▼ 57 魔王ザンデ
「みんな!!」
「デッシュ!おまえ…生きてたんだな!」
「何言ってんだ、ルーネスは俺が死ぬとでも思っていたのかい?」
「いや、信じてたよ。絶対にまた会えるって」
「だよなぁ、あの後どう進展したのか、今度聞かせてくれよ!」
「相変わらず調子が良いな。だが…助かった。ありがとう、デッシュ」
「イングズは変わらないな。その冷静さには俺も何度か救われたよ」
「デッシュ…お久しぶりです…!」
「お、少し見ない間にアルクゥは随分大人っぽくなったな!こりゃあお前さんからも色々話を聞かなきゃならないな!」
「デッシュ、ありがとう。また会えて本当に嬉しい!」
「お?ユウリもなーんか色気が出てきたか?…俺も嬉しいぜ、こうしてまた皆の力になれるんだからな!」
「…デッシュ」
「レフィア…心配、掛けたな。修理はきっちり終わらせてきたから、もう大丈夫だ」
「本当よ、あんな無茶して…」
「悪かったよ、泣くなって…」
「泣いてないわよ!」
「ありゃ、本当だ。はははっ!」
「もうっ…ふふ、本当に相変わらずなんだから」
「イングズ!さあ、私達が魔竜の力を抑えている内に早く!」
「サラ姫…」
「あなたが帰ってきたら、私…沢山言いたい事があって…だから…」
「ええ、必ず戻ります。…あなたの元へ」
「ルーネス!ここはわしらが引き受ける!また希望の光を見せてくれい!」
「シド、ありがとうな!」
「この世界を闇に包ませては…再び時を止めさせてはならぬぞ!」
「分かってる。オレ達を信じていてくれ!」
「アルクゥ!あなたに貰った勇気で、今度は私がお助けします!」
「アルス王!僕の方こそ、あなたの強い心に勇気を貰いました。けれど…もっと頼られる人になれるように頑張るよ!」
「アルクゥならきっと出来ます!私の尊敬する、偉大なご友人なのですから!」
「ええっ!?尊敬だなんて…ふふ、ありがとう。ではその期待に応えないと、ですね!」
「お嬢ちゃん!わし達をここへ連れて来てくれたドーガという者が、このリボンから聖なる力を感じると言っておったぞ!」
「っ、それは!!」
「光を纏って、何かを訴えていたらしい。…よっぽど、大切な仲間だったんじゃな」
「ありがとう…ありがとう、エリア…!今度は私が、皆を助ける番。だから…もう少しだけ力を貸して…!」
それぞれとの邂逅。それは戦士達の心に希望の光を灯し、さらなる力をもたらしてくれる。魔竜の呪いから解放され自由になった身体を確認すると、改めて皆の方に向き直った。
皆の胸の内にあるその光は絶えず輝きを放ち、先へと続く道標となる。最奥の扉が開かれ誘うように姿を現した闇は吸い込まれそうな程に深いが、皆が示した一本の方途へ進む事にもはや躊躇いは感じない。
「みんな…ありがとう!」
順に一人ひとり、しっかりと視線を合わせ意を表する。先へ歩を進めればまもなく訪れるであろう決戦の時。魔竜像の力を封じていてくれている間に、根源となる魔王をこの手で。ここに来るまでに力を貸してくれた皆で、その心をひとつにして。
不思議と恐怖は感じなかった。なぜだろう、負ける気がしない。それは光の戦士達の力が想像以上に高まっているからなのか、それとも。
激励を背に受け最上階、最奥へ。一層と濃くなる、突き刺すような禍々しい瘴気を肌に感じる。同じ過ちを繰り返さぬようあらゆる奇襲に備え気を張りながら、そして。
かつては眩い光を集め、聖なる力に溢れていたクリスタルタワー。それを混沌なる闇が滲み出るものへ塗り替え世界を絶望へと引きずり込もうとせん、ノアの弟子ザンデ。闇の魔王が待ち受ける玉座の間へと、ついに辿り着いた。
「ファファファ…よくここまで来たな。だがもう手遅れだ。闇はもうそこまで来ている」
「ザンデ…お前はここで倒す。世界を闇に包ませたりなんかはしない!」
剣を、魔法を。それぞれが構える。しかしザンデはこちらの言葉を意に介さず、その存在すらも煩わしい羽虫を払うが如く一瞥するのみ。
