FINAL FANTASY V | ナノ
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▼ 48 夢の世界の番人ウネ

   仄暗い洞窟内に、美しいリュートの調が奏でられる。老女の上をゆるく飛んだオウムの羽がひとつ、ひらりと抜け落ちて鮮やかな色彩が辺りを照らした。

   魔法陣の洞窟から外界へ戻った一行は、ドーガの魔法によって潜水機能を得た飛空艇ノーチラスで海底に沈む時の神殿へと向かい、その最奥で祭壇に奉られていたノアのリュートを手に取った。

   深海にある、簡単には入る事さえ憚られる神殿。そこに封印されていたリュートは弾き手が現れるのをずっと待っていたかのように、ひとりでに音を奏で始める。繊細で、そして身体の奥底に沁み渡るような心地好く深い響き。

   これがあれば。ウネを夢の世界から、こちらの世界へ呼び戻す事が出来ると、ドーガは言った。弦を爪弾く者がいなければ役割を果たせないのかと危惧したが、どうやら杞憂に終わったようだ。これも魔法───名称からしておそらくノアが込めたものだろう───の為せる業なのか。

   リュートを手に取りテレポの魔法でノーチラスへ帰還するとそのままサロニアの西、ウネが眠りに就く洞窟へと足を向けた。そこに居たは寝台で瞳を閉じる一人の老女と、人語を発する一羽のオウム。

   オウムに見守られながら、永い時をここで過ごしていたのだろうか。いや、ウネは夢の世界を管理する者。意識はあちら側にあり、ここにある身体は夢と現実の狭間を繋ぎ止める役割を果たしているのだろう。

   リュートの音色と共にひらり、ふわり。オウムの羽が、胸の上で組まれたウネの手に重なり落ちた。程なくしてこちら側へ意識を向けた老女の瞳が、ゆるりと開かれた。


「すごいすごい!ウネが起きた!」


   人語を話すオウムは喜びからか先程よりも大きく羽ばたくと、上体を起こしたウネの肩へ止まった。自分達以外は誰も居ない、訪れる者もないこの空間を、主を守るためとはいえずっと己だけで過ごしてきたのだ。ウネはともかく、オウムは孤独を感じないはずはない。身体全体で歓喜を表すオウムを見て、ウネが無事に目覚めた事も合わさり思わず笑みが浮かんだ。

   そういえばこのオウム、一行がこの地に現れた時に疑いも無く受け入れてくれたように思う。ウネか、はたまたドーガから、来たるべき時が来たら光の戦士が訪ねてくると伝えられていたのだろうか。

   そんなウネは寝起きの体操と称して、オウムを肩に乗せたまま軽快な動きであちこちを跳ね回っている。ドーガの様子がああだっただけに、同じ時を生きてきたウネの勝手に思い描いていたイメージ、それと違い少し戸惑ってしまったが、なんというか…すこぶる健康そうで、何よりである。

   一通り、目覚めの体操が済んだのか。最後にひとつ伸びをすると、ふうと息を吐きこちらへ向いた。


「今までずっと夢の世界にいたんだ。あ〜あ!こっちもなかなか良いもんだね!!」

「ウネさん初めまして、私達は…」

「おっと、あんた達の事は夢の中でドーガから聞いてるよ。そっちからルーネス、ユウリ、アルクゥ、レフィア、イングズだね?」

「えっ!な、なんで名前を…!?」

「ドーガから聞いたって言っただろう。夢の世界からも見ていたしね。さて、とにかくまず巨大船を手に入れなきゃ!巨大船は山を越える事が出来るんだ」


   押しが強い。思ったよりもとんでもなく元気だ。こちらの戸惑いなんて何のその、トントンと話が進んでいく。


「巨大船は北の古代遺跡にあるはずだよ。それじゃ出掛けるとするかい」


   ふいと合図をするのと同時、オウムがその肩から降り止まり木へ戻って行った。ウネだけがすたすたと歩いて行く所を見ると、オウムには留守を任せるようだ。

   ドーガとは違い頗(すこぶ)る元気そうな姿には安心したが、ずっと寝台にいたとは思えないくらい足取りもしっかりしている。ユウリはアムルの村で目覚めた時、身体を上手く動かせなかった時の事を思い出した。


