「寒い……」

「しばらく海に沈んだっちょったから、きっと体が冷えたっちょね」

甲板の少し離れた位置でアクマに下ろされた雲雀は膝を抱える。その背中にはミランダからかけられた毛布を羽織、短く礼を言うとミランダはその場から離れる

「マリアンから伝言を預かってる。《お前は江戸に来い。もしあいつらが付いてくるようなら、できる限り、守れ》と」

「あはは……僕にそれを言うか……クロスの馬鹿……。僕は、何も守れやしない。守ろうともしないんだ……そんな伝言、聞けないよ……」

「でもお前は守ったっちょ。あの娘と船を守ろうとレベル3に向かって行ったちょよ?」

「あれは、僕が生きる為に選んだ……僕の自己満足だ」

天にある月を見上げながら雲雀は嘲笑するとアクマが乱暴に雲雀の頭を撫でる。その様子はまるで人のようで

「お前は十分頑張ったっちょ。恭弥、お前変わったっちょね」

「変わった?」

「うん。昔より笑うようになったっちょ。それに、仲間思いになったっちょ」

「……笑う、か……。ちゃんと、笑えてるのかな……僕……」

「オイラの見た限りは笑えてるっちょ。でも今は少しでも休むっちょ。オイラが江戸に連れていくっちょから」

「……分かった……おやすみ……」

膝に顔を埋めた雲雀はしばらくすれば規則正しい寝息をたてはじめる

「じじい!この物体、ホントにリナリーの靴(イノセンス)なのかよ」

「そこはたいした問題(こと)ではない。重大なのは、《武器化》という拘束を解いて、こいつが勝手に動いとるということだ!《イノセンスが適合者を救った》!?こんなことは《異例》だ。こんな現象(こと)が可能だったならば、歴代のエクソシスト達が戦死せんとする時、なぜ同じことが起こらなかった!!(リナリー・リーだから助けたというのか。それとも……これは、貴重な記録だ)」

「(じじい……まさか……リナリーのイノセンスが……)」

「《ハート》なんかねェ?」

ラビの言葉を引き継ぐようにアクマがジュースのようなものをのみながら言った。そんなアクマをラビは思いきり槌で殴る

「なんだよ、盗らねェって!オイラ、お前らの味方だっつってっちょ!恭弥もオイラと知り合いなの見ただろ!」

「んな、すぐ信用できっか!クロス元帥の使いだと……?敵(アクマ)が!?」

「だから、改造されてぇ……っ」

「クロス・マリアンはアクマの改造が出来る唯一の人物だ。このことは、黒の教団の誰も知らない。ワシだけが知っとることだがな……まさか雲雀まで知っておったとは……」

「ホレみろ」

「〜〜〜〜っ」

「ティムが付いとれば確実だ。安心しろ」

「お礼を言われたいくらいっちょ!お前らが空のアクマに攻撃すっとき沈んでる、この船を浮かばせてやったのオレなんだっちょ!」

「えっ、ウソ」

「礼言え!!」

「あ、ありがとうございました……」

「恭弥は心配いらないっちょ。少し眠るから邪魔をしたら咬み殺すって言ってたっちょ」

「恭弥の睡眠、妨害したら後が怖いさ……」

ラビは過去に経験したことがあるため、その光景を思い出し顔を青ざめさせる。

「あ、アクマの改造が可能だなんて、科学班のみなさんが聞いたらビックリするんじゃないかしら……」

「時間が無いっちょ。マリアンから伝言を預かってんだ!マリアンは死んでない。日本に上陸して、任務を遂行しようと江戸に向かってる」

「任務……?」

「元帥は、まだ江戸じゃないんさ?」

「近くまで来てる。でも、近寄れない」

「………。江戸に何があるんさ?」

「あそこには《箱》がある。とっても大きな《箱》アクマの魔導式ボディ、生成工場(プラント)。マリアンの任務はその破壊っちょ。恭弥はその補佐を任されたんだっちょ」

「「「(ちゃんと仕事してたんだ、元帥)」」」

クロスが仕事を遂行していることに驚いた3人だったが、その動きが思うようにできていないこともアクマが伝える

「でも、予想以上に障害が多くてマリアンは今、動きにくくなってる。そこに、自分に護衛が向かってる情報を手に入れて、恭弥をこっちに加えて、オイラを差し向けたっちょ」

「《ハート》の候補者としてノアとアクマに集中されてんだもんな。オレらの助けを必要としてるってことさ?」

「ちがう。オイラはお前達に警告するよう言われて来たんちょ!もし警告(コレ)を聞いて……足手まといになるなら帰れとマリアンは言った」

「元帥はなんと?」

「ちょっ!日本はもはや伯爵様の国。江戸帝都はその中枢──レベル3以上の高位アクマらの巣だ。生きて出られる確率は低い」

音を立てて結晶の回りを光が包みながら光が細くなっていく。そして細くなった光の後に残るのはリナリーの姿

「リナリーちゃん!」

「光が細くなってゆくぞ……っ」

「リナリー、リナリー!」

「ラビ……わたし……わたしは……まだ、せかいのなかに、いる……?」

涙を流しながらラビは泣いているリナリーを震えつつも抱き締める。その頭上からは雲雀がふらりと立ち上がり言葉を発した

「……で、どうするの」

「もう起きて大丈夫なのか、雲雀」

「体は少し動きが鈍いけど、平気。でも、まだイノセンスは充分に使えないだろうね。……日本に入れば、これよりも苦しむことになるよ。それでも進むか、引き返すか。どちらを選ぶつもり」

「進もう。ここで戻るなんて出来ないよ。戻ったら、ここまで道となってくれた人達の命を踏みつけることになる。恭弥くん……私……」

「……何も言わなくていい。これからはそんなこと、言ってられないんだ。それに……君はよく頑張ったよ。僕よりも守るものがある君が、改めて羨ましい」

「恭弥くんは、日本について何か知ってるの……?」

「記憶の片隅に、なんとなく。江戸はアクマが人口の殆どを占めている。……それでも行くつもり?」

「行くよ、私は」

ぐ、とリナリーは立ち上がろうとするが、イノセンスの強制開放の影響からかうまく動かせなかった。そんな彼女を右側をクロウリーが、左側をラビが支えて立ち上がらせる

「リナリーに賛成ぇー」

「である」

「オレらボロボロだけどさ、でも、そこは曲げちゃイカンよな!」

「行こう──江戸へ!」


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