シンパシー | ナノ

THREE

木葉さんの近くに居た、幹事と見られる男が「有志で二次会を開くから来れる人は来て」と全体に声を掛けたことにより、バーベキューは解散の方向へと流れた。

隣で幹事の声を聞いていた蒼に、蒼はどうするの?と問いかける。俺は、彼女が行かないなら二次会に行く意味はないから。蒼は「うーん」と考えていた。

「行かない、かな」

その言葉に、若干表情を変えてしまった。ポーカーフェイスを決め込んでいた俺としてはちょっとした失態だったかもしれない。けど、蒼が二次会に行かないということはつまり、彼女とはここで解散ということになるわけで。まだ連絡先も聞いてない俺としては帰らないで欲しいという気持ちである。

平静を装って、本当に行かないの?と尋ねる。蒼は少し困った顔をしながら、首を縦に振った。

「い、行かない。服濡れてるし、風邪引く前に帰ろうかなって」

あー。そうだった。だいぶ普通に過ごしていたから、すっかり忘れていた。俺が貸したパーカーを彼女が着ていることも、正直もうなんとも思ってなかった。萌え袖が喜ばしい事象であることに変わりはないのだが、なんと言うか、あまりにも自然だった。彼女が俺の洋服を着るという構図が、俺の中では違和感の無い出来事として処理されていたから。

多分俺は、生理的に、彼女のことを受け容れているんだと思う。こんなことを言ったら、気持ち悪いって思われるんだろうけど。

「ああ。そうだったね。なら俺も行かない」
「……なんで?気にしないで行けばいいのに」
「帰り道で風邪引いたら困るでしょ」

当たり障りのない返しをしたつもりだが、蒼は引き続き困った顔をしていた。過保護で面倒とか思われただろうか。仕方ないだろ、じゃあなんて言って引き留めればいいんだ。バレーの試合じゃあるまいし、こんな場面での上手い言い回しなんてコンマ数秒では浮かばない。ここはもう有無を言わさず押し切ってしまえ。

眉を下げながらじっと見つめてくる蒼に、帰ろうかと言うと、彼女の瞳は分かりやすく揺れた。動揺の中に僅かな喜びが見えているのは気の所為ではないはず。ぼーっとしている蒼に、行こうと促せば、吃り気味に「うん」と返答がきた。とりあえず、現地解散だけは免れた。あとはもう連絡先を聞いとけば安牌だろう。後日二人で会う約束でも取りつければ今日のところは上出来だ。

日が傾いていく景色の中を蒼と並んで、駅を目指して歩いた。夕焼けに染まる蒼の横顔に目を奪われる。そういえばこの子は彼氏居るんだろうか。特段目立つ容姿ではないけど、男からすれば好印象だとは思う。純度が高いとでも言えばいいのか。穢れてなさそうな、擦れてなさそうなところが、だいぶ良い。

「京治、なに見てんの?」
「っ、いや。何も」

不意に、ポニーテールを揺らして俺のほうを向くから驚いてしまう。意外と勘が鋭いのかもしれない。俺の方が目線が上だからって下手に見つめるのはやめよう。

駅までの道は思いのほか長くて、蒼の体力が心配になった。喋りながら歩かせたら辛いだろうと、あまり言葉をかけないように沈黙しながら歩く。

「……京治、さっきの集まり楽しかった?」
「そうだね。まあ、それなりに」
「そっかあ」
「蒼は楽しくなかった?」
「楽しかったよ。食べ過ぎたかも」
「そうでもないんじゃない」

取り留めのない会話がぽつりぽつりと続いていく。蒼はどうやら、この状況での沈黙が好きではないらしい。疲れてないんだろうか。それならまあ、続くような話題を振ってみる。

「ところで、蒼ってどこの大学?都内でしょ」
「N大。都内だよ」
「は?」

N大だって?突然、俺の通う大学名が挙げられて目を丸くしてしまう。確かに大学構内はだだっ広いし、生徒数は都内一多いと聞く。会ったことがなくても無理はない。俺もN大生であることを伝えると、蒼は素っ頓狂な返事をしてからみるみるうちに顔が綻んでいった。多分本人はどんな表情をしているか気付いてないんだろう。俺に対して好意があるってことがバレバレだ。可愛い。無理。

しかしながら、告白できるかと問われると、少し、悩む。思えば、俺は誰かに告白などした事がない。そこまで彼女が欲しいと願ったことも無かったし、告白したいと思えるほど焦がれた相手に会ったことが無かった。故に、蒼に告白するという行為が如何にハードルの高いものであるか、気付かされる。できることなら彼女から告白して欲しい。そうしたら、俺は秒で了承の返答を贈るから。

そうだ。俺が彼女に好意があると匂わせて、告白を仕向ければいい。それなら、もし彼女から感じ取れる好意が俺の勘違いだったとしても、ダメージは最小限に抑えられるはずだ。

「あっあのさ、京治……よかったら連」
「今度昼飯とか一緒に行く?」
「へ、」

“連”と言いかけたその唇を俺は見逃さない。連絡先を交換したいんだろう。俺もしたい。すかさずスマホを構えると、それに気付いた蒼も慌ててポケットから取り出してくれた。電子間のやり取りを済ませて、俺のスマホ画面に“倉嶋蒼”が登録される。これは、大ガッツ決めたい。快勝した試合並みに嬉しい。

