が現れた。


『冬獅郎!練習もう終わったの?』
「まさか。15分休憩ッすよ……てかなんで他のマネージャー使わないんですか。一人で弁当運ぶって、効率悪すぎ」
『仕方ないでしょーー。せっかくキャアキャア盛り上がってる桃ちゃんたちに雑用押し付けちゃあ可哀想じゃない』
「ふ〜ん……先輩でも他人を気遣ってりするんですね」
『シロちゃん?せっかくお手伝いに来たのは嬉しいんだけど、そろそろお口チャックした方が良いんじゃないかしら?』


軽口を叩きながら、大量の弁当を所定の位置に運び終える。なぜだかそれから冬獅郎の口を開く気配が一向に感じられない。だんまりしたままずっとあたしの隣にいる。外の喧騒が、あたしたちを孤立させる。実はこんな空間もあたしは嫌いではない。だけどそれが5分も続くと、さすがに心配になってくる。調子でも悪いのかと額に手をかざそうとした時――あたしはある事に気がついた。

(冬獅郎って……こんなに大きかったっけ?)

春にはあたしより少し下にあった目線が、今はもうほとんど変わらない。いつの間にこんなに成長したの?あたし意外と冬獅郎のこと見てるようで、見てなかったのかな。どくんどくん。左胸が脈を打つ。理由は解明できない。


「どうかしました?」
『べつにー。なんか背伸びたかなって思っただけ』
「え?先輩また伸びたんですか」
『違う。あたしの成長期は残念ながら二、三年前に終わってるの。冬獅郎、あんたのことだよ』
「お!もしかしてオレもう先輩越しました?」
『まっさか』


良かった……いつもの冬獅郎だ。胸をなでおろす。訴えるようなその眼差し。少しあたしには重すぎる。たかがあたし如きにそんな顔しないでよ。冬獅郎みたいな賢い子が、あたしに構っちゃいけない。部活も将来も何だってテキトーに済ましてきたあたしは射るような熱い視線は苦手だ。「お前も真剣になってみろよ」。忠告されているようで、酷く堪える。

汗でべたつく髪を耳にかけた。バシ。刹那――冬獅郎の綺麗な指があたしのそれと絡まった。ぎょっとすると同時に、明快な答えを求めている冬獅郎を、初めて嫌だと思った。


「渡嘉敷先輩は……この合宿が終わったらマネ辞めるんですか?」
『まあ、ねぇ。あたしもマネージャーと受験勉強を両立できるほど器用ではないからね』
「医学部?」
『うん。小さい頃からもうそれは決まってたようなもんだしね。不満もないし。カッコいいでしょ?女医さん』


こんな話をしているときまで茶化したがる自分に腹が立つ。冬獅郎は少なくともあたしの何倍もまじめにあたしのことを将来を尋ねている。真剣な相手には真剣な態度で臨むのが礼儀でしょ?

(いつまで逃げるの)

胸の奥から呻きに近い声が聞こえてくる。止めてよね……っ。あたしが真剣になるって今更って感じでしょ。バカな振りしてのほほんとしているのがあたしでしょ。


「そーっすね」


それきり冬獅郎は、口を開くことはなかった。阿散井くんたちに練習が再開すると告げられるまで、愁意を覚えるような顔つきでいた。一護に弁当を手渡したときに、何かあったのか、とさりげなく心配されたが何とも言えなかった。モヤモヤとした名称不明の感情があたしを支配する。調子狂うなあ。あたしにとって冬獅郎は可愛い後輩、だよね。それ以上もそれ以下の感情も抱かない、はず。

それから丸一日、すれ違っても冬獅郎とは会話が弾まなかった。避けられているのではなさそうだけど、今までのようにバカ話が出来ない。午後になって、ウチと同じように合宿に来た高校と、恒例の練習試合が始まった――いつもなら試合開始直前に声を掛けるのだけど、今回ばかりは気まずくなりそうなのでやめにした。ホイッスルの音と共に、選手が動く。


「咲夏先輩、あの……日番谷くんと、もしかして何かありました?」
『なぁにー桃ちゃん!あたしと冬獅郎くんはいつも通りの仲良しですよぉー』


桃ちゃんにまで感ずかれるなんて。自嘲したくなるわ。あたしって意外と態度に出ちゃうタイプなのかな。思っていたよりもあたしの中で冬獅郎は大きい存在だったらしい。このままだと関係修復する前に卒業しちゃいそうだ。まだ学校を去るまで半年もあるというのに、そんな大げさな考えがよぎる。オーバーにへこみすぎ!しっかりしろよ、あたし。
でもこれから卒業まで、ずっとこんな状態が続くかもしれないと思うと――嫌われてるわけでもないのに、
(胸が苦しくなる。目の奥で化学反応がおきそうだ)



