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コツコツ コツコツ
静かなホグワーツの廊下に、歩く靴音がやけに大きく響く
今は夏休み。生徒は皆、家へと戻り、ホグワーツに居るのは 数人の留守番の先生とゴーストくらい。
足音を響かせ、たどり着いたそこは、図書室。
スネイプ先生は誰もいない図書室に足を踏み入れると、専門図書のコーナーへ足早に進む。
(今年はいよいよハリーポッターが入学してくる。
故に今年の夏休みは家に戻らず、ホグワーツでダンブルドアと、これからの具体的な対応を練なねばならない。
用心に越したことはないからな。)
そんな事を思いながら、スネイプ先生は本棚の間を足早に歩き、必要な本を数冊、棚から引き抜いた。
そして地下牢へ戻ろうとした時、窓から不意に風が吹き抜けて、スネイプ先生のマントがはためいた。
涼しさに窓へと目をやれば、窓の外は真っ青な空に白い雲が浮かび、風に流され動いている。
木々は風に揺れ、葉がザワザワッと音を立てていた。
引き寄せられるように、窓辺へと歩いて行ったスネイプ先生の目に、大イカが太陽光で煌めく湖の水面を、悠々と泳いでいるのが見えた。
(ああ‥あの時もこんな景色だったな…)
不意に蘇った遠い昔の時間…
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「ほら、セブ〜!」
セブルスの方を振り返りながら、朱い髪をなびかせ、湖の岸辺をリリーが裸足で走っている。
「水が冷たくて気持ちいいわよ。セブも裸足になろうよ。」
緑の瞳がセブルスだけを見つめている。
湖の水面は日差しでキラキラと揺らめき、心地よい風が吹き抜ける。
「僕はいい。エバンズ、裸足だと怪我するぞ。」
眉間にシワを寄せながらも、頬をうっすら赤らめて、セブルスは前を走るリリーに叫んだ。
「平気よ!セブもやったらいいのに。ホントに気持ちいいんだから。ほら!」
リリーはそう言うと、立ち止まり、湖の水を手のひらにすくってセブルスにかけた。
「なにするんだ。冷たいじゃないか!エバンズははしゃぎ過ぎだ。」
「だって、セブとこんなにゆっくり出来るのって、ポッター達が罰則を受けている時くらいじゃない。ことあるごとに、何か仕掛けてくるんだから、まったく。どうしてああなのかしら。」
おでこにシワをよせながら、そう話すリリーが可愛くて、セブルスの胸のドキドキは加速する。
「あいつらは、根っから嫌な奴らなんだ。」
そう…いつも絡んでくるポッター達を気にせず、こうしてリリーとゆっくり過ごせるのは、あいつらが今、フィルチへの悪戯の罰則を受けているから。
「そうね。…もうよしましょう。ポッターなんかの事をかんがえるのは。それより今は…ほらっ!」
リリーはまた、セブルスに水をかけた。それは、セブルスの顔に命中した。
けれど、セブルスは頭から水を滴らせながら動かない。
「セブルス?…ねえ、もしかして怒ったの?」
リリーは急に心配そうに近寄り、セブルスの顔を覗きこんだ。
「ねえ、セブルス……」
20センチほどの距離で緑の瞳がセブルスを見上げている。
「……!」
目が合い、セブルスはおもわず視線を逸らした。
まさか君に見とれていたなんて言える筈がない。
セブルスはドキドキが急加速する心臓を持て余しながら、黙り込むことしか出来なかった。
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「こんな所に居ましたか。スネイプ先生!」
マクゴナガル先生が窓辺にいるスネイプ先生を見つけ、図書室に入って来た。
呼んだはずのスネイプ先生は、後ろ姿のまま反応がない。
「スネイプ先生…ス・ネ・イ・プ・先生!」
尚も声を大きくし呼ぶと、やっとスネイプ先生は振り返った。
「何を夢から醒めたような顔をしているんです。しっかりして戴かないと。」
呆れたようにマクゴナガル先生が言った。
「何か用ですかな、マクゴナガル先生。」
急に現実に戻され、それでも何事も無かったように落ち着いた声でスネイプ先生は応えた。
「ダンブルドア先生が校長室でお呼びです。」
「ああ、すぐ行きます。」
マクゴナガル先生の後ろ姿を見送ると、スネイプ先生はまた窓の外を振り返った。
あの頃と変わらない風景…。
『好きだ』と君に言えぬまま、時が過ぎた。そしてそれは、もうけして伝える事はできなくなった。想いはずっと、この胸にある…。
(君の忘れ形見が、今年ホグワーツに入学する。守ってみせる。必ず!)
決意をあらたに、スネイプ先生はマントを翻し、図書室を後にした。
窓からはそよ風が吹き抜け、カーテンを揺らしていた。
ーFinー