「咲夏ちゃんいらっしゃい。お母さんから話は聞いてるわ!」
『こんにちは、おばさん。今日は……よろしくお願いします』
「母さん、飯」
「もう冬獅郎ったら!少しは嬉しそうな顔したらどうなの。せっかく久しぶりに咲夏ちゃんが泊まりに来たっていうのに」
「別に。昔はよく来てたろ」


私が挨拶をしてる間に、冬獅郎はさっさと自分の部屋に行ってしまった。荷物はリビングに置いておいていいからね。ゆっくり寛いで。中に案内されてから馴染み深いソファーに座った。桃と冬獅郎と一緒に遊んだ頃が懐かしい。中学を卒業すると同時に、桃はイギリスへ留学してしまった。元々翻訳者になりたいと語っていた桃は確実に夢へ近づいている。経つ朝に私は泣きじゃくった。

(頑張れ桃)

桃にはあの時のこと、ちゃんと話した。抗えなかったことも。そのせいで冬獅郎に嫌われたことも全て。切られた髪もすっかり元通りになった桃は笑顔で私の話を聞いてくれた。終始泣きながら話す私を、抱きしめてくれた。自分も酷い目に遭ってるっていうのに。強い女の子。私も桃みたいになりたかった。


「そういや……桃ちゃんは今頃どうしてるかしらねぇ」


偶然にも私の隣にきたおばさんは、桃の名前を出した。自分の娘のように可愛がっていたおばさんにとっても桃の留学は寂しかったにちがいない。

紅茶を啜りながら、桃の姿を思い浮かべた。可愛らしく、華やかな桃。国際電話はお金がかかるからあまり頻繁に使えない。元気にしてるかなぁ。そういやこの前声を聞いたのは半年くらい前だっけ。


『桃は大丈夫ですよ。しっかりしてるし』
「そうね!桃ちゃんはああ見えて咲夏ちゃんよりもしっかりしてるものね」
『えぇ!?おばさん、それ本当のことだけどはっきり言いすぎ!』


あははと笑いながら、昔のことを話した。小学校の入学式で手渡された名札の針が怖くて私が泣き出したこと。3年生のときに運動会のリレーで思い切りズッコケたこと。5年生のとき音楽会でする桃のピアノ伴奏の練習に夜まで付き合ってたら、先生の大目玉くらったこと。修学旅行で真夜中に抜け出して、違うクラスの桃の部屋に遊びにいったこと。

(バーカ。ったく)

その度に呆れつつも、私を助けてくれた冬獅郎。3人で遊んだ無邪気な頃。もう一度、戻れるのなら戻ってみたい。やり直せるのなら、やり直したい。


「咲夏、ちゃん?」
『あッ。いえ、何でもないです』


苦笑い。おばさんは知らない。私がしたことを。こうやって今可愛がってる私が、自分の息子に大嫌いなんて言った事があると知ったらどう思うだろう。冬獅郎と同じように軽蔑する、よね。
ごめんなさい。おばさん、私最低なことしました。


「それじゃあ夕飯にしよっか。咲夏ちゃんも手伝ってくれるかしら?」
『はい、もちろんです。今日は何を作るんですか?』
「今日はね……咲夏ちゃんの好きな親子丼」


微力ながら手伝った親子丼は、懐かしい味かした。夕飯をおばさんたちと食べたあと、冬獅郎が沸かしてくれたお風呂に入ってパジャマに着替える。結局持ってきた可愛いのは付けずいつもどおりの地味な方を。色気のないジャージ姿。きっと冬獅郎は興味も無い。

どこで寝るかと尋ねられ思わず戸惑ってしまった。小さい頃は桃と三人で冬獅郎の部屋で寝ていた。ベットを誰が使うかで喧嘩して、最終的に狭い中三人で寝たこともあった。


「何時もどおり冬獅郎の部屋にする?でももう咲夏ちゃんも立派な女の子だしね……」
「母さん、咲夏の布団俺の部屋に運んどいて」
『え?ちょっと冬獅郎?』
「俺たち付き合ってっから。何の問題もないだろ」


あぁーやっぱ自分で運ぶ。用意されていた布団を持って冬獅郎は部屋へ行ってしまった。残された私たちは――特におばさんは、驚きを隠せない。二人とも付き合ってたの!?と愕然としていた。しまいにはおじさんまで混ざって、大盛り上がり。あたふたとする私を二人はニコニコと祝福してくれる。

(嘘を吐いているみたいで心苦しい)


「いやぁ長かったわ。やっと冬獅郎も咲夏ちゃんに告白したのねー」
「昔から冬獅郎は桃ちゃんより咲夏ちゃんにベッタリだったからなぁ」
『そう、なんですか?』


聞いたことが無い。冬獅郎が私にベッタリ?違う。私が、冬獅郎にべったり。後ろを追いかけ続けて、最低なことして、嫌われた。おばさん、おじさん。冬獅郎は私のこと、そんな良いように思ってないんです。むしろその反対。

私は、
冬獅郎を好きだけど――。


そんな状態で布団に入って眠れるはずも無く。私は布団に潜ってからどれだけ経っても睡魔が襲ってくる気配はしなかった。そうこうしているうちに、最後にお風呂に入った冬獅郎は戻ってきた。明かりは付けないで、自分の椅子に座って頭をふく。

冬獅郎の部屋は随分変化していた。小学生の頃並べてあった駒はもう直されていて、代わりに参考書がずらりと並べてある。冬獅郎のにおいのするこの部屋。ここに私は居てもいいのだろうか。気づかれないよう寝返りをうちながらそんなことを考える。


「寝れねぇのか」
『?』
「やっぱ起きてたのかよ。もう12時まわってる。早く寝ろ」
『う、うん。分かった』


バレバレだったみたい。どうやって気づいたのか分からないけれど。冬獅郎は鋭い。自分だって明日も学校があるくせに、私に注意する。シャーペンをカチカチと鳴らす様子から勉強しているのが察せられた。

偉いなぁ冬獅郎は。感嘆の言葉をそっと心の中で呟く。どうしてこんな人に嫌われるようなことしたんだろう。自分の馬鹿さ加減に泣きたくなくなる。おばさんに付き合ってるって言った理由も分からない。気まぐれだったのか。本心で私を部屋に呼びたかったのか。後者はないか。


「お前まだ起きてんのかよ」
『……ごめん』
「はぁ、もういい。俺も寝る」


うんざりとした様子で教科書を閉じた冬獅郎は乱暴にデスクライトを消した。いきなり消されたライトに私は怒らせてしまったことを悟った。言う事を聞かなかったから……?私また、嫌われた。
わざとなのか。それとも無意識なのか。冬獅郎は私が聞き取れるくらいの大きな溜息を吐いた。


嫌われないように注意を払っても、結局私は冬獅郎に嫌われてしまう。こんなに希求しているのに。なんで上手くいかないんだろう?やること全て邪魔になる。

(いっそのこと空気になりたい)

無色無臭。きっと冬獅郎の邪魔になりはしない。迷惑もかけない。これ以上嫌われない。私は見てるだけで、十分幸せだ。ポロリ。何かが堰を切ったようにあふれ出した。


「おい咲夏」
『……』
「咲夏!お前……」


どれくらいあれから時間が経ったのか、よく計れない。徐々に眼が闇に慣れて、冬獅郎の表情が見える様になったのはいつだっけ?覚えてない。

くぐもる泣き声が聞こえないよう、私は深く布団を被る。身動きはしない。冬獅郎の睡眠の邪魔になりたくないから。だから、早く泣き止みたい。のに……!


「泣いてんのか?」


私の涙腺は止まることを知らないようだった。否定の言葉さえも満足に言えない。一度口を開いてしまえば、もう泣き止むことは不可能な気がした。思い切り声を上げて、冬獅郎の前で、泣いちゃう気がして。
不随意な涙を、私はひたすら拭った。目蓋を閉じてもなおも溢れ出てくる液体物質。


「おい、返事くらいしろよ」


冬獅郎がベッドを降りてこちらへ来る気配がした。とっさに布団の裾をきつく握った。数秒して、冬獅郎が隣へ座り込んだ。私は寝たまま。涙は止まらない。

(何しにきたの?)


「泣いてるだけじゃ、分からんねぇ。て前にも言ったろ」
『うっ、ん……』


前――というのは、あの時のことだろう。容易く思考がそこにたどり着く。余計に悲しさが増した。剥がされる上布団に私は抵抗しなかった。開けた視界に冬獅郎の顔はしっかりと映った。そして、それが酷く悲愴な面持ちなことに気づいた。予想に反する態度に私はうろたえる。

もっとうんざりした感じだと思っていた。


「俺のことが嫌いだから、お前は……そんな風に泣くのか?」
『え、ッ……』
「だったら何で中学の入学式ん時、断らなかった?」
『待って、冬獅ろ』
「やっぱり小六のあの言葉は本当だったってことだよな」


反論も許されぬまま続けられる冬獅郎の言葉に、私は目を丸くした。あれだけ止まらなかった涙もいつの間にか、止まっている。おかしい。おかしい。すごく変だ。だって冬獅郎は私のこと嫌いなんでしょ?あんな最低なことをした私に幻滅したんでしょ?

だったらなんでそんな表情するの。

手が。私の顔に添えられた。じんわりと、冷えた手が私の熱を奪っていく。何年振りかに感じた体温。


『好き』
「咲夏?」
『好き。大好き』


口を衝いて出た言葉。お願い、嫌わないで。冬獅郎。好きなの。大好きだよ。お願い……。

自分の手を冬獅郎のそれに絡ませた。強く握る。返ってきたのは全身を包む暖かさ。耳元で感じる吐息に私は、さっきとは別種の涙が出た。


『あの時、私怖くって、それで……!』
「桃の髪をやった奴らか」
『あの、うん。大嫌いって言わなかったら、桃みたいにするって』
「もういい。お前が俺のこと嫌いじゃないんなら、それでいい」


頷いた首に、冬獅郎は舌を這わせた。感じたことのないザラリとした感覚に酔ってしまいそうだった。もう何も言うな。訴えるかのように、冬獅郎は執拗な愛撫を繰り返した。


「好きだ、咲夏」


私の涙を舐めとった冬獅郎の唇は、どういうわけか甘かった。







何度でも好きだと囁いて







*あとがき*
立夏様、リクエストを貰ってからすでに半年。あぁああああ、ごめんなさい。ずっと頭のなかでは出来てたのです!これは、本当です(泣)でもなかなか打つ時間がとれなくて……><。こんな感じで良かったのでしょうか?←オマエが聞くな
皆様は嫌いな人に真正面から嫌いだと言われた経験はありますかね?もしくは言った経験。一応私はありません。心の中で毒づいてはいますが、本人の前では口にしません。いや、当たり前のことなんですがね(汗)もし自分が言われたら相当ショックだろうと思うのです。


お題サイト様→narcolepsy
2010/03/22