きっと、このまま次に会う約束も取りつけてしまった方がいい。いつにする?と尋ねると、蒼は「夏休み明けてから」的な返事をした。おい、夏休み始まったばかりだろう。一ヶ月も待っていたらあんた彼氏作るかもしれないだろ。

「え。大学始まんないと会うつもり無かった感じ?」
「違うの?」
「俺は全然夏休みも会えるけど。バイトしてないからほぼ課題やって、たまにサークル行ってるだけだし」
「へえ」
「蒼はバイトあるんだよね。休みいつ?」
「ええと、明日はとりあえず休みだし、その次は三日後だったかな。今、人手足りてるから大体三連勤して休み入れてる」
「そう。俺は明日でも構わないんだけど蒼はどう?」
「あっ明日?!」

しまった、明日は張り切りすぎたか。やはりバレーの試合じゃないから上手く事を運ぶことができない。蒼に「でもどうせならパーカー洗って返したい」と言われ、つい本音で洗わなくてもいいと答えた。蒼はちょっとムッとしながら、それは無理と言うから、良識のある子なんだと益々好感度が上がった。

けれど、「そこまで恩知らずじゃない」と付け足され、言葉のチョイスに思わず噴き出す。蒼が顔を赤くして俺に反論してきた。まあなんと可愛げのある仕草か。いっそここで告白して恋人としてこの夏を過ごすか?いや待て早まるな。彼女が俺を好きである保証がどこにも無い。第一、焦り過ぎだ。一目惚れで告白するにしても出会ったその日にというのはあまりにも無謀すぎる。飛び出し必携の木兎さんじゃないんだから、ここはもう少し慎重になるべき。

「ごめん。なら、次のバイトオフでどう?」
「っ、い、いいよ!」

勢いよく頷いた蒼のポニーテールがびゅんと揺れた。動物の赤ちゃんを見ているような愛らしさを覚えるのは何故だろう。多分、素直さ故か。それが可愛くて俺はまた噴き出してしまった。

ようやく駅に辿り着くと、辺りはだいぶ暗くなっていた。ここまでの道のりの間、疲れてないかと何度か蒼に聞いたものの「平気」と笑顔で返されたので歩き続けたが、本当に平気だろうか。顔色を見ても無理をしている様子はないから、心配は要らなそうだけれど。

「蒼、体力あるね」
「そ……そうかな」
「結構歩いてきたと思うよ。なんか運動してる?」
「してた。こう見えて元ソフト部だからね」

ソフトボール女子。どうりで、しなやかさと健康美があるわけだ。いいじゃん、と褒めてから、色んなところ出掛けても楽しめそうと撒き餌のような台詞を吐く。すると蒼は面白いほど素直に「テーマパークとか弾丸旅行大好き」と答えた。……弾丸旅行?

その発言は流石に無防備すぎやしないのか。俺と行きたいって意味で捉えて良いわけがないのに、どうしても思考が邪なほうに向かう。もしかして男友達とも旅行に行くタイプか?カマをかける為に、行く?と尋ねると「は?」とだけ返ってきて、階段を登っていた蒼の足が止まってしまった。あ、違ったらしい。すぐさま、いずれとフォローして、彼女から視線を逸らして階段を登り続けた。

やばい、とちった。後ろからついてくる蒼の足音を聞きながら、バクバクと速くなる心拍数を必死に抑える。ここで引かれたら不覚すぎる。元も子もない。ホームに辿り着いて電車を待つ間、不穏な沈黙が漂う。そんな空気に耐えかねて、ごめんと零すと、蒼は俺を見上げた。その目には紛うことなき不審感が浮かんでいる。取って食われると思われただろうか。

「流石に馴れ馴れし過ぎたね。忘れて」
「……?!やっ、ちが、」
「ん?」

かち合っていた視線を蒼が外して、俯きながら「違うの、嬉しい」と小さく呟いた。頬と耳が真っ赤に染まっている。ああ、なるほど。あんたそういう顔もするんだ。俺に勇気と無鉄砲さがあれば、今ここで彼女を抱き締めたかも分からない。

少しにやけている自覚はあるものの、あくまで自然を装って行き先考えておいてと言った。すると、蒼は「そういうの良くない」と、赤らめていた顔を一転させ、今度は眉間に皺を寄せた。

「……え」
「京治だって行きたいところの好みとかあるでしょ」

蒼の毅然とした態度と、凛とした声が心地良い。異性に対して、こんな気持ちになるのは初めてだ。他意を含めずに好きだと零してしまうと、蒼はまたしても頬を赤くした。この子、隠し事とか出来ないんだろうな。腹の探り合いは得意だけど好きじゃない。明け透けに好意を伝えてくれるほうが、誰だって嬉しい。

電車に乗ると、席がほぼ空いていて二人並んで座った。肩と肩が微妙に触れ合う。わざと身を寄せてみると、蒼は避けることなくぴたりと寄り添った。何故、こんなに惹かれるのか。『恋愛は理屈じゃないんだ』と、かつて読んだ本の一節が俺を諭した。


────この時の俺はまだ知らない。

好意とは時に様々なものを飛び越えようとすることを。相手がどんなに理解し難い思考であろうと、どんなに複雑怪奇な感情であっても、一度嵌ったら抜け出せないのだということを。
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