物心がついた時にはもう、宮兄弟と私は幼なじみと呼ばれとった。二人のすばしっこさに感化されたせいか私も女子の中ではずば抜けて運動神経が良くて、いつも二人に張り合って競走するおてんば娘やった。
中学に上がる頃にはだんだん二人との差がハッキリしてきて、ああこれが男と女の差かと落ち込んだこともあった。やけど、そんな時に「名前は名前や、男も女も関係ない」と慰めてくれたのか失礼なことを無遠慮にかましただけか分からんけど、そう言ってくれたのは治やった。そう、私の初恋は治。やったのに、それがどういう訳か高二になった私は今侑のほうに恋をしている。
『宮侑と幼なじみなの?羨ましい!』
今まで生きてきて、もう何遍言われたかも分からん。あんたら、本当にそう思うか?
幼なじみなんてただの足枷や。檻や。鎖や。そら、私があの宮侑と絡んどるのは幼なじみのステータスがあったからかも知らんけども。幼なじみやなかったら、無駄にアホみたいな絡まれ方もきっとせんのに。
◇
昼休みに購買に行こう思て鞄を開けたら中から蛇の頭が飛び出しとった。勿論オモチャ。私はこれをもう何遍も見た。ふと直感が働いてロッカーに向かうとそこには蛙と蜘蛛のオモチャが入っとった。これも何遍も見た。それと、何故か今日は鼻眼鏡が入っとった。なんなん。何がしたいん。犯人は分かりきっとる。いつもなら無言でそいつの鞄にぶち込んだるけど、鼻眼鏡がそいつの腑抜けた顔に見えてきてなんか頭にきた。私はそれらをぐしゃりと掴んで、教室に戻る。ほんで、窓際で騒いどるあいつの元へそれを突きつけた。
「おい侑」
「なんや、名前やないけ。不細工な顔してどないしてん」
「不細工言うなタコ」
「誰がタコやこら」
「つーかそんなんどうでもええねん。このガラクタ、私の鞄やら靴やらロッカーやらに毎日毎日飽きもせんと入れ続けんのいい加減やめえや!」
「俺やない」
「嘘つけタコ」
「やから誰がタコや!」
侑は机に座ったまま私に睨みを利かす。自分が悪いくせになんでそないでかい態度取れるんか分からん。侑の横に散らばしたガラクタを掴んで今度は侑の眼前まで突き出した。
「大体なんやのこれ。虫や蛇のオモチャって小学生か?ご丁寧に私が嫌いなもんばっかりやん。見過ぎて克服出来そうやわ」
「そらどういたしまして」
「チッ」
「女子のくせに舌打ちすんなや!」
「ほんで今日はとびきり意味不明や!なんやこの鼻眼鏡!仮装か?仮装せえ言うとるんか?ハロウィンはまだ先やっちゅうねん!あんたの顔に見えて腹立つねん!くだんない悪戯ばっかりしよってタコ殴りにすんぞ」
「タコタコうっさいねん!名前お前女子のくせに口が悪すぎや!オバチャンに言うたんで!」
「私の口が悪いんはオカン譲りや告げ口して自滅せえこのあほんだら」
侑も私も互いに譲らず目と目の間で火花が飛び散る。ああまたや。侑と喋るといつもこうなってまう。いや、喧嘩腰で来たんは確かに私やけども。
おお始まったで。宮侑と苗字の夫婦喧嘩や。おおい侑〜喧嘩やのうて、夫婦漫才見したってやあ〜。なんて、クラスメイトの声が聞こえてくる。私は無視しとったのに、侑は妙に乗り気で机から降りて立ち上がる。
「おうおう、自分ら。俺らは夫婦ちゃうぞ。やけど、しゃーないからこの侑さんが退屈な自分らドッカーン笑かしたろうやないけ。なあ名前」
「侑何言うてんの。あんた別におもんないし……ウワッなに!?」
クラスメイトからはやし立てられた侑は突然私の両手をぎゅうっと握って胸の辺りの高さで固定させた。侑は無駄に真剣な顔をして私をじっと見つめる。無理!この距離は無理や!侑がかっこいいってことに気付かされてまう!クラスメイトはそんな私らを見てヒューっと歓声を上げる。まとめて殴ったろか!
「名前、よく聞け」
「やだっやめてえや顔近いキモイ!」
「キモイ言うなしばくぞ。あんな、あの鼻眼鏡な、実は婚約鼻眼鏡やねん」
「は?」
鼻眼鏡ってなんやったっけ。ああ、あの侑のあほ面に似てるあれか。あれがどないしてん、私もう正気で物が考えられん。心臓がドンドンドンドンドンうっさいねん。
「なあ名前、お前は知らんやろうけど最近流行ってんねん。指輪なんてもう古い、これからの時代は鼻眼鏡や」
「そ、そうなん?」
「せや。やから、ほら、この鼻眼鏡付けて俺に永遠の愛ってやつを誓ってみいや」
「……いや待っ」
「そうか、照れるか。ほんなら俺が付けたらなあかんな」
「侑っ、」
「俺に任しとき。ほら、誓いの鼻眼鏡や」
「う……」
いやに真面目な声を出す侑に、私の思考はもう完全にストップ。流されるまま私はそっと目を閉じた。
「ブフォ!!」
「っ汚ったな!はあ?!侑あんた人に向かって吹き出しよったな!」
「ぶあっははははは!めちゃめちゃ似合うとるで!お前が黙って鼻眼鏡掛けられんのが悪いんや!」
「最っっ低!二度と侑の話なんか聞かん!!」
わっはっは何をしとんのやあの夫婦は。ええ暇つぶしやったのう。クラスメイトに散々茶化され、私は腹を立てながら友達が居る自分の席に戻った。
「名前ってば何しとんの」
「聞かんで。私も分からん。そもそも夫婦ちゃうし」
「そう呼ばれて嬉しいくせに」
「それ言わん約束やん。やけど腹立つあのタコもう嫌や何が誓いの鼻眼鏡や結婚舐めとる」
侑はもう何事もなかったかのようにクラスの男子と鼻眼鏡であほみたいに盛り上がっとる。そこに居るお前ら絶対許さんからな。机につっ伏す私にため息をついて頬杖をつきながら友達が言う。
「そんなん言うてうちはあんなしょーもないコントに付き合うた名前も悪いと思うよ」
「やって、あいつが私の手ぇ握って見つめるなんて反則やんかあ!勝たれへんよ……正気でも居られん……それに結婚とか話題にすんのずるいと思わん?」
「まあ確かに」
「……侑のあほんだら」
結婚を笑いのネタにされるくらい、私は侑にとってなんでもない存在なんや。
幼なじみってほんましんどい。
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