「せ、せんせい……」
「何も言うな。しばらく、このままで」

いつも冷淡な彼が見せた意外な行動に、名前は目を白黒させた。

「許してくれ。我輩はあの日――」
あの日、穢れた血と罵言しなければ、
あの日、シビルの予言を洩らさなければ、
彼女は今でも並んで歩いてくれただろうか。


スネイプは呻くように声を絞り出し、あとの言葉は呑み込んだ。
何も知らない少女に聞かせるわけにはいかない。
誰にも踏み込まれたくない、スネイプの苦い記憶だからだ。

「あの日?」
狼狽するスネイプに聞き返し、あの日、の意味を考える。
彼との数少ない思い出の中に、改めて謝られるような事は1つもなかった。

「スネイプ先生、あの日、って」
誰に向かって言ったのか、名前は聞かずじまいに終わった。
スネイプは質問に取り合わず、激しく抱き締めたまま動かない。
僅かに震えている。
冷淡で厳格、今まで思いきり笑った事がないような、あのスネイプが。

「スネイプ先生……」
胸騒ぎを覚えたが、名前はどう表現していいか分からなかった。

1997年 夏、スネイプが偉大な魔法使いの命を奪うまで あと少し。
彼に全幅の信頼を寄せていたダンブルドアは、なすすべもなく息絶えた。
それが示し合わせた殺害だったと知れるのは、スネイプが噛み殺された後となる。

生涯かけて愛した女性の後ろ姿を、名前に重ねた約7年間。
名前を後ろから抱き締める事で、彼はリリーの片影を掴めるような、そんな気がした。
赤い髪の後ろ姿は、孤独なスネイプの拠り所。
誰も知らない、身を切るような愛のしるし。


「今日だけ、ですよ」
名前は囁き、顔の見えないスネイプに ほほえんだ。
どんな顔をしているのだろう。後ろから抱き締められた名前からは、スネイプの表情が分からない。
いま振り返れば、今まで見たことのない、壊れそうな彼のかんばせが拝めるかも……。


(それがいったい、なんだというの……)
名前は詮無き事だと小さく首を振り、しがみつくように腰にまわされた大きな腕を見下ろした。骨張った手に、しなやかな手をそっと重ねる。
目には涙を浮かべていた。
今日だけ、なんて馬鹿げてるから。
今日は二度と巡ってこない。
スネイプは二度と、名前を抱き締めない。

「スネイプ先生、私は何も聞きません」


仰せの通り、先生、しばらく、このままで。



終わり


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