FINAL FANTASY V | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -


▼ 58 “友”

   ここは、どこだ。

   真っ暗で一寸先も見えない。光すら届かぬ虚無の闇。暗い。寒い。痛い。身体が、心が、奥底から悲鳴を上げている。けれど───分からない。この身に何が起きたのか、それさえも、もう。


「何という…事じゃ…」

「そんな…嘘よ、イングズ、みんな!死なないでー!」

「おまえ達にはまだやる事があるだろう!こんな所でくたばるなよ!!死ぬんじゃねー!」

「こんな事って…!皆さん、しっかりしてください!」


   もう、何も感じない。何も、何も───



『私は全てを無に還すためにやってきた暗闇の雲…
   全てを闇に包み…そして光も闇も無に還す…
   まずは光の力を持つお前達をこの世界から消し去ろう!』



   激闘の末、魔王ザンデを退けた光の戦士達。驚異は去った、これで世界は光を取り戻した。安寧が訪れたのだ。そう信じて疑わなかった、はずだった。

   ザンデが闇の力を増幅させ、同時に光の力は弱まった。じわじわと蝕み広がる闇はいつしかその均衡を崩し、不安定になった世界はあらゆる事象を引き起こす。

   光と闇のバランスが崩れた時、それに引き寄せられ生み出される無の力。調停者として姿を現す存在。それが暗闇の雲、絶望の象徴だった。

   ザンデと死闘を繰り広げていた五人に突如として襲い掛かった、新たなる驚異。疲弊し底を尽きそうな程に消耗していた体力しか持たない彼等に、対抗する力など最早残されているはずもなく。

   誇張ではなく現実として、鈍った刃では暗闇の雲に傷ひとつ負わせる事すらままならなかった。想像を絶する程に膨大な魔力を込められ解き放たれた波動砲は、慈悲など微塵も感じられぬまま五人の灯火を一瞬で奪い去って行ったのだ。

   戦士達が向かった先での戦闘音が止んだのと同時、ドーガと同じく思念体となったウネもその姿を現した。しかし魔竜像の呪力が消滅した事に安堵し勝利を疑わなかったデッシュ達は、歓喜に満ちた感情を直ぐ様一転させる事となる。

   不気味に静まり返ったそこにあったのは、既に事切れた魔王の姿、そして折り重なるように倒れ伏す希望の戦士達だったのだ。


「この痕跡はザンデのものではない…すると、暗闇の雲…まさか…既に姿を現していたとは…」

「暗闇の雲…?そいつが…こいつらを全滅させたって事かよ!?何者なんだ、そいつは!」

「暗闇の雲は…光と闇、どちらかの力に大きく傾き均衡が崩れた時に現れる存在じゃ…以前の出現は光の氾濫が引き起こされた時だったと聞く…」

「概念みたいなものだよ。本来は光でも闇でもない…ただそう呼称している存在だ。そして全てを一度“無”に還し、調停するために動いている」

「なんだよそれ…爺さん、婆さん!なんとかならないのか!そんな訳の分からないやつに立ち向かえる存在なんて、世界中探したってこいつらくらいしか…!!」

「落ち着きなよ、若いの…デッシュって言ったね。その通り、暗闇の雲を消滅させるなんて大業、この子達にしか出来ない事だよ。…少し、そこで見ていなさい」


   息は無くとも、触れた戦士達の身体はまだ温かい。大丈夫。まだ、間に合う。思念体の身では出来る事など、たかが知れている。おそらくこれが最後の手助けとなるだろう。

   ドーガとウネはザンデの亡骸の傍に寄ると何やら短く言葉を掛けた。ほんの僅かな時間だったが、そこには“魔王ザンデ”としてではなく…“友人”として、また再会出来る事を願っているように見えたのは…きっと、気のせいではないだろう。

   そうして亡骸を魔法で消滅させ───いや、その魂を浄化し、二人は戦士達の傍に並び立つとその場に膝を付いた。


「私たちは共に、偉大なる大魔導師ノアの弟子だ。同じ師に学んだ者として…歩む道を違えてしまった“友人”の犯した罪で生まれた存在をそのままにしては、死んでも死にきれないからね!」

