忍足くんは、合田の腕を掴んで私の腕を放そうとする。
「それとも、ええんですか?榊監督に“合田先生のせいでミーティングに出られませんでした”言うて」
「………くっ!」
合田は苦虫を噛み潰したような表情で、私の腕を放した。
それを見た忍足くんは、私達の間に体を滑り込ませる。
「…みょうじっ、スカートを直しとけよ!」
そう捨て台詞を吐き、合田は荒々しくその場を去っていった。
「……どうも」
とりあえず助かった私は、忍足くんに向かってお礼を言う。それを聞いた彼は私に向き直って苦笑いした。
「ええで。なまえちゃん、目ぇ付けられとるんやな」
「入学した時からね」
「なまえちゃん可愛いしな」
……何を言いだすんだこの人は。
「あれ?知らんの?合田ってな、気に入った可愛い子を呼び出してセクハラまがいの事するんやで?」
「はっ?」
「あくまで噂やねんけど」
そう言ってニッコリ笑った忍足くんに、私はどう反応したらいいのか分からなかった。
「まぁ、合田には監督の名前を出せば一発やから。なまえちゃんも困ったら監督に呼ばれてますって言えば平気やで?」
「そう、なの?」
「なんでも学生時代の先輩後輩で、弱みを握られてるらしいわ」
「なんだそれ」
可笑しくてクスッと笑う。すると忍足くんは目を細めて私を見た。
「なまえちゃんは笑ってる方が似合ってるで」
学校では笑わんやろ。
そう言われて私は静かに頷いた。確かに私は学校で笑った事はない。
「せめてジローとおる時は笑顔でいたってな?」
「………考えとく」
ぶっきらぼうに答えた私に、忍足くんはまた笑った。
「せや、なまえちゃん手ぇ出して」
「…?」
言われるがままに右手を差し出す。彼はポケットを漁って何かを取出し、私の手に乗せた。
「はい、アメちゃん」
手の平にはピンクの包み紙のあめ玉が転がっていた。
「お近づきの印や。あっ、今朝持ってきたヤツやから気にせんと食べ」
「……ありがとう」
お礼を言えば、彼は満足そうに笑った。
「ほな、放課後」
「…また」
そして私は中庭へと向かった。
忍足くんから貰ったイチゴ味のアメを口に入れて。
END
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