イギリスといえど、夏は暑い。
地下は地上より幾分か涼しいはずなのだが、火を焚いて大鍋をかき回していては、茹るような暑さからは逃れられない。それなのに、この土気色の顔をした男性は真っ黒な重たげなローブを身にまとっているくせに、汗ひとつかいていなかった。
だがその眉間には、不機嫌そうな皺が深く刻まれていた。

───あやつは、何を考えておるのだ。
セブルス・スネイプはイライラと鍋をかきまぜた。

新学期から助教授となる名前・名字。その勤勉さと優秀さに私は仕方なくそれを認めた。本人の魔法薬学に対する情熱が並外れていたからだ。

というのに、彼女は新学期からの授業について質問のふくろうもない。ホグワーツを卒業した彼女はもう立派な社会人であるからして、私が口やかましく催促のふくろうを送るべきではない。彼女は未だにホグワーツの生徒気分なのだろうか。社会人としての自覚が足りない。
新学期の準備として助教授がやらなくてはいけないことはたくさんある。…確かに、つい先日まで生徒だったのだ。すぐに社会人として生きろ、等というのは無理があるとは思う。
校長から、彼女を一人前にするのも君の仕事じゃ、とも言われた。
何故、私が。
溜息をつきながら火を消し、完成した魔法薬を瓶に流し込み、外の空気を吸うため研究室を出た。
校舎は静まり返っているため、廊下を歩く自分の足音がやけに耳につく。新学期になれば、この足音はもうひとつ増えるだろう。そう、彼女の──……。

ふと、私は足をとめた。

何故、新学期まで彼女を待たねばならんのだ。

彼女には仕事を任せるつもりだと考えていたばかりではないか。溜息をついて、私室へと戻り、外出用のローブをはおった。彼女を迎えに行き、嫌みをねちねちと言いながら、社会人とはなんたるかを叩きこんでやろうではないか。

ホグワーツの校門を出て、姿現しを何度か行い、彼女の家の庭までやってきた(実は家の前に現れるつもりだったのだが)。
ちょうど扉が開いており、そこから畳に座る彼女の驚いた顔が見えた。

「新学期の準備がありますぞ、助教授殿」

私の言葉を聞くなり、彼女は立ち上がってつっかけを履いて外に出てきた。

「本物の教授ですよね?私てっきり、白昼夢でも見てるのかと思いました!」

「……支度をしたまえ」

私の腕を恐る恐る触って、おお、実体だ、等と感動している彼女を引っぺがし、私はイライラといった。なにせ、日本の日差しはイギリスのそれより厳しいのだ。
だが、私の表情を見ても彼女はひるまず、太陽のように顔をほころばせ、にっこりした。

「了解です!」

二本の空はイギリスより深い青で、日光を浴びる外は酷く暑く感じられた。だからきっと、今、私の顔が熱いのもそれが原因だ。




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