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十日後──London
「ビショップをd3に」
「すみません、ミランダ。結界装置のバッテリーが切れてしまって……こんなに長丁場になるとは……」
「壊れたチェス盤の《時間吸収(リバース)》中なのに、《時間停止(タイムアウト)》まで……」
「だ、大丈夫です。キエさんとマオサさんは休んでください」
「ひぃいぃいいっ、神よぉぉおぉ、お守りくださいましぃぃ〜〜〜〜っ!!」
「気が散るから黙って」
雲雀達はロンドンのとある墓場にイノセンスの回収のために赴いていた。そこでチェスをしていたのは雲雀、その隣にはハワード・リンク、そして背後にはエクソシストやサポーター等が取り囲んでいた
「イノセンスを渡せぇえぇええっ!!ここを開けろぉ──っ!!」
「ぎゃぁあぁあっ!いいっ、嫌ですぅ〜〜!!あなた、私達を殺すでしょう?」
「当たり前だ、クソ女ぁ!」
「ちょっと、アンタ!まだかい!?」
「煩いって言ってるでしょ。話しかけないでくれる?……ポーンをe5に」
「この貧弱女ぁあぁあ!!」
「だ、大丈夫なのかい!?」
「そ……そろそろ、私の体力が……」
「「えっ」」
ミランダの言葉にキエとマオサは顔を青ざめさせる。しかしアクマは攻撃を止めるどころか、強めるばかりであり、そんな時、ゴキンという音が響く。
「糞とか貧弱とか、女性に対して失礼にも程がある」
圧倒的な力でアレンが次々とアクマを切り刻むと発動を解き、いつものように静かに追悼の言葉を告げる。
「哀れなアクマに……魂の救済を……」
「……(これなら、いける)」
「オイ、そっちはどうなってる。まさか負けてたりしねェだろうな?」
「そっ、そんな言い方はよくないわ、神田くん。彼と雲雀くん以外、私達みんな負けちゃったんだから……」
「うるせぇ」
雲雀の隣に座り、神田は武器である六幻を傍に置くとチェスの成り行きを見る。どちらが優勢かも彼に判断するよりも早く小さく、しかし力強い言葉が静寂を破った
「……王手(チェックメイト)」
「「やったぁ!」」
「これで僕の勝ち。久々にこれほどまでのゲームを出来て楽しかったよ、Mr.マーチン。約束通り、指輪をもらうね」
「とんだチャンピオンだよ。夜な夜な化けて出る奴があるかい!死んでまで迷惑かけんじゃないよ、バカ弟が!お前は負けたんだ。もうここいらでいいだろう?」
お婆さんが問えば手だけが浮いていた部分がさらさらと砂になっていく。それを見届け、残った指輪を手に取った雲雀は立ち上がると足早にその場所から去っていく
「イノセンス、回収した」
《了解。ゲート28番の地点で待機してください、開けます。本部へ帰還せよ、との命令です》
「了解」
神田は短く返してから少し前を歩く雲雀を大股で追いかける。そして用意されていた馬車へと乗り込み再度本部との通信を行う
《こちら本部。5時25分に28番ゲート開通します》
「了解。こちらは現在異常なし。予定通り向かってます」
馬車に揺られながら雲雀は夜空に浮かぶ月を見上げていた。その中でアレン、ミランダと同乗してはいるものの会話はなく、ただそこにいるだけだった
「雲雀くん……」
「……」
「(恭弥、あれから人と付き合うのがめっきり減りましたね)」
アレンの考えている通り、雲雀はここ数日の間、最低限の人付き合いしかしなくなっていた。それを不審に思う者もいれば、安堵する者、それぞれだったが、以前からそこまで交流が多い方ではなかったこともあり、教団の中では特に気にも止めることも無く、ただ日々がすぎていた。しばらくして教会の近くで馬車を降りた一行はキエやマオサと別れ教会へと向かう
「こんな夜中に訪ねて大丈夫かしら?」
ギッ……
「ご苦労さまです、エクソシストさま。司祭のフェデリコです」
手を差し出すフェデリコをミランダはしばらく考えてから挨拶をすると握手をする
「…………。いえ、その……?」
「??」
