シンパシー | ナノ

ONE

木葉さんからの「合コン行かね?」という誘いを断ったのは昨夜のことだった。7回ほどしつこくせがまれたが、絶対に行きませんと断固拒否した。しばらく彼女なんて要らない。そう言うと木葉さんはなんとなく察したらしく、大人しく引き下がってくれた。

先日、付き合っていた彼女とようやく別れた。大学の同じ学科で、まあ可愛い顔をしていた。女の子を絵に描いたようなタイプだった。好みかと言われるとそうでもなかったけど、彼女があまりにも強引に迫ってくるから面倒くさくなって付き合うことにした。

図書室に通う俺に毎回のように付いてくるから、このナリで文芸に興味があるのかと少し見直したこともあった。しかしそれは初めの数回程度で、いつの間にか彼女は図書室でスマホを弄り続けていた。俺が本を読んでいる間、ずっと。彼女は活字など一切読まない人間だった。頭の中はスイーツとお洒落とSNSしかない、なるほど見た目のとおりだと思った。ギャップを信じた自分が愚かだったのだ。加えて彼女は俺の見た目が好きなだけで、何度も写真を撮ろうと言われそのたびに応じていたが全部SNSに上げるためのものだった。

つまり、なんというか、面倒くさかった。付き合った理由がそのままずるずると尾を引いて、別れたいと言っても離してはくれなかった。一度抱いてくれたら別れると言われ、仕方なしに抱いたものの、今度はヤリ捨てかと罵られ付き合わされ続けた。散々な大学1年の半年間だったと思う。夏休みの直前、彼女に別な男が出来たようで俺は捨てられるという形で関係に幕を閉じることができた。なんだって構わなかった。真相は知人友人らも知っているから。しばらく彼女とか作るのやめよう。強くそう思った。


今朝になって、木葉さんが「合コン中止してバーベキューになったから赤葦も来いよ」とわざわざ電話をかけてきた。名前が変わっただけだろうと断ろうとしたら「かおりのバイト先の、例の子も来るって」と言われた。例の子とは、かおりこと雀田先輩が大層気に入っているという女子のことだった。1ヶ月ほど前に、梟谷OBの飲み会に呼ばれて未成年ながら参加した。そこで酔っ払った雀田先輩が「蒼はめちゃくちゃ可愛い」「蒼は仕事もできるし元気で可愛い」「とにかく蒼が可愛い」と、『蒼』という子を飲み会の間ずっと推し続けた。

普段しっかり者の雀田先輩が酔っ払っているとは言えここまで褒めちぎる子に、誰もが興味を持ってしまった。木葉さんはフッ軽芸人(小見さんがそう呼んでいた)だから後日早速バイト先に見に行ったそうだ。感想としては「素直そうでそこそこ可愛い」だった。勝手に見に行っておいて失礼な物言いだなと思ったから率直にそう伝えると「だって俺の好みじゃない」だそうだ。木葉さんの好みだけで『蒼』はそこそこ可愛いという評価をつけられてしまった。誰かのものさしで他人を推し量るのは無意味だ。俺の元カノがモテモテだったという点においてもそれが言える。俺にとって元カノは面倒でしかなかったから。

「じゃあ行きます。場所どこでしたっけ」

頭では誰かの評価云々を考えながら、いつの間にか俺はバーベキュー参加へ了承の返事をしていた。気になってしまったのかもしれない。一方からはめちゃくちゃ可愛いと言われ、もう一方からはそこそこと言われた『蒼』がどんな人物であるのか。「世界一素敵」と評価された俺が、同一人物から「冷たい人」と言い捨てられたから、余計に興味が湧いたのだと思う。


◆・◆・◆


バーベキューの開催場所は郊外のキャンプ場だった。夏休みの時期だからか大勢の客が居た。木葉さんに言われたエリアに向かうと、同年代の男女が和やかにバーベキューをしていた。安心した。万が一いかがわしい集まりだったときは木葉さんを見損なっていた。

「おお!赤葦!遅かったじゃん!」
「木葉さん、すんません」
「え、何。お前俺になんかしたの」
「まあ、ちょっと失礼なことを考えたんで」
「それ割といつもじゃね?」
「んな事ないっす」

しばらく木葉さんと話していると、不意にどこからか『赤葦』と呼ばれた気がした。辺りを見回すと、誰かがこちらに向かって呼び掛けている。

「おーい!赤葦ちょっと!」

誰かの正体は雀田先輩だった。だいぶ遠くから、雀田先輩が俺に向かって大きく手を振っていた。あの人既に酔っ払いだな。隣にいるのは例の子だろうか。少し慌てた素振りをしているように見える。俺は少しだけ、ほんの少しだけ期待して足を進めた。

「ちわす雀田先輩。なんすか」
「赤葦1ヶ月ぶり〜。元気してた?」
「まあ、普通ですね」

この期待を気取られないように、平然と話す。視線を敢えて向けないようにしながら、内心早くまじまじと見たかった。何がそんなに気になるのか自分でもよく分からないが、他人のものさしに左右された女子は果たして自分の目にどう映るのか興味があった。

「この子ね、私のバイト先の後輩なんだ〜あんたと同い年」
「はあ。どうも」
「こ、こんにちは。倉嶋蒼です」
「赤葦京治です」

ぺこ、と頭を下げる彼女は『蒼』と名乗った。この子で間違いないようだ。じっと見つめない程度に彼女を観察するも、確かにこれといった特徴はない。普通といえば普通だ。けれど、ナチュラルメイクに白いTシャツ、何の変哲もないウォッシュデニム。ゴテゴテのネイルは無し。ポニーテールになったダークブラウンの髪の毛は柔らかそうな猫毛。あと、全体的に痩せ過ぎず、それでも華奢。

ああ、なんとなく好みかもしれない。気取らず飾りげのない彼女の雰囲気は、外見ばかりを気にする女子を面倒と思い始めていた俺にとってはだいぶ好印象だった。付き合うのではなく、友達になるのもいいかもしれない。俺のものさしはとにかく彼女を"秀"と判断した。見かけで判断するのは失礼だ。何か話してみたいが、一体何を。考えあぐねていると、向こうからまた別な人が俺を呼んだ。同じ学科の先輩だ。

「赤葦くーん」

「……すんません、呼ばれたので戻ります」
「ああ、どうぞどうぞ」
「まったね〜」

結局会話らしい会話は出来ないまま、俺は一旦その場を離れた。雀田先輩の横で小さく手を振ってくれる『蒼』を名残惜しく思う。うん、良い。頭も良さそうだし、礼儀正しそうだった。彼女なんてしばらく要らないと思ったけれど、あの子なら付き合ってみてもいい。……みてもいいなんて、何故上から目線なんだ。ほぼ初対面で烏滸がましい。単純に、一目惚れだ。我ながら至極簡単に恋をするものだ。

「何笑ってんの赤葦」
「え?」
「さてはお前、気になる子見つけちゃったんだろ!どの子!アタックした?!」
「木葉さんみたいに気軽に考えられたら、世の中もっと楽しいでしょうね」
「めっちゃdisられてる気がする」
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