お菓子を頂戴


黒板に並ぶ意味不明な化学式は、もはや理解する事を諦めた。
午後の陽気に大半の生徒のまぶたは白旗を挙げているようだ。

俺はというと、窓の外に夢中だ。


(いた…)


窓際の俺の席からはよく見える。
中庭を挟んで向かい側の特別棟、物置代わりの空き教室の窓際に置かれた古いソファーが、彼の場所だ。

廊下ですれ違う時の彼は、いつも1人で。
不機嫌そうにしかめた整った顔は、人を寄せ付けない。
いつもヘラヘラして大勢とつるんでる俺とは対極な存在。


(今日もカッコイイなぁー…)


空き教室で1人無防備な彼を盗み見る。
感じるのは、ほんの少しの罪悪感と誰にも言えない優越感だ。

俺は、彼について誰も知らない事を知ってる。
タバコの銘柄や、意外にも甘いものが好きなこと、眉間のシワが緩んだ寝顔や、下唇を舐める癖。
そしてタバコを吸う姿が最高にカッコイイ…というより、


(なんか、エローい…)


いつからだろう。
彼から目が離せなくなったのは。
いつからだろう。
彼に自分の存在を知らしめたいと、思うようになったのは。



「アキー、帰ろうぜー」

「ごめーん、ちょっと用あるから先帰っててぇー?」

「えーーー、お前どうしたの?毎最近付き合い悪いじゃん」


自分で言うのもなんだけど、友達は多い方だ。
クラスの中では中心にいることが多いし、女子とも仲がいい。
傷んで伸びた金髪と着崩した制服はチャラいと言われることもあるけど、これでも結構モテる方だ。


「俺はー、みんなのアキくんだからぁー!」


不満そうに理由を聞いてくる友人に適当にあしらいながら、ヘラヘラと笑って誤魔化す。
本当の理由はこいつらに知られる訳にはいかない。

友人と別れて向かうのはあの空き教室。




「今日っはーイチゴ味ぃー」


鼻歌を歌いながら、誰もいないソファーにカラフルな包み紙をばら撒き、さっさと退散。
今日は俺のお気に入りのイチゴのキャンディー。
毎日毎日ここにお菓子を運ぶのは、俺の日課だ。





教室から彼を見つめ続けて、どれくらい経った頃だったか。
彼に話しかけるどころか、会いに行く度胸さえ持ち合わせていない俺は、それでも欲望を抑えきれずにある日ついに行動を起こした。

彼が放課後になるとすぐにあの部屋を出てしまうことは、毎日の観察でよく知っていた。
少しでも、間接的にでも、彼に触れたくて、あの日俺は空き教室の扉を開いた。


「失礼しまぁーす…」


埃と、古い本の匂いがした。
恐る恐る窓際に近づくと、いつも遠くから見る古びたソファーがある。


「ここ…に…」


そっとソファーに触れる。
彼が寝た場所に触れているのだと思うと、それだけで顔が緩んだ。


「ちょっとだけ…」


彼のソファーに横になり彼がしているように目を閉じてみた。
タバコの香りに混ざる甘さは、彼の香り、なのだろうか。
思いっきり吸い込んで、彼を感じる。


どれくらいそうしていただろう。
そろそろ帰らないとまずいとは思いながら、名残惜しくて起き上がれない。
それに、このまま帰ってしまっては、なんだかとてももったいないような気がする。

どうしたものかとぼんやり考えながらポケットに手を入れると、コツリと固い感触。


(あめ玉…?)


そういえば、クラスの女子からもらったあめをポケットに入れてそのままにしていた。


「……」


一瞬だけ躊躇って、ソファーの上にそれを転がしてみる。


(…うん!)


彼の場所に転がるあめ玉。
俺のきた印。
俺が彼に残す、跡。


(気が付くかな?)


そして俺はなんとも言えない達成感を胸に空き教室を出た。



次の日同じ様に空き教室に行くと、あのあめ玉はソファーの横のゴミ箱に捨てられてた。
そりゃそうだ。誰が置いたかわからないあめなんて、食べるわけない。
傷つくどころか、嬉しかった。
俺の残した跡に、彼が触れた。


それから毎日毎日毎日、俺はせっせとお菓子を運んだ。
キャンディー、チョコレート、グミ、クッキー、とにかく色々。

初めてゴミ箱の中に包み紙だけが残っていた時は、感動のあまり思わず叫んでしまった。



そして今日も向かう空き教室。
今日はミルクキャンディーを用意した。
ミルク味ってなんかエロい。


ガタッ…


「へ?」


いきなり回転した風景。
背中にはソファーの柔らかい感触。
目の前には、彼。


「ふぅん…」


あの不機嫌な目でじろじろと見下ろされてる。


…え、なにこの美味しい状況。



「えっと…な「毎日甘いもん置いてくの、お前?なんのつもり?」


えーっと、


「お近づきになりたくて?でも俺恥ずかしがり屋さんだからぁー」


混乱してても俺の口はよく回る。
へらりと笑うと、彼が顔を顰める。


「ハァ?お近づき?なにそれどういう意味。」


「…性的な意味で?」


しょーじきに答えたら睨まれた。
その軽蔑の目、たまんない。


「ハッ… 毎日毎日どんな女かと思えば、ウワサのチャラ男くんは実はヤリマンだったってか? …いいぜ相手してやるよ。」


彼の冷たい手が俺のシャツの裾を捲って腹を撫で、噛み付くように唇が合わさる。


「ん…」


あ、イチゴ味。



俺にとっては最高にオイシイ状況。
でもね、一匹狼くん。
君はちょーっと勘違いしてるね。


腹筋にチカラを入れて、形勢逆転。
跨られてた体制から、一気に彼の足の間に入り込む。


「…は?」


彼の両手を頭の上で纏めて押さえつけて、耳元で囁く。


「ざんねーん。逆だよぉー」


普段は不機嫌に細められている目が、まん丸に見開かれる。



…なにそれちょう興奮する。



「待っ…やめ…!…んぅ!」


今更慌ててももう遅い。
残念だけど、俺腕力には自信があるんだ。



いっぱいお菓子をあげたでしょう?
今度は俺に食べさせて。



END



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