「お前達を殺し、世界を完全なる闇で覆い尽くす。そして…私は永遠の命を手に入れるのだ!」
我が敵ではないと、そう言っているのか。たかが人間風情に何が出来るのか、と。…だが。大魔導師ノアの弟子であろうが、魔王を名乗るに相応しい闇の力を手に入れようが、そんな事は。
…そんなものは、関係ない。ザンデがつまらない、くだらないと評した人間の生命、その力を。溢れる希望の力を、クリスタルの力を、
「光の力を…甘く見るな!!」
ルーネスの強い意志が、凛とした声になって響く。それを受けたザンデはゆらりと手を広げ、そして血の色をしたその双眸を、漸くこちらへ向けた。
「かつての我が友…ドーガとウネの力を感じる。そうか、お前達…闇に対抗する力を身に着けているようだな。各所の手下を屠ってきたのもお前達か…」
ならば───
掲げられた杖に埋め込まれている石が、渦巻く波動を纏っている。気圧される程に強い魔力が凝縮された、黒い炎。
来る。そう直感したのと同時、辺りを瞬間に切り裂く一閃が放たれた。
「ファファファ…死ねい!」
左右に散りその一撃を避け、閃光の先へと僅かに視線を遣った。
抉られた地面から立ち上る黒煙。直後、大地を揺るがす激しい地割れが襲った。飲み込まれていたら奈落の底へと落とされ、這い上がる事すら不可能に思える程の深淵。
地震を引き起こす黒の魔法、クエイク…だろうか。いや、それにしては威力が桁違い過ぎる。闇の力が付随しているから、なのか。
魔法詠唱時に生じる隙も、殆ど感じ取れなかった。ドーガとウネの二人と戦った時もそうだったが、大魔導師ともなるとほぼ瞬時に発動する事に相違なさそうだ。
…しかし。今の五人には、禁断の地エウレカで入手した数々の強力な武器がある。エクスカリバー。ラグナロク。マサムネ。円月輪。すべてのぼう。長老の杖。
すんなりと手に馴染む封印されし伝説の武器を携え、全てのクリスタルから啓示を受け。強大な力を持つ召喚獣とも契約を済ませた光の戦士達は、かつてない脅威すらもその先に繋がる希望へと変換し得るだけの過程にすぎない、と。これで世界の安寧を取り戻す事が出来るのだ、と。
希望を今を貫く力へと変え、それぞれが素早く適所へと位置を取る。長い長い旅路、経た戦いの中で自然と培われた連携。
ザンデの極短の詠唱からなる強力な属性最上位魔法、合間に繰り出される重たい打撃、更に自身へとプロテスやヘイストの補助魔法を掛けつつまた放たれる大魔法。
この補助魔法は厄介だ。隙を見てイレースの魔法で効果を打ち消すが、ザンデの猛攻はこちらの陣形を崩さずいられるほど甘くはなく、時には豪腕から叩き込まれる衝撃を往なせずふっ飛ばされる。骨や内蔵を損傷し、迫り上がる嘔吐感に耐えそれでも立ち向かう前衛へ絶えず届けられる癒やしの光。その役目は主にイングズとユウリが担った。
直接物理攻撃を仕掛ける前衛、それにはルーネスとレフィアが当て嵌まる。ルーネスはガードしながらの近接が主だが、レフィアの方は投擲武器の円月輪で距離を取りつつダメージを与え、広範囲に威力が分散される魔法攻撃の時は名刀マサムネで近接と切り替えながら戦っている。
アルクゥはザンデの直接攻撃が届くかどうか瀬戸際の所で、白の魔法で回復のサポートもするが主に黒の魔法と召喚魔法を使い分けている。ドーガが操っていた高位魔法のフレア、魔王の炎に対抗するべく氷魔シヴァを召喚、時には剣神オーディンや聖蛇リバイアサンを喚び出し確実に追い込んでいく。
大丈夫だ。崩されても助け合いながら立て直し、上手くやれている。このまま戦い続ければ、魔王に勝利する事がきっと出来る。
そう感じた直後、ザンデの杖があの黒い波動を纏った。クエイクか。不規則に走る閃光を避けた皆が体勢を整えようとしたその時。
上空に、おびただしい数の黒い塊が浮遊し始めた。
「あれは…!!」
状況をいち早く察知したアルクゥは、ざっと素早く周囲を確認する。だめだ、身を守れそうな所は見当たらない。ああ、このままでは皆が危ない。あれは、あの魔法は…
───間に合って!
