外は、部屋の中から見ていたよりも曇っていた。 このままだと、もう今にも雨粒が落ちてくるだろう。 それなのに雨が降ることに気付かない渡嘉敷は結構な天然だ。 傘も持っていないし、雨に濡れて風邪でもひいたらどうするんだ。 溜息混じりに足早に歩いて、渡嘉敷の後ろ姿に近付く。
「日番谷隊長…?」
足音で気付いたのか、渡嘉敷は俺を振り返ってびっくりしたように名前を呟いた。 どうしましたか、と微笑みながら言うその目は、ほんの少し寂しげで。 この桜を見たいがために胸を痛める渡嘉敷を見ていたら、何だか知らないが、胸の当たりがもやもやした。
だから、はっきり言ってやることにした。
「…悪いが、俺はやっぱり咲かないと思っている」
何もない木の枝を見上げながら、俺はそう言った。 渡嘉敷は、何も言わない。
「…それに俺は、花なんてみんな一緒だと思ってる。 まあ、実際そうだろ」
「そんな…」
それは納得いかないのか、渡嘉敷が口を開いて俺に何かを言おうとする。 だけど俺はそれが言葉になる前に遮り、言った。 これはあくまで俺の憶測だが。
「お前の祖父がこの桜を一番綺麗だと思うのは、大切な人と一緒に見たからじゃないのか?」
「…え?」
俺のその言葉に、渡嘉敷はきょとんとする。
きっとそうなのだ、と勝手かもしれないが、思う。 渡嘉敷は祖父と祖母が一緒によく見に行ったらしい、と言っていた。 こいつの祖父は、祖母を誰より大切に思っていたのだろう。 そんな大切な人と一緒に見た桜だから、そこまで綺麗に思えるのではないだろうか。 木をよく見てみても、そこらへんの隊舎にもありそうな何の変哲もない木だ。 もし渡嘉敷の祖父が、一人でこの桜に出会ったとしたなら、そこまで綺麗だと思うことはなかったのではないだろうか。
だったら、この木にこだわる必要などないのだ。
この木が倒れたとしても、また渡嘉敷が誰か大切な奴と見た桜を、一番綺麗だと思うはずだから。
「だから、この木が倒れても大丈夫だ。 綺麗な桜なんて、またすぐ見つかる」
そう言った俺に、渡嘉敷は見開いていた目を、納得したように細めて微笑んだ。
「そうですね… ありがとうございます、日番谷隊長」
そっと笑う渡嘉敷。 その笑顔から、寂しさはやっとなくなっていた。
きっと、 この桜は咲かない。
それでも、こいつの笑顔があったら俺はそれでいいと小さく思っていた。
そのとき、空からぽつりぽつりと雫が降ってきた。
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