「握手じゃなくて、司祭の手に自分の暗証番号を指でかくんですよ」
「これから、ゲート地点では毎回、味方の識別を行います。暗証番号は任務の度変更され、仲間内でも非公開が原則です。なので忘れると大変ですよ」
「えっ」
戸惑うミランダに対して、アレン、そしてリンクが今後の注意も踏まえて説明をすると再びアレンが説明を始める
「ホラ、任務前に8桁の番号、教えられたでしょ?」
「あっ、そっ、そうだったわ。すみません、私ったら」
「いえいえ。番号を一度でも間違われると、用心のためゲートの部屋へお通しすることができませんのでお気をつけください」
「えっと……8…3の……」
「ミランダさん、声!」
アレンが注意するも時すでに遅し。その後ろにいた苛立った神田が声をあげた。もちろん中々進まないミランダに対してである
「《暗証》のイミ、わかんねェのかよッ。黙ってさっさとかけ!!」
「ひっ。ご、ごめんなさいっ」
「コラ!」
「なんだよ?」
「あなた方、同じパターンで喧嘩するの今日で何回目ですか」
火花を散らせるアレンと神田に特に突っ込む様子のない雲雀。読書をしながらリンクが続けた
「まったく……あなた方は、仮にも教皇の威信の象徴であるローズクロスを掲げた存在なのですから、それに見合う品位というものを少しはもって……」
「(ピクッ)……煩いな」
「はい?」
「うるせェんだよ、お前ら」
「僕の知ったことじゃない。そんなことはどうでもいい。教皇?ローズクロス?勝手にすればいい。僕には関係ないし、品位とか気にしてるくらいだったら他のことでも気にすれば?」
早々に暗証番号をフェデリコの手にかいて教会の中へと足を踏み入れた。その背中を見送りながらミランダはまた肩を落とす
「ごめんなさい。私のせいね……神田くんと雲雀くんの機嫌を悪くしてしまったわ」
「……ミランダのせいじゃないですよ。神田をイラつかせてるのは、僕かな……恭弥も、リンクに対してもキツイですし、それに彼はどうすればいいのか分からないんですよ、きっと…」
雲雀とアレンが新本部でクロスと対面した次の日に教団幹部とエクソシスト全員がルベリエに呼び出された時をアレンは思い出していた。
「アレン・ウォーカーは14番目というノアの宿主であることが判明し、雲雀恭弥も様々な記憶を持ち合わせていることも同時に判明しました。ですが、表向きは今後も彼らには教団本部に在籍し、エクソシストの役務を続行してもらいます。なお、この件には箝口令を敷き、中央庁及び教団幹部、そしてエクソシストのみ知るものとします。
今は、アレン・ウォーカーの奏者の能力と雲雀恭弥の戦力が教団にとって必要であり、これ以上の減少は痛手であることから、中央庁はノアと異物をしばらく飼う結論に至りました」
ルベリエの説明に皆がざわつく。コムイの隣に立つアレンは顔を伏せ、神田の隣にいる雲雀は不機嫌そうに目の前に立つルベリエを睨み付けていた。
「コムイ室長」
「只今をもってエクソシストに教団司令官として無期限の任務を言い渡します。アレン・ウォーカーが14番目に覚醒し、我々を脅かす存在と判断が下された場合、もしくは雲雀恭弥が不審な行動を見せ教団を襲う素振りを見せるようであれば……」
次の言葉がコムイの口からは出てこなかった。立場上、告げなくてはならないが、それ以前にコムイ自身もホームの一員であり、彼らは家族も同然の存在なのだから
「(言え、今は、こうするしか彼らの生きる道はない)」
「その時は僕を殺してください」
「これ以上僕に関わるべきじゃない。最後の介錯は神田ユウ、ただ一人にお願いする」
「でも、そんなことにはならない。14番目が教団を襲うなら、僕が止めてみせる」
「僕は元々異常だ。だったら、最期くらいはユウに殺してもらうか自分で死ぬ道を選ぶ」
静寂の中淡々と告げられる二人の言葉に対し、その場にいたルベリエ以外の全員が息を飲んだのだった。
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