広範囲に凄まじい威力の隕石が降り注ぐ。アルクゥ以外の皆がそれに気付いた時には、もう遅い。どうしたら、この場を切り抜けられる最善の行動を取れるのか。アルクゥがほんの僅かな一瞬で出した答えは、誰よりも、賢者の己よりも強い癒やしの力を持つユウリを、その身で庇う事だった。
鋭い痛みが全身を襲う。上から幾度も激しく叩き付けられる衝撃に耐えられずユウリに被さったまま、それでも彼女だけはと、隕石魔法───メテオが降り止むまで、その場から動く事はしなかった。
「…?」
「…ユウリ……無事…で…良かっ……」
「…アルクゥ…?…アルクゥ!!」
何が、起こったのだろうか。混乱した頭で、ユウリは状況を整理しようとした。ザンデの放ったクエイクを避けて、それで。それで…上から何かが降ってきて、アルクゥに庇われて、それで…?
「な、に…?」
ユウリの上でぐったりと気を失っているアルクゥと、重傷は免れたらしく立ち上がろうとするレフィアの姿、全身でメテオの雨を受けてしまったのか、地に伏せ呼吸の浅いルーネスとイングズの姿。
クエイクを避けた直後、続けざまに新たな魔法を撃ち込まれたのだと理解した。そしてそれに気が付いたアルクゥが、その身を呈してユウリを庇い気を失ってしまった事も。
なぜ、それは考えなくても分かった。きっとアルクゥは、たとえ自分が瀕死になろうとも皆の傷を強く癒せるユウリさえ無事ならばと、後を託してくれたのだ。
エリアが身代わりになってしまった時とは、感情が違った。なぜこの状況になったのか、そして自分は今何をすべきなのか、明確に答えは出ている。これはあの時に前を向いて進んだ結果が実ったもの。あの経験は…ユウリを、確実に強くしていた。
「…大丈夫。皆は…私が助ける!」
アルクゥの身体をそっと横たえたユウリが無事である事を視界に捉え、かろうじて動けるレフィアがザンデの注意を引き付けるため、身体中に走る痛みを堪えながら円月輪を構えユウリがいる場所とは反対の方向へと駆けていく。
ここでも、無意識に見事な連携が発揮された。忍者特有の素早さを持つレフィアに気を取られている内に紡がれた、最上級の癒やし───ケアルガの清く優しい光が、傷付いた戦士達の身体を包む。
瞬時に光が届いたのか、レフィアの脚力が戻った。離れた所にいたルーネスとイングズは、程なくして立ち上がれるまでに回復したようだ。そして一番ダメージを受けていたアルクゥも、ゆっくりと意識を取り戻した。
「は、ぁ…げほっ…いっ…痛かった…死ぬかと思った…助かったよ…ありがとう、ユウリ…」
「ううん。助かったのは、アルクゥのおかげだよ。“皆を”守ってくれて、ありがとう」
にこり、微笑みを浮かべたユウリを見、アルクゥも穏やかに微笑った。あの咄嗟の判断が間違いでは無かった事、ユウリが意図を汲んでくれた事、皆を守れた事に繋がった結果が嬉しいと素直に胸を暖かくしながら、今の状況を確認した。
ほぼ全滅に近い状態へ追い込んでおきながら更に続けて攻撃を仕掛けて来なかった所を見ると、ザンデも既に素早く動ける状態ではなさそうだ。反対に、こちら側はユウリのケアルガを受け、万全ではないにしろ余力を感じさせる動きが出来ている。
もう同じ手は食わない。次にまたメテオ詠唱の気配がしたら、地の巨人タイタンを召喚してその屈強な拳で隕石ごと叩き割ってもらおうと画策し、アルクゥは立ち上がった。
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