召しませ | ナノ

recipe5

「クラスに転校して来はった時から、一目惚れやった。そやから白浜、俺と付き合って欲しい」
「えっと……」

うわあ、なんだこれ。初めて呼び出された。放課後の校舎裏。今、私の目の前に居るのはクラスメイトの男の子。サッカー部の、いやバスケ部だったかな。ごめん、覚えてないや。治くんの影響でバレー部の人達は顔と名前が一致してるんだけど、その他の男の子は正直あんまり分からない。もう7月なんだけどね。今月はインターハイが始まるらしい。あれ、治くん最近がっつりメニューじゃないほうがいいって言ってた気がする。今日買い出し行った方がいいかな。家にあったのは豚ロースと牛挽肉。やっぱり運動部には、低脂肪高タンパクな鶏ササミを多めに使うべきかも……――

「白浜、聞いとる?」
「はっ。ごめん!」
「そのごめんってどっちの意味?」
「え?あ、ああ、」

そうだ、私いま告白されてたんだった。料理のことを考えるとついつい耽ってしまう。あれ、先に考えたのはバレー部のことだったっけ。ひいては、治くんのことだったかもしれない。治くん、今頃部活で汗を流してるんだろうね。汗をかくなら塩分糖分は一般人と同じ考えにしないほうがいいのかしら。今日は買い物しながら、調味料の分量を考え直そうかな。待って、今日スーパー特売じゃない?誰か一緒におひとり様1パックの卵を買いに来てほし……――

「っ白浜……!」
「わああ?!ごめん!ごめんね!?……あの、ごめん、なさい」
「……ええよ。ダメ元やったし。やっぱ、治と付き合っとんの」
「え?」
「オイなんやそのきょとん顔可愛いやんけ?!ひどいわ!東京女子はあざといわ!はーしんどい付き合いたかった!!」
「うわああああ?!落ち着いてください!」

雄叫びを上げた男の子(ごめんまだ名前が思い出せない)は、ガシガシと頭をかき乱してしまった。ごめんなさい、私が告白を断ってしまったばっかりに。でも名前も覚えてない人と付き合うのもそれはそれで失礼だと思うじゃないですか。これから知っていけばいいとかいう問題とも違うと思う。一目惚れなんてされたことがなかったから、嬉しいといえば、そのとおりなんだけれども。

「千代ちゃん?」

すっかり凹んでしまった男の子を、立場を弁えずに慰めていると後方から私を呼ぶ声がした。“千代ちゃん”と、そんな呼び方をするのは一人しか居ないから、振り向きながら咄嗟に、治くん?と零せば、やはりそこに立っていたのは彼だった。トレーニングウェアのハーフパンツと、白いTシャツが眩しい。今の時間は部活中だけど、治くんの所属部は室内競技のはず。どうして校舎裏に出没したんだろう。

「治くん何してるの?」
「それ俺の台詞やわ。俺ら今からロードワークやから、先に外でストレッチすんねん」
「ふうん。私は、私は……ちょっとね。はは」
「白浜って絶対嘘とか下手やんな。つーか俺の名前覚えとらんやろ」
「すみません!」
「おん?……ジョージやないけ。二人で何しとん」

ジョージ。えっこの人そんな名前だっけ。だめだ全然覚えてない。一文字も出てこなかった。治くんはジョージくんにおもむろに近寄るけど、ジョージくんのほうは、ほんの少しだけ居心地が悪そうに顔を背けた。

「別に。白浜に告白しとっただけや」
「ほおん。え、何。自分ら付き合うん?」
「よう言うわ!振られたばっかりやっちゅうねん!あんだけ牽制しとるくせに」
「はあ?」
「俺かて毎日白浜の手料理独り占めにして食いたいわ!クッソ羨ましい!」
「なんやと宣戦布告かオラ。こちとら独占禁止条約結ばされとんのやぞ」
「おっ治くん喧嘩は良くない!」

オラついている治くん珍しいなと思いつつ、侑くんとの乱闘をちょくちょく目の当たりにするようになった私はもうこれくらいでは驚きはしない。とはいえ、形だけでも喧嘩の仲裁をしようと治くんとジョージくんの間に半身を入れた。そんな私を見るなり「ヴッ」と唸ったのはジョージくんだ。彼は顔を真っ赤にしてしまった。そこまで好いてくれているんだと思うと、恥ずかしくなってくる。

「ジョージ、自分そんなに千代ちゃんが好きやったんか」
「そうや!悪いか?!」
「誰も悪いなんて言うてへんし」
「てか、治はなんで白浜のこと千代ちゃんとか呼んどるん?!なんなん、隣の席ってだけでこんなに俺と差が出るもんなん?!」
「落ち着けジョージ。自分も千代ちゃんて呼んだらええねん。なあ、千代ちゃん」
「ああ、はい。好きに呼んで大丈夫です」
「あほか!呼べるわけないやん!ていうか治、白浜のこと可愛いと思わんのか?!」
「なんで俺に話題振んねん」

治くんはオラつきを仕舞うと、普段どおりのんびりした口調でジョージくんと会話を続けていく。稲荷崎高校の人達のお喋りは、聞いているだけで楽しめるからついつい無言になって眺めてしまう。関西弁、テンポが良くていいなあ。私も使ってみたいな。

なんて、突然使ってもイントネーション違うだろうし使いどころもよく分かってないから、似非って言われるのがオチだ。今度コトちゃんとリサちゃんに教えてもらおう。

「はっ特売……!」
「ん?」
「治くん。今からロードワークなら、途中でスーパー寄れませんか?特売があるの」
「寄れるかボケェ。千代ちゃん運動部舐めとるな」
「おひとり様1個限定食品を買ってほしいだけなんだよ?」
「寄り道なんかしたら北さんに睨み殺されるっちゅうねん」
「北先輩かあ……レジの時だけ治くん貸してくださいってお願いしてみてもいいかな?」
「命知らずか」

治くんが私に、信じられないというような目を向けた。北先輩は喧嘩する宮兄弟を黙らせる程の圧倒的統率力を持った人だと知っているけど、事情を話せば分かってくれそうな雰囲気はあると私は思う。特売セールに頭数はどうしても欲しい。うーん、と悩んでしまうと、横からジョージくんが勢いよく挙手した。

「俺!俺が行くわ白浜!」
「えっ」
「ジョージ何やねんお前しゃしゃって来んなや」
「やかましわ!白浜のこと手伝いたいだけや!」
「いいの?」
「勿論勿論!俺ら今日部活オフで暇やし荷物持ちでもレジ打ちでもなんでもする!」
「いやレジ打ちはしなくて大丈夫だよ」
「サッカー部はインターハイ始まっとるくせに随分な余裕かましとんな。レギュラー落ちか?」
「全試合スタメンや!明日が試合やからオフなんや。治ええ加減うっさいわ」
「はあ?」

うるさいと言われたことが気に入らないのか、治くんは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。その後、何やら顎に手を当て考え込んでから「よし、分かった。俺も行く」と私に向かって言った。

「治くんロードワークは?」
「ジョージが俺の身代わりになればええねん。宮治としてちょっくら走ってこい」
「何言うてんねん治はアホなんか。誰が行くか」
「なんやとジョージこら千代ちゃんの飯は渡さんからな」
「白浜は治のもんとちゃうやろ」
「飯を渡さん言うとんねん」
「クッソ失礼かこのイケメン双子ォ!」
「なんやねんサッカー部のサワヤカ王子!」
「けっ喧嘩……?」

喧嘩は良くない、と言うような雰囲気ではないことにようやく気付いた私は仲裁の言葉を引っ込めて二人を眺める役に回った。それからふと、スマホを取り出して時間を見る。特売セール開始まであと30分ほどである。これは、うかうかしてられない。

「治くん!ジョージくん!買い物に行きましょう!」
「白浜が名前呼んでくれはったあかん幸せや!」
「自分、幸せのハードル低いな」
「治くん、買い物のこと北先輩に言わなくていいの?」
「……千代ちゃん俺の代わりに言うたって」
「分かった。いいよ」
「治ほんまふざけんな白浜を盾にすな!」
「呼んだ?あ、ジョージ」
「はっ?!角名?!ちゃうわ!呼んでへんしどっから出てきてん!」
「あかん、すなで角名出てくんのおもろすぎん?」
「治どこ行ってたの。ふらっと居なくなるから、探す役にさせられたんだけど」
「人を指さすな」
「呼んだ?」
「ブフォ」
「なんっっやねんバレー部!人をおちょくってばっかりやん!」
「うちの部がなんやて?」
「わあっ?!き、北先輩?」

突然現れた角名くんと治くん、ジョージくんのやり取りを見ていたら、北先輩が私の背後からひょこっと顔を出すから、私はつい名前を呼んでしまった。振り返ると、いつの間にか私達三人の周りには角名くんを始め、稲荷崎バレー部が集結していて、取り囲むような陣形を組まれている。運動部男子の圧がすごい。

「探したわ、治。ロード行くぞ」
「北先輩!待ってください!」
「おん?」
「あのですね、今からスーパーが特売セールでですね、治くんをレジの時だけちょろっと貸してほしいんですけどダメですか?」
「ほんまに言いよったで千代ちゃん……」
「ほおん、特売セールか。俺も寄りたいわ」
「「エッ」」

予想外にも北先輩はすんなりと話を聞いてくれて、むしろ自分も行ってみよかなと言い出した。私と治くんは少し驚いて顔を見合わせる。これは、押せばいけるのでは。あんまり時間ないし、一か八か!

「なら一緒に行きま」
「せやけどロード中は許可できんわ。すまんな」
「ああー……そうですかあ……ですよねえ……」

仕方ない、諦めよう。私が肩を落とすと隣でジョージくんが「ほな俺と二人で行こ!な?!」と励ましてくれた。そうだね、お一人様1個限りも、二人なら2個買える。本当は三人四人くらいいて欲しかったけど、今回はそれで我慢しよう。

「それじゃ治くん、私は買い物行くね。部活頑張って」
「おん。あー……ちょ、待って」
「うん?」

ちょいちょいと手招きをされる。どうしたの、と治くんに近寄ると耳元に顔が近づいて少し驚いてしまった。

「治くん?」
「帰りは俺が荷物持つから、買い物終わったらジョージはサクッと追い返しといて」
「ええ?」

ボソボソと呟いたあと、治くんは私からさっと離れて、バレー部集団の後方にくっ付いた。それから「いつも食わせてもらっとんの俺やし、なんかせな」と言ってフッと笑った顔に、無条件でドキッとしてしまう。顔が良いとはこういうことなのか。にしても、それは有難いけど追い返せなんて無茶を言う。むむ、と顔をしかめていると、ジョージくんから「はよ行こ!」と呼ばれた。治くんは北先輩から「行くで」と呼ばれ、それぞれ逆方向へと進んだ。

ううん、どうやってジョージくんを帰せばいいんだろう。
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