目を閉じると、遠くで無数の声が飛び交うのが聞こえた。多分、クィディッチピッチでどこかの寮が練習をしているのだ。

寝転ぶ自分の耳をくすぐっているのは柔らかい芝生で、ぽかぽかした日光を浴びていると心地よい睡魔が襲ってきた。

休日とは実にいいものだ。面倒くさい授業について考えなくていいのだから。
外の空気は心無しか、城内より美味しく感じる。


そんな風に休日を楽しんでいた私は、突然嫌な予感を感じ跳ね起きた。

瞬間、身体に水しぶきがかかる。続いてゲラゲラ笑う声。こんなことをする奴等は彼らしかいない。


「ジェームズ!シリウス!何すんのよ!」

「いやぁ、君があんまり気持ち良さそうにしているからさ、嫉妬しちゃって」



嘘つきめ、罰則で午前中を潰された腹いせなくせに。

「あんたたちにあたしの休日を邪魔する権利はないわよ。リリーに言いつけてやるから」

「そうそう!そのエバンズはどこだい?さっきから彼女を探してるんだけど見当たらなくてさ。君なら知ってるだろ?」

「知ってても教えないわよストーカー!」


杖をひとふりして服を乾かし、仕方ないので腰をあげる。ここにいたんじゃこの悪戯大王たちに絡まれるだけだ。休日を有意義に過ごしたいなら早めに引いた方がいいだろう。
まったく、リーマスは何をしているの?ああ、きっとピーターの変身術の補習に付き合ってあげているに違いない。あなたがいなきゃこの二人を誰が止めるのよ?


「ああそうだ、。レギュラスならあっちにいるぜ」


早く立ち去ろうとしていた私の背に向かって、シリウスが言った。
意に反してギクリとしてしまった辺り、私もまだまだ甘いと思う。

別にそれが何なのよ、みたいなことを言ったら(実際はもっと意味不明なことを言ったのかもしれない)、「捨て台詞がそれ?」という囁きが聞こえたが、気にしたら負けである。


別にシリウスの言葉に感化された訳じゃないけど(違うわよ、たまたまそうしただけ)足は自然と“彼”の方へ向かっていた。


木陰に座り込んで本を読んでいる彼は、兄よりも少し華奢な身体をゆったりと木に持たれかけていた。

私が近づくと、少し顔をあげて、すぐに視線を本へ戻した。今、若干傷ついたよ私。

んんっ、と喉を整えてから、「久しぶり」と言った。

「はい」と返された。

他人行儀な所は相変わらずだけど、前は返事すら帰ってこなかったんだから進歩した方だ。
本を持ったまま片手をついて身体をずらす。私は彼が作った不器用な空間に腰を下ろした。

レギュラスの横顔をちらっと盗み見ると、彼は湖を眩しそうに見つめていた。つられて見ると、成る程、蒼い空と日光を移した水面は乱反射してキラキラと光っていた。

「あんまり似合わないよね、レギュラスと夏空って」

レギュラスと言うよりは、彼を含むスリザリンのある集団のことだが。
どちらかと言うと梅雨のじめじめが彼らにはお似合いだ。


「暑いのは好きじゃないです」


ぶっきらぼうに返される言葉は私の心を控えめにくすぐる。
自由奔放な兄を反面教師にしたせいか、彼はあまり自分の感情を表に出さない。そんな彼の本音を聞けるのはグリフィンドールじゃ私だけだと胸を張って言える。悔しいのは別段仲が良い訳じゃないのに、彼のことをわかってる兄貴の存在だ。まぁ兄弟だから不思議じゃないけど。


「兄さんがここを教えたんですか?」

「は?シリウスが?ちがうよ!偶々見つけたの」

「からかわれてるって気づかないんですか、兄さんに」

あきれたような口調のレギュラスに、少しムスッとしながら「別に気にしてないし」と返した。で、いった瞬間「ああこういうところが女らしくないのかな」と軽く自己嫌悪。脳内ビジョンで現れたシリウスが鼻で笑っている。目の前にいないのに腹立だしいやつだ。私が出したんだけど。


「兄さんは……名前のことが好きなんじゃないかな」

「ぶっ!!」


思わず吹き出した。と一緒に脳内ビジョンのシリウスを吹き