シンパシー | ナノ

TWO

「あ、赤葦くん、」
「ちょっとついてきて」

やったね赤葦くんじゃん!ラッキーまた会えた!じゃなくて、また会えたどころじゃないって腕掴まれてるって!彼は小走りになりそうな速さで私の腕を引いて歩き続ける。どこ向かってんの。というかなんで腕掴まれてんの。混乱する私をよそに、赤葦くんはコテージまでたどり着いた。何棟か並ぶうちのひとつを私たちのグループが借りているらしく、彼は手早くドアを開けて私を手招きした。中に入ると誰も居ない。バタン、と扉が閉められて私はさすがにビビる。えっこんな急展開ある?嬉しい気がするけどさすがに早いんじゃない?赤葦くんって手が早い系男子?!恐る恐る彼を見ると、彼は私から若干目を逸らしていた。自分で連れてきておいてなんですかその態度は。

「赤葦くん、なに、どうしたの」
「説明しなくて悪かった。その……シャツ、濡れて下着透けてるから」
「えっ嘘!?」

がばっと視線を自分の体に下げる。けど自分の目からはそこまで悲惨には見えない。赤葦くん曰く、傍目から見ると色と柄がくっきりだそうだ。最悪。今日に限ってなんで私は黒レースなんぞ着とるんだ。淡い色持ってるじゃんよ。そうだ、出かける時暑くてインナーだけ脱いできたんだっけ。

「白シャツの女子って普通インナーとか着ないの?」
「やっぱそう思うよね…普段は着るけど今日暑くて脱ぎました…」
「ああ、そう……まあ今日暑いから……」

赤葦くんの中途半端なフォローの言葉が途切れてコテージに沈黙が広がる。き、気まずい!これもう望み薄とかの話じゃないよ、女として絶対引かれてるよ。もうだめだ。これは完全に負け戦だ。赤葦くんは諦めよう。きっとどこかでまた次の恋が呼んでるさ。グッバイ大学1年の夏。絶望の淵に立った私はこの場にいる理由もなくなってしまったので、とりあえずバーベキューごと切り上げる言葉を発した。

「わざわざごめんね赤葦くん。社会的に色々助かった。私着替えとか持ってきて無いから、かおりさんには悪いけどこのまま帰るね」
「俺のでよければ上着貸すけど」
「……えっ」

そう言った赤葦くんは私の返事を待たずに、自分の着ていたパーカーのジッパーを下げた。嘘だろ、イケメンの温もりを纏えって言うのか。あまりにもラッキーデー過ぎやしないか。「ほら」と黒いパーカーを差し出されるけど、私は手を伸ばすことができない。今ものすごい緊張してるんです。今手を伸ばしたら多分震えてる。他人のパーカー借りようとする場面で震えながら受け取ったらどう考えても気持ち悪いでしょ?!

「俺のじゃ嫌だった?ごめん。押し付けがましかったかな」
「ちっ、がいますけど!?嫌とかそんなわけないでしょ!」
「そう?」
「そうだよ!イケメンからパーカー借りるのに躊躇しただけです!有難く借ります!……あっ」
「……えっと、ありがとう」
「〜っ、!忘れて!今の忘れてください!」

もう散々だ。イケメンに面と向かってイケメンって言ってどうすんだよ恥ずかしいだけじゃんよ。やっぱり帰りたい。赤葦くんは表情を変えることなく、頭を抱える私に話を続けた。全然動じてないな。鋼の心の持ち主か。

「雀田先輩と仲良いんだろ。帰らないであげて。あんた、下の名前蒼だったよね?前に梟谷で飲んだ時、蒼ちゃんのこと随分気に入ってるみたいだったから」

そう言った赤葦くんはコテージの奥へ進んで行った。取り残された私はパーカーを持って立ち尽くす。蒼ちゃんて。ナチュラルに下の名前呼ばれたよ。不覚にもときめいた。望み薄だというのにときめいちまった。程なくして戻ってきた赤葦くんはタオルを持ってきてくれた。「拭くか脱ぐかしてからそれ着ないと意味無いよ」と言われた。えっ優しい。ありがとう、と言うと赤葦くんが微笑む。

「あの人潰れたら連れて帰るから心配しないで。あんたも最後まで楽しんで」

しかも面倒見がいいのかよ。なんだよこの人ハイスペックかよ。めっちゃ彼氏にしたいじゃん。無謀な挑戦したくなるじゃん。私はタオルでシャツの上から体を拭きながら悶々とする。自分の痴態を晒してしまったとはいえ、それと引き換えにこのようなビッグチャンスが巻き起こっているのだとしたら、逃す手はない。まずは友達から行こう。友達になれば、この夏もう一度や二度会って遊べるかもしれない。そうすれば、やがて二度あることは三度ある。多分本来の意味と違うけど、何度も会っていればそのうちチャンス回ってくるでしょ。善は急げ。彼がコテージを出ないうちに。

「あっあのさ、赤葦くんのこと、下の名前で呼んでもいい?」
「ああ。いいけど」
「ありがと。京治くんだったよね」
「……京治でいいよ。あんま名前で呼ばれないし、くん付けって得意じゃない。俺も蒼って呼んだ方いい?蒼ちゃんのほうがいい?」
「そっそれは任せる、呼びたいように呼んで。呼び捨てでも全然いいし」