「わしらの魂を与えよう。さあ立つのだ!蘇れ!光の戦士達よ!!」


   二人が祈りを捧げたその瞬間、目を開けていられない程の眩い光が走る。デッシュは腕を前にやり影を作ると、かろうじて確認出来る視界に映し出された二人の姿を見た。

   魂だけの存在だと言った彼等は、そうと言われても生者と見分けが付かない程にはっきりとした姿形を象っていた。しかし今この時分、彼等の輪郭、その姿が次第と薄れていく。

   死者である彼等が他者を蘇らせるためには、その大いなる魂を命の源へと変換するのだろう。魂を分け与えるとは即ち、自身の魂を切り取り、差し出すという事になるのだから。


   ───「さあ、まだやらなければならない事があるよ!」

   ───『ザンデの過ちにより光の力が弱まった。そして闇の力が増してしまった…』

   ───「そしてザンデはその闇の力に支配されてしまった」

   ───『とても大きな力じゃ…』

   ───「私たちの魂はもうすぐ大きな魂と一つになる…行かなくてはならないんだよ。もう、助ける事は出来ない…」

   ───『さあ、おまえ達だけが光と闇のバランスを元に戻せる!行くのじゃ!闇の世界へ!!』


   ───ウネとドーガの声が、聞こえた。

   あたたかい。感覚が戻っていく。ゆるり、意識がはっきりと浮上していく。ぴくりと動いた指先が大気の感覚を掴み、薄っすらと開かれる瞳が、漆黒の闇に差す光を捉えた。


「気が付いたか!!」

「………デッシュ…?…みんな……」


   心配そうな面持ちでこちらを見下ろしている、見知った友人達。ああそうだ、ザンデを倒して、そうしたら暗闇の雲と名乗る存在が現れて、何も出来ないまま…自分達は確かにあの時、死んでしまったのだった。

   恐怖に直面する時間さえ無かった。暗闇の雲から何かが放たれた、そう思った直後からふつりと記憶が無い。痛いとか苦しいとか、そういった苦痛を感じすらせず全てが途絶えた。暗転の後、皆に囲まれつつ今に至ると言う事は、そういう事なのだろう。

   認めたくはないが、圧倒的な力に全く歯が立たずに負けてしまったのだ。同時に失ってしまったはずの、命。しかし今、こうしてまた自分の足で立ち上がる事が出来るのは…声が届き、けれど姿の見えない二人がその力で蘇らせてくれたのだと理解するしかなかった。


「ドーガと…ウネは?」

「消えちまったよ…」

「そうか…さっき聞こえた声は本物だったんだな…」


   ルーネスは起き上がり辺りを見回すと、同じように目を覚ました皆を視界に捉えた。他の面々にも心配の声を掛けられているあの様子だと、戦闘不能になってしまったのは自分だけではないようだ。みんなで戻って来られたのか。良かった。まだ戦える。まだ、希望は潰えていなかったのだ。


「…ドーガ、ウネ…ありがとう」


   そう、心から強く思う。大きな魂と一つになる。もう助ける事は出来ない。確かにそう聞こえた。二人はその魂を、皆を蘇らせるために分け与えてくれた。その後にはもう“こちら側”に干渉する事が出来なくなると知りながら。

   ザンデを救ってくれ。いつかウネに言われた言葉だ。限りある命を与えられた事への憤り、それ故に深い闇へと囚われてしまっていた友は、その身の消滅によって憎悪と絶望の輪廻から解き放たれた。

   救えたのだろうか。ザンデが抱えていた憎しみで闇を引き寄せなければ、暗闇の雲が現れる事はなかった。それは事実だ。しかしそれでも、取り返しのつかない過ちを犯してしまったとしても。その存在を気に掛け、手を差し伸べ。幾度となく拒絶されても、それでも友を救いたいと…ウネ達は、そうまでして救済を願っていたのを知っている。

