▼ 51 鎮魂歌(レクイエム)
───どうして。
どうして…こうしなければならなかったのだろう。
目の前に横たわる二人の姿を見て、思う。戦いを避ける事は出来なかったのだろうか。他の手段を選ぶ事は出来なかったのだろうか。この手に掛ける事なくても済んだ方法が、何か別の方法があったのではないか。
…今更何を思っても、もう遅い。戦うと決めたのは己達だ。未来を守るためならばと、見えていた結末に抗う事すら出来ず、心を押し殺して刃を振るったではないか。
力無くぶらりと下がった両の手から、握られていた武器が音を立てて滑り落ちた。無機質で、乾いた音。地面にぶつかり、がちゃりと鳴るが拾い上げる気力すら無い。
迫られた唐突すぎる選択。あまりにも残酷な結末。回避する事なんて最初から出来なかったんだ。なぜならこれは闇に立ち向かうのに必要な事で、そのためならと覚悟を決めた二人の意志を挫かせる術なんて持ち合わせていなかったのだから。
けれど───いざ終わってみると、何度だって襲ってくるのは、こちらが固めたはずの決意を信じて良かったのかという後悔だった。頭では分かっているのに。分かっていた、はずだったのに。
心が現実に追い付く事を拒否している。何故なんだ。どうして、どうして二人は…
「さあ、これでエウレカの鍵が完成した。これを持って行くのだ…」
鍵を完全なものにするために必要な、強大で膨大な比類無きエネルギー。完成させるために投げうたれた尊い命。払った対価はあまりにも大きすぎて、本当にこれで良かったのかと訴えかけてくる心を無視する事が出来ない。
だって、光の戦士達は、
「………」
二人の死、など───望んではいなかったのだから。
「どうして、こんな事…」
「言ったはずじゃ。こちらを倒さねばおまえ達が死ぬ…鍵を完全体にしなければエウレカへ足を踏み入れる事すら出来ず…世界に光を取り戻す希望は潰えてしまう…」
「分かってるよ…でも、だからって…こんな…」
「あの時、覚悟を決めて武器を構えたんだろう?あんたの選択は何も間違っちゃいない。避けて通れぬ戦いもあるんだよ…」
「っ、…」
「さあ、これを渡さなきゃね…持ってお行き」
銀色に淡く輝く鍵を差し出してくるウネの手はまだ温かく、けれど…次第に、その感覚が抜けていくように見えた。ドーガから金色の鍵を受け取った時と同じだ。ゆっくりと伸ばされる手も、弱々しく微笑む皺の刻まれた顔も。全てが色を失っていく。
「ウネ…これは…?」
「シルクスの鍵だ。シルクスの塔の封印された扉を開ける鍵だよ…」
ルーネスがしっかりと鍵を受け取ったのを見て、ずるり。腕の力が、抜けた。
ああ、これは。エリアの最期を思い出す。あの時もそうだった。握った手から力が抜けて、そして…
「ドーガ…ウネ…死なないでくれ…!」
「心配するな…体は無くなっても、心は失われない。古代像に守られたシルクスの塔にザンデがいる…ザンデを止めてくれ。世界を闇にさせてはいけない。おまえ達なら出来る。その心に宿す力…」
強き心
優しき心
愛しき心
信じる心
尊き心
「思いを胸に、願う力は光となる。闇を打ち払うのだ…光の戦士よ…」
全ては、闇を払うために。ああそうだ、そのためにここまで前を向いて来たんだ。そうは思っても、頭では分かっていても。
「嫌だよ、死ぬなよ…」
それでもやはり、目の前で命の灯火が消えていくのは…
「初めて会った時から…こうなる事を知っていたんだろ?それなら、どうして…!」
事前にこうなる事を聞かされていたなら。書物を読み漁り、もう一度世界を回り、そこで手掛かりを掴めたとしたら。何かしら、別の方法でも鍵を完成させる事が出来たかもしれない。
それが無理なら強行に扉を破ればいい。それも無理なら魔物を倒して経験を積み、禁断の力を借りなくとも立ち向かえる強さを身につければ、力を合わせれば、もしかしたら。
…そんなのは、気休めだ。ああすれば、こうすれば。こちらが思い付く事なんて、聡い二人が思い至らないはずがない。
けれど、それを提案しなかったのだから。そのどれもが意味を為さない、そんな事を言ってもどうにもならない、だからこうするしかなかった。分かってる。分かってるんだ。分かってる…とっくに、理解しているんだ。
「おまえ達の剣に…心に迷いが出ては、世界を救う事など出来なくなる」
ドーガは苦し気に呼吸を乱し、それでもこちらの思いを見透かしたような口調で語り掛けてくる。
「これは、使命なのじゃ…」
「………」
「おまえ達に課せられた、世界を闇の氾濫から救うというもの同様…これが、わしらの使命…」
「…使命、か…」
「この命をもって、あやつの…ザンデの犯した過ちを食い止める。それが、わしらの…」
「使命のために、って…それで本当に良いのかよ…今までだって…みんな…オレ達の為に…」
デッシュ
エリア
ドーガ ウネ
…もう、たくさんだ。これ以上、大切な人達が目の前からいなくなるのは。
「もう誰にも、命を賭して欲しくない…こんな思いは、もう…」
「…一番命を賭しているのはおまえ達自身だと、気付いておるのか?」
「…オレ、達…?」
「そうじゃ…何も分からず、クリスタルに選ばれたからといって旅立った。世界から期待され人々の希望を背負い、戦い、そして進む。それは命を賭している事とは違うのか?」
「それは…」
「わしらはただ、その手伝いをした。ただ、それだけの事だ…何も変わりはしない」
本当にそうなのだろうか。命を差し出す事が手助け?なぜ死ななければならない?そこまでする必要が、価値があるというのか?
…違う。本当は何もかも分かっていた。ただ…認めたくなかっただけなんだ。理由を付けて、誰も傷付かずまま居られれば良いと…そんな甘過ぎる考えを、正当化しようとしただけだったんだ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。理解して、それでも言い訳を探して、けれど現実を知り、何度もループする思考が導き出す答えはやはり受け止めなければならなくて。
(おまえ達…光の戦士達は優しい。優しすぎるくらいにな…だがその心が、全てを元に戻せると…ザンデのやつを止められると、信じておるぞ)
堂々巡りする頭の中、聞こえてくるドーガの声。いや、聞こえてくる、とは違う。脳に直接呼び掛けているような…そんな、気が。
(全ては、おまえ達に…)
「…ドーガ?」
(…そろそろ行かなきゃね)
「ウネ…?」
(さあ、もうお行き)
(おまえ達には、まだやるべき事が残っている)
さらり、砂塵が舞うように、 二人の身体が。
(泣くんじゃないよ。言っただろう、魂は不滅だってね。悲しむ事じゃないよ)
(おまえ達がここで止まっていては、それこそ…全てが無駄になるのじゃぞ)
「泣いて、ない…」
歯を食いしばり、必死に涙が零れ落ちそうになるのを堪えようと拳を握り締めた。さらさら、薄れていく二人の身体を、生きていた証をこの目に焼き付けながら。
(いつでもあんた達を見守っているよ。ザンデの事を…救っておくれ…)
(わしらの希望よ…)
((光を…))
二人の声が重なった。それを最後に、聞こえてくるのは何も無い。大気に溶け込むように舞い上がったそれは、最期に美しく輝きを纏ったように見えた。
これで本当に、お別れだ。ただ、気配だけを残して。でもなぜだろう、そこには温かさが残っている。
「魂は不滅、か…」
ドーガとウネは、皆の心の中にまだ生きている。それを確かに感じるような温かさ。大魔導師の弟子達は、死してなおその大いなる存在を認識させる事が出来るのか。
今まで犠牲になった尊い命を忘れた事はない。魂は生きている、確かにその通りなのかもしれない。これまではこちらを守るために失ってしまったと思っていたが、それは大きな間違いだった。存在全てがかけがえのない力となって、心の中の光と共にいる。それを気付かせてくれた二人の言葉に───迷う思考が、心が、溶かされていくように思えた。恐れずに進めと言われているような気さえしてくる。
ああ、そうだな。今までだってそうだったように…皆で力を合わせれば、進めない道なんて無い。皆がこの背に預けてくれた命を、無駄になんか絶対にさせない。
進もう。迷わずに、恐れずに、ただ信じた先へ。
全てが終わったら。闇の氾濫を、止める事が出来たら。光を取り戻し、また皆で戻って来られたなら。二人の友である、ザンデを“救う”事が出来たのなら。そうしたら───それを極上のレクイエムとして贈ると、誓おう。
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