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「ここは……っ。師匠……リナリー?」
師匠であるクロスから使いを頼まれるなり、ティムが開いた空間に吸い込まれたアレンが意識を取り戻した場所は真っ白で埋め尽くされ、ピアノとソファーだけが置かれているシンプルな部屋だった。辺りを散策するように見回しながらアレンは立ち上がる
「方舟のなか、なのか……?」
【ココハ千年公モ知ラナイ……「14番目」ノ秘密部屋……】
「お前は……!(リナリーや恭弥が泣いてたあの夢でみた…)」
【オレノ「鍵」……オレノ……】
「?カギ……?」
そこに存在する黒いモヤのような姿のまま、彼はピアノを指差す。
「ティムキャンピー……?」
【「アレン」、「オレノティムキャンピー」。フタツガ「奏者ノ資格」】
「「ソウシャ」……?なんのことだ。ティムキャンピーは師匠のものだ。お前のじゃない。何者だ、お前……!」
《ピガガッ……》
《馬鹿っっ弟子ぃぃぃ!!!》
「!!…………っ」
アレンは耳に大音量で届いた声に悶絶する。その耳に届いたのは自身の師であるクロス・マリアン。その声は収まることなくアレンの耳に再び届く
《とっとと転送(ダウンロード)を止めろオラァ!!》
「し……っ、しょ」
《「部屋」に行けたのか!?》
《アレンくん、大丈夫!?聞こえる?》
「リナリ?あっ、はい、大丈夫です。……ってかなんかふたりの声、近くないですか……」
アレンはそこまで口に出してからはっ、と気づいたように声をあげる。通話越しで状況がわからないとしても、通信機は耳に付けられており、そこからリナリーの声の音量を考えると距離がそんなに離れていないことに気がつく
「師匠!リナリーに触らないで下さい!」
《あ〜ん?お前こっちが今どんだけの床面積で頑張ってると思ってんだオイ。抱っこくらいでピーピー。本当は恭弥の奴も抱き締めてぇよ》
《気にしなくていいから!アレンくん!》
《そこにピアノはないか!?》
「えっ、はい、ありますが……って師匠、恭弥は」
《馬鹿弟子が恭弥の名前を呼ぶんじゃねぇよ。つか、そのピアノが船を動かす「心臓」になる。弾け!》
クロスの言葉にアレンは驚き、目を丸くした。目の前にある黒鍵と白鍵が逆のピアノを見ながら叫びながらも涙目になっていく
「あの……?僕ピアノは生まれてこのかた一度も……」
《ティムが楽譜をもってる》
「ってちょっと!楽譜の読み方なんて知りませんッッ!!」
《借金増えんのと、どっちがいい》
「それと二択かいっ!どっちも無理です!!」
《そ……すれば舟はお前の意のま……に……》
ブツッ、ブツッとノイズが混じり始めてやがてピーッと音を立てて通じなくなった無線機にアレンはクロスへと呼びかけていく
「!師匠!?」
【「アレン」ガ弾ク】
「!どっ、どうして僕なんだ……!?」
【「アレン」ノ楽譜ダカラ】
その言葉と共にティムの口から映像が現れる。その譜面とも言い難い記号のようなものを見たアレンは再び驚愕の表情を見せる。それはここにあるはずのないものだった
「!?これが……楽譜!?この紋章……。ちがう、まさか……ちがう……っ。この文字が、どうしてここに……っ」
【ソレハ唄。旋律ハ……「アレン」ノ内(なか)……】
鍵盤に触れたアレンは自分の意思とは反して鍵盤を弾き始める。それに呼応するように鏡越しのモヤの彼も同じ動きをしており……
「!?手が、動く!?ひ、弾ける?どうして……っ、この詩につく曲なのか!?読むと……メロディが勝手に頭の中に…流れて、くる……!メロディ……?ちがう!僕の頭の中で歌うのは誰だッ!?」
――そして坊やは眠りについた……
息衝く灰の中の炎
ひとつふたつと
浮かぶふくらみ
愛しい横顔
大地に垂るる幾千の夢
銀の瞳のゆらぐ夜に生まれおちた輝くおまえ
幾億の年月がいくつ祈りを土へ還しても
「ワタシは 祈り続ける」──……
ザザッ……
《方舟を操れ、アレン!お前の望みを込めて弾けっ!》
「望み……?」
《早くしろっ!》
「望みはっ……転……送を、方舟を……っ」
喉まで出てくるが上手く言葉に出来ずアレンは言い淀む。その時、ふと以前に方舟に初めて足を踏み入れた時、通信で話していたコムイの言葉がアレンの脳裏を過る
《思いつかないかい?
まずはおかえりと言って肩をたたくんだ
でリナリーを思いっきり抱きしめる!
アレン君にはご飯をたくさん食べさせてあげなきゃね
ラビはその辺で寝ちゃうだろうから、毛布をかけてあげないと
大人組はワインで乾杯したいね
ドンチャン騒いで眠ってしまえたら、最高だね
そして少し遅れて神田くんと恭弥くんが仏頂面だけど、いつものように二人並んで幸せそうに入ってくるんだ》
その言葉を思い出したアレンは決意する。そう、彼の望みはただ一つ、ここで決まったのだった
「(僕の仲間を返せ──!)消えるな、方舟ぇええ!!」
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