   こちら側への干渉を断ち切ってでも自身の魂を分け与え、光の戦士達に希望を託して蘇らせたのは、暗闇を払うために必要だったのは間違いないだろうが、ザンデが消滅した…救われた、この世界に。留まる必要はもうないと。そう言っているようにも思えた。

   その気持ちは理解出来る。もしも自分がウネ達と同じ立場であったならば、そしてもしも、例えば今目の前にいるデッシュが闇に染まってしまったとしたら。所業は許されない事だとしても…やはり、かけがえのない友を、なんとしてでも…どんな形になってでも救いたい、と。そう思うのだから。

   光の戦士達は、優しい。優し過ぎるくらいに…ドーガに言われた事がある。エリアの命を奪ったクラーケンなど許されざる者の一部は除き、魔王ですらもその背景を思うと絶対悪と決め付ける事が出来ない彼等は、世間から甘いと批難されるだろうか。知られるすべは無いが、けれどそれらの優しさも全てを引っ括めて光の戦士なのだ。

   ふわり、思案していた視界の端。アムルの爺の手に持たれた天色のリボンが、戦士達の無事を安堵したかのようにゆるやかに揺れたのが見えた。


「エリアも…ありがとうな」


   そっと、指先で撫でる。くすぐったそうに流れるそれからは、最期に抱き上げた時に触れた金糸と同じ柔らかさを感じた。

   こんなにも、心配してくれる人がいる。駆け付けて、助けてくれる友がいる。応援してくれる皆がいる。共に戦う、かけがえのない仲間がいる。

   ドーガとウネの力によりすっかりと癒えた己の身体を見て、ルーネスは改めて思う。この素晴らしい世界を、同じ時を生きる人達を。失ってしまった命、そしてこれから芽吹く命を…その安寧を、希望を。どうかこの手で、守らせてほしいと。

   魔王ザンデはただの前座にすぎなかった。姿を晦(くら)ませた暗闇の雲はおそらく、もっと闇の深淵にいるはずだ。そう、例えば、やつが現れた場所に残された闇の世界への入口、その最奥に。

   ふう、とひとつ息をついた。今のままでは、闇の元へと辿り着いたとて再度返り討ちに合ってしまうのは明白だ。しかし。ならばどうすれば良いのか、今までも同じような場面に直面した時には思案しつつも必ず打開策が生まれたのだから、今度だって打つ手があるはずだ。

   大丈夫。心を気丈に持て。強く、優しく、愛おしみ、信じ、そして尊い心を携えた五人ならば。圧倒的な闇の力でさえもその光で払えると、そう思えるのだから。


「全てはおまえ達にかかっておる。頼んだぞ!」


   シドの激励を皮切りにサラ、アルス、アムルの爺、そして普段の軽い調子を戻したデッシュから言葉を掛けられる。その一言ひとことが、こんなにも、心強い。


「みんな、必ず帰って来てね…」

「どうかご無事で!」

「わしがついとるて。フォフォフォ!頑張れよ!」

「お互い大変な運命を抱えちまったな!ま、頑張っていこうぜ!」

「ああ、なんとかしてみせるさ。…よし、みんな。闇の世界へ行こう。オレ達がやるんだ」


   ルーネスの呼び掛けに、皆も頷いた。次は絶対に負けないと、力強い光を各々の瞳に宿して。

   地上に停めてあるインビンシブルで待っていてくれと、デッシュ達に転移魔法テレポの効果があるアイテムを手渡し、渦巻く闇の中へと足を踏み入れた。纏わりつくようなとてつもない力を肌で感じながら降り立った闇の世界は、ぞっとする程に冷たい雰囲気に包まれている。

   今度こそ。今度こそ、最終決戦になるであろう舞台に立つ暗闇の雲を倒し、この長き旅に幕を下ろすのだ。そうしたら、やっと───光溢れる、本当の世界を取り戻す事が、出来るはずなのだから。






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