シンパシー | ナノ

THREE

お腹もいっぱいになった頃、バーベキューは粛々と解散の方向に流れていった。有志で二次会を開くから来れる人は来てと幹事らしい人が全体に声を掛けている。

隣に居た京治が「蒼はどうするの?」と問いかけてくるから、私は少し迷ってから行かないと答えた。京治がほんの少しだけ眉尻をぴくりと動かす。そんな顔されたって、かおりさん居ないし、Tシャツ濡れたままだし。私としては、京治ともう少し話せる絶好の機会ではあったけど、あんまりがっついて引かれたら嫌だから。今日のところはとりあえず存在認識してもらったというところでセーブしておきたい。

「本当に行かないの?」
「い、行かない。服濡れてるし、風邪引く前に帰ろうかなって」
「ああ。そうだったね。なら俺も行かない」
「……なんで?気にしないで行けばいいのに」
「帰り道で風邪引いたら困るでしょ」

いやそんな早々に風邪引かないでしょ。って、言おうとして、口を噤んだ。それってつまり、もう少し一緒に居られるってこと?暗に、送ってくれるって言ってない?じっと見つめてしまうと京治は「帰ろうか」と流し目とともに、さらりとした一言を発した。

いっ、一緒に帰ってくれるやつ〜……!どうしよ、嬉しい。本当にこの人モテるんだろうな。見かけによらずノリもいいし、頭良いし顔良いし、極めつけには優しいのか〜……。ハイスペックって、彼みたいなのを言うんだろう。かおりさん、私には無謀だよって最初に言って欲しかった。

「蒼?行こ」
「うっ……うん」

無謀でもいいや。望み薄でもなんでも、今だけは隣を歩けるみたいだし。勘違いしたくなる場面はたくさん味わわせてもらったし、かなり好感度高めの時間を過ごせたと思う。正直、ここまで良いなって思えた異性、友達にすら居ない。彼氏になってくれなくてもいい。今後も仲良くできるなら、もうそれで十分かも。

日が暮れる中、京治と私は似たような歩幅で駅までの道のりを歩いた。バーベキューをした場所から駅まではだいぶ遠くて、沈黙の時間がしばしばあった。やがて沈黙しているのがつまらなくなって、どちらからともなく会話を始める。何気ない、日常会話。英語なら、How are you? I’m fine !!ぐらいの単調なやり取り。数十分前までの、まるで知り合いだったみたいな距離はどこへやら。二人きりになったせいか、それとも夕陽が謎のムードを醸しているせいか、なんとなくぎこちない。なにかきっかけがあれば、もっと話しやすいんだけど。

「ところで、蒼ってどこの大学?都内でしょ」
「N大。都内だよ」
「は?」
「な、何?」
「俺も」
「……え?」

京治は細い目を丸くしながら、「俺もN大生」と告げた。うっそ。なんと、京治と私は同じ大学に通っていたらしい。入学しておよそ半年。いや、確かにキャンパスは都内一広いから会ったことがなくてもおかしくはない。にしても、そんな偶然、ある?

これは意外と私に追い風吹いてるのかもしれない。同い年で、同じ大学で、こりゃもう行けるとこまで行くしかないでしょ。

「あっあのさ、京治……よかったら連」
「今度昼飯とか一緒に行く?」
「へ、」

連絡先教えてくれないかなって、言う前に京治はスマホを取り出していた。それに、昼飯って……それはもう、そういうことでいいんだよね。私に興味持ってくれてるんだよね。たった今、仲良さげな友達の称号を得た気がする。慌てて自分もスマホを出せば、京治のアドレスと番号がすんなりと登録された。やるじゃん、私!

「で。いつにする?」
「い、いつでもいいけど……今夏休みだし、明けてからとかになるのかな」
「え。大学始まんないと会うつもり無かった感じ?」
「違うの?」
「俺は全然夏休みも会えるけど。バイトしてないからほぼ課題やって、たまにサークル行ってるだけだし」
「へ、へえ〜……」

うっそマジで言ってんの。京治、私と夏休みに会ってもいいってこと?なにそれ舞い上がるんですけど。色々と期待しちゃうんですけど!

「蒼はバイトあるんだよね。休みいつ?」
「ええと、明日はとりあえず休みだし、その次は三日後だったかな。今、人手足りてるから大体三連勤して休み入れてる」
「そう。俺は明日でも構わないんだけど蒼はどう?」
「あっ明日?!や、でもどうせならパーカー洗って返したいし」
「洗わなくてもいいのに。手間でしょ」
「それは流石に無理。そこまで恩知らずじゃないから」
「ブフッ恩知らずって」
「べっ別に笑うとこじゃないでしょ?!」
「ごめん。なら、次のバイトオフでどう?」

どう?と言われて、断る理由なんかひとつも見つからない。二つ返事で勢いよく頷いてしまうと、京治はそれを見てまたブフッと噴き出した。何がおかしいの、何が。そんなに必死に見えただろうか。結局がっついている女子って思われたかも?京治なら、色んな女子からこんなふうに『会えるの嬉しい!』って態度取られるの、慣れっこなんでしょ。それならどうか大目に見てくれ。できることなら引かないでくれ。あんたはそれだけ魅力的なんだ。

駅に到着する頃にはとっぷり日が暮れていて、どれだけの距離を歩いてきたのか思い知らされる。京治も、途中からこれは歩ける距離ではなかったと思っていたらしく、頻りに「疲れてない?」とか「タクシー呼ぶ?」とか聞いてきた。その度に私は可愛げなく全然平気と言ってしまったわけだけど。今となっては、疲れたもう歩けないって言った方が可愛い子アピールになったのかもしれない。でも、本当に全然疲れちゃいない。

「蒼、体力あるね」
「そ……そうかな」
「結構歩いてきたと思うよ。なんか運動してる?」
「してた。こう見えて元ソフト部だからね」
「へえ。いいじゃん」
「いい?」
「体力あるなら色んなところ出掛けても楽しめそう」
「それはそう。テーマパークとか弾丸旅行大好き」
「……行く?」
「は?」
「弾丸旅行」

駅の階段を登っていた足が、ぴたりと止まってしまう。今、なんて。瞬きを繰り返して京治を凝視する。「ああ、別にすぐにとは言わない。いずれ」と、彼は続けた。あまり温度を感じさせない口調に、何を考えているのか分からなくなって、一瞬不審感が過ぎる。京治は自分のことを好きそうな女を味見するタイプ……?いやいや、そういうの考えるの失礼だと思う。良くない。てか、味見されるならそれはそれでありがたいというか、ラッキーというか。えっでも一度手を出されてそれっきりだったら嫌じゃない?それなら友達の方がマシじゃない?でも二人で旅行に行けたら嬉しくない?

階段の残りを登ってホームに立つ間、思考回路が複雑になる。無意識に顔が強ばるのを感じた。そんな私を見たせいか、決まりが悪そうに京治が口を開く。

「……ごめん」
「え、」
「流石に馴れ馴れし過ぎたね。忘れて」
「やっ、ちが、!」
「ん?」
「違うの、嬉しい……」

カアッ、と顔が真っ赤になっていく自覚があった。けど、この場面で嘘ついて繕ったって仕方ない。むしろここだけは正直にならないと、バーベキュー以降、一気に縮まった距離全てが水の泡になる気がした。多分、恥じている場合ではない。好いてることを気取られたっていい。そうして、俯いていた視線を必死に上げる。なんとなくだけど、京治の顔が綻んでいた。あれ、これもしかして脈アリ?

「じゃ、行き先考えといて」
「……一緒に考えないの?」
「俺はどこでもいいし」
「そういうの良くない。京治だってお金出すんだから、行き先選ぶ権利あると思う」

京治から少しだけ戸惑ったような声色で「え」と、一文字が零れた。しまった、少し圧のある返答だったかもしれない。女の行きたいところを優先させてくれるなんて、良い人のする行為じゃん。それをわざわざ否定するのは可愛くなかったかも。内心、やらかしたと騒ぎ散らしていると京治は思いのほかクスリと笑った。

「……そう?なら一緒に考える」
「ああ、そっか、うん……よかった」
「蒼って見かけ以上に男前だね」
「は?!し、失礼じゃないそれ……!」
「褒めてるのに。俺は好きだけどな」
「っ〜…」

好きなんてそんな簡単に言わないで欲しい。でも、これ、こんなのどう考えても私に少しは気があるよね。やっぱり京治と私って、相性最高なのでは。付き合ったら絶対幸せになると思うんだけど、京治はどう思う?

なんて、浮かれた頭で私は京治と電車に乗った。初めて会ったとは思えないくらい、気を許している。今日の私はどうかしてるんだろう。



────この時の私はまだ知らない。

お互いの意見なんて聞かない方がよかったってことを。気遣い上手な京治に、黙って合わせてもらえばよかったって、後悔するってことを。
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