「私なんて十日間目覚めなかっただけで身体中が痛かったのに…ノアのお弟子さんってやっぱり色々と凄い人なんだね…」

「ユウリ、ウネは普通の人じゃないから自分と同列に考えない方が良いと思うよ?」


   ユウリのぼやきを聞き拾ったアルクゥが苦笑を浮かべながらフォローしてくれるが、そもそも若者の自分が体力面で負けているかもしれない事実が情けない。

   それにしても、ウネとはどこかで会った事があるような気がしてならない。こちらの世界に来たのは最近の話だ。そもそも封印されていた大地、訪れた事などあるはずがない。

   となると…いつか自分が見ていた夢の中で接触したのだろうか。それは遠い昔の話ではなく、ごく最近のような…


「…あ、」


   そうか。アムルでの、絶望の淵に立たされていた眠りの中。ルーネスの声を聞いて、意識を浮上させる前。ユウリは誰かに出会い、そしてゆっくりと背を押された。

   ここに留まっていてはならないよ。大切な人の元へ戻っておやり、と。夢の話なのではっきりとは覚えていないが、そう語り掛けられたような、気がする。

   その時の姿はぼんやりとしてよく分からなかった。しかし不思議と声は覚えている。そうだったのか、あの時に語り掛けてくれたのは。


「…ウネ、」


   前を歩くウネの横に並び、声を掛けるこちらを見た彼女の瞳は優しく、何を言いたいのか理解しているようにも思えた。


「あの時…背中を押してくれて、ありがとうございました」

「礼を言われるような事じゃないよ。あんた達にはやらなけらばならない事がある。それに…」


   想い人を待たせてばかりいたら心配だろう?

   片目を閉じ、茶目っ気を含んだ言葉を投げ掛けられ、ユウリはほのかに赤面した。

   なぜ知っているのだろうか。確かに夢の中で彼の名を呼んではいたが…よもやそれが恋心とまで見抜かれているとは夢にも思うまい。いや、夢だったのだからそれはウネの管轄か…どちらにしても恥ずかしい。


「おっといけない。忘れない内にこれを渡しておこう」


   ウネはそんな心境のユウリを知ってか、微笑ましく目を細めて懐から何かを取り出し前を行く皆に呼び掛けた。


「これは?」

「あんた達が持っている二本の牙、そしてこの牙…なくしちゃ駄目だよ。これはみんな、ザンデが作り出した、行く手を阻む四つの像を倒せる大切な物なんだ」

「よく分からないまま受け取って持っていたけど…大事な物だったんだな」

「牙はもう一本ある。土の牙だ。それを手に入れるためにも巨大船が必要なのさ」


   古代遺跡。サロニアのエンジニアが言っていた所と同一だろう。いつか立ち寄る事があるかもしれないとは思っていたが、それは予想よりも時期早々と訪れた。

   巨大戦艦が眠る古代遺跡。エウレカと呼ばれる所へ続く鍵を取りに行った、ドーガとの約束。そして残る土の牙。これからやるべき事に導かれた先、待ち受けているであろう魔王ザンデを倒す事が出来たのなら…この旅に終止符を打つ事になるのだろうか。

   皆で歩んだ旅路に残された数々の軌跡は、確実に皆の糧になっているのだろうか。楽しい思い出も、悲しい出来事も全てが力となってくれているのだろうか。

   確信は持てない。なぜならばそれは、その時になって初めて実感出来る事だと思うからだ。勿論、旅立った当初と比べたら格段と強くなったと思う。行く先々でのクリスタルから授かった力は、常に皆の胸の内にある。

   その力が変換され希望という名に変わるのならば…今までの経験も、これから起こりうる事も。どんな事でも、受け入れて行かなければならない。世界を守るため、そんな事は分かっている。分かっているけれど…

   …その希望が、光の戦士達の心にとっても最良のものだったら良いのに。現実は優しい事ばかりではない。何も失わずして得られる程、簡単に勝ち取れるものではない。これ以上、哀しみに心を引き裂かれる前に。掴んだ手掛かりを離さず喰らい付いて行くしかないんだ。

   足を踏み入れた古代遺跡の最奥、そこに眠る巨大戦艦を見て思う。きっとこの旅は終わりに近付いているのだ、と。戦艦の名の通り、長く戦地へと赴くのに相応しい大きさと設備を兼ね備えている、この巨大戦艦の名はインビンシブル。オーエンの塔やこのインビンシブルを作り上げた古代人の知識と技術は、今の時代に生きる人々よりもはるかに優れていたのだと感じた。

   一通りインビンシブルの操作方や設備の説明を受けた後、この巨大戦艦をいざ地中から浮上させようという所でウネが小さく声を上げた。


「ドーガが呼んでる…」

「えっ?行っちゃうの?」

「ああ。後はあんた達だけでやり遂げなきゃならないよ。まずアムルの北にある暗黒の洞窟に眠る、土の牙を手に入れるんだ 。そしたらドーガの館においで」

「ドーガの館に?」

「そうだ。そこであんた達に渡すものがある。頑張るんだよ!土の牙を手に入れたらドーガの館で会おうね。それじゃあね!」


   すぅ、とウネの姿が消えた。テレポとは違う空間移動の魔法だろうか。ドーガが呼んでいるという事は、皆の力になるものを違う場所へ取りに行ったのだろうか。突然の別れに戸惑ったが、病を患っているドーガを一人にしておくよりはずっと良い。

   こちらはやるべき事をやるだけだ。アムルの北にある暗黒の洞窟、そこで土の牙を手に入れる。次に向かうべき先は決まった。そうとなればすぐにでも出立しなければ。ドーガの命が、消えしまう前に。






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