じゃあ、蒼。

先程よりも柔らかい顔で彼は微笑んで私を呼んだ。あ、だめだこれ完全に落ちた。確信犯かよ。絶対自分にアピールしてきた女を片っ端から落としてるよこの人。それでもいい。彼ならむしろ遊んでもらうのもあり。あり寄りのあり。抱いてくれ。なんて、口が裂けても言えるわけないので私はこの邪心を悟られないように品良く笑った。

この後、私は赤葦くん改め、京治の着ていたパーカーを羽織って『京治』『蒼』と呼び合ったことで多くの視線を集めることとなった。とは言え、恐怖の呼び出しやら嫌がらせやらは起きることは無かった。何故なら京治が私の隣から片時も離れようとしないから。なんでだよ、彼氏かよ。それともあれか、本当はパーカー貸したくなくて、汚されないか見張ってるのか。どうなの京治。彼は完全に出来上がったかおりさんに水を勧めながら、もりもりと焼きそばを食らっている。意外と食うタイプか。ふと、彼の口元にギャグ漫画のような青のりが付いていることに気付いて思わず吹き出す。京治は怪訝そうな顔をする。

「え、なに……怖い」
「ちょっ京治、口の端に青のり付けんのやめて。端正な顔大事にして」
「え。取って。拭いて?」
「まじかお前。突然パーソナルスペース失い過ぎじゃない?いいけど……」

その辺にあったティッシュで両手の塞がっている京治の口元を拭いてあげる。ザリっとなんか肌に悪そうな感触がして、自分の手に持ったものを見るとキッチンペーパーだった。ごめん京治。ちょっとエンボス加工があんたを傷つけた。けれど京治は全く気にしない様子で焼きそばを食べ続ける。育ち盛りか。思わずにやけてしまうと、京治がおもむろに私に尋ねる。

「ところで蒼は俺の顔端正だと思ってくれてんの」
「はっ!いや、まあ、統計的に?!」
「アベレージよりは上?」
「そりゃあ上でしょ。自覚あるんでしょ?」
「あるわけないだろ。人をナルシスト呼ばわりしないでくんない」
「うっそそうなの。京治は自分の顔好きだと思ってたよ」
「なんでだよ今日の俺のどこにそんな要素があった訳?言ってみて今度から気をつけるから」
「強いて言うなら目元とか」
「それは生まれつきだから気をつけるも何もないわ。蒼、わざと目元って言ったろ」
「あっはっは」
「乾いた笑いで誤魔化すな」

なんだろう、何やら会話が弾む。やばい、楽しい。すごく波長が合うと思った。京治と話していると、同じ感性で話している気分になる。同じものを見て、同じことを感じているような、あまり経験のない感じ。感性が似ている人を探すのって同性でも相当苦労するんだよね。そんな人にこんなところで偶然出会えて、顔も好みとなると『運命』的な言葉も頭にちょっと浮かんでくる。だめだ、浮かれてる。私、分かりやすく舞い上がってる。

「蒼、飲み物取って」
「はーい。ビールでいい?」
「いや未成年だから。同い年でしょ分かっててふざけるの本当タチ悪いよ。俺飲んじゃうよ」
「介抱はしないから任せて」
「しないのに任せてって何?ちょっと早く水取って水」
「自分で取りに行きなよ。両手塞いでんの箸と皿でしょ。置きな。誰もあんたの焼きそば取らないから」
「ちょっと何言ってるかよく分からない。早く。水」
「こら!ふざけてんのはどっちよ!」

あまりにもテンポよく会話をするせいで周りが目を丸くし始める。『こいつら知り合いだったっけ?』みたいな顔をされる。いや正直私も驚いてるんですよ。京治とは会ったばかりなのに何故か会話が止まらない。ほぼふざけてるけどそれでも楽しい。この楽しさが次第に周りに伝染したらしく、いつの間にか京治と私の漫才もどきを眺める集団みたいなものが出来上がっていた。それから、もうどの女の子も、京治に声をかけようとはしなくなってしまった。私としては有難いことだけど、京治は残念がっているだろうか。彼を見つめていると、ぱちりと目が合って少し眉を顰められる。会ったばかりだって言ってるのに普通その顔する?

「なに?そんなに頻繁に俺見て楽しい?」
「……うん。とっても」
「珍獣じゃないんだよ」
「珍獣は耳から焼きそば出せないから京治のほうが見てて楽しいよ」
「は?!耳?!」
「あっはっは嘘に決まってるでしょ!」
「っ〜、蒼お前本当冗談しか言わないな」
「京治に言われたくないよ」
「俺全部真面目なこと言ってるけど?は?」
「は?それこそ冗談やめて」
「なにが?!」

自惚れかもしれないけど、京治だって満更ではなさそうだ。でなきゃ、かおりさんが居るとはいえ、ずっと私のそばにいる必要はないんだから。ちらちらと表情を見るけど、彼の顔には何も書いちゃいない。何を考えているのかも、至極謎だ。それでも私は今日、間違いなく恋に落ちてしまった。行く末は分からないけど、まず、冗談の言い合える良いお友達にはなれそうだ。
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