あっ、という桃ちゃんの声であたしは現実に引き戻される。いけない……練習試合といえど、仮にも試合中なんだから集中しなきゃ。

ピピーッ
審判が笛の音を耳で捉えると同時にピッチを凝視する。ゴール前に誰か倒れて――って!あれ冬獅郎じゃない!?身を乗り出して姿を確認すると、ぺナルティーエリアの近くでうずくまっている人物はやはり冬獅郎だった。DFの一護までもが様子を見に上がっている。なかなか立ち上がってこない冬獅郎にあたしもみんなも困惑する。


「咲夏先輩……日番谷くん大丈夫ですか、ね」
『あの痛がりようじゃ、試合は出れないんじゃないかな……試合終わったら病院念のため行った方がいいかもね』
「そんな!」


監督が代わりの選手を送り込もうとした、その瞬間。冬獅郎は勢いよく立ち上がって、跳ねて見せた。キャプテンの一護に「大丈夫です、まだやれます」とアピールするように。すでにピッチへ入っている監督と僅かに言葉を交わしたあと、FKの体制に入った。試合続行だ。その上、ボールを蹴るのはさきほどファールをうけて倒れていた冬獅郎だ。

(監督、オレ大丈夫なんで出させてください)
(プレーの質を落とさない自信があるのか?)
(はい。絶対に落としません)
(わかった。でも俺が少しでも無理だと感じたら即交代だ)

ボールをゆっくりセットして視線をゴールに向ける。審判の笛が鳴ってから、大きな深呼吸を一度だけして……冬獅郎はボールをミートした。不規則に変化したそれは、容易く相手DFやキーパーの手をすり抜け、ネットを揺らした。
もしかして――無回転シュート!?うそ!いつの間に、あんなの打てるようになったの!??チームメイトとゴールの喜びを分かち合う冬獅郎の成長に驚きを隠せない。


怪我を押してまでこだわったわけが解った気がした。最近夜遅くまで自主トレをしていることは一護から聞いていた。たぶん、この練習をしていたんだ。練習の成果を、試してみたかったんだね。フリーキックは無回転シュートを試すのに絶好の機会だ。


「渡嘉敷センパイ!」
『え?』


至近距離から聞こえてきた冬獅郎の声に驚いていると、ふわりと身体が浮いた。事体を把握しかねないあたしを、冬獅郎は気にすることもなく抱きしめた。ちょっと試合中になにやってんの!と口を開こうとしたが、それよりも彼の方がワンテンポ早く、予想に反する言葉を吐いた。

(ちょっと冬獅郎……桃ちゃんの視線が痛いって)


「オレ、渡嘉敷先輩のことが好きです!!」
『なぁっ!?』


おいおいおいおい。ちょっと待って……なんでこのタイミングでそれを告う?みんな居るのに。監督だって、桃ちゃんだって、一護だってすぐそばに居るのに。立場を弁えるって言葉わかんないわけ?別に試合が終わってからでも何のも問題も生じないじゃない。

(意外とあたし冷静だな)

とどのつまり、あたしはただの後輩にしか思ってなかった男に子に告白されても、照れるどころか落ち着いて状況分析までしてしまう冷めた子なのだ。もう少しドタバタしてもよくないかと、自分に呆れてしまう。あれ……?でも何でかな。すごく頬っぺたが熱い気がする。冬獅郎の体温が伝わってきたからなかな。うん、そうだよね。だってあたしが意に反して顔赤く染めるとか似合わないもん。


「その反応、オレ脈ありだって己惚れるんスけど」
『はい?』
「だって渡嘉敷先輩……見たこともないくらい顔真っ赤だし」






不覚にも愛しく感じてしまったり
(今まで何とも思ってなかった冬獅郎のはにかんだ顔が)(堪らないくらい輝いてみえた)(この表情、もっと近くで眺めていたい)


『あたし……冬獅郎のこと好きなのかな?』


真顔で質問するあたしに一護が、なんだよそれ、と鼻で笑ってきた。照りつく太陽が冬獅郎の綺麗な銀髪を反射させる。抱きしめられていた腕を放されたとき、名残惜しさを感じた。あぁあたし、冬獅郎のこと好きだな。初めてそれを、生で実感した。




*あとがき
去年の9月から行ってきた30000HIT企画もこれで最後となりました(涙涙)長かった!だけど、すごくリクエストが来たときに嬉しかったのを覚えています。でもこれからはフリリクをするときはもう少し考えたほうが良さそうです(汗)何ヶ月待たせてるんだよって感じですね。由衣様、ほんとうに遅くなってごめんなさい……!
さて、このヒロインちゃんのように、一見ちゃらちゃらっとしてるけど中身は意外と冷めている子。周りにいませんか?かなり計算高かったり、厳しい発言をしたりと、時たまあたしは驚かされてしまいます。ちょっと個性的なヒロインちゃんの性格には持って来いだと思ってノリノリで執筆してました。気に入ってくだされば幸いです。


お題サイト様→narcolepsy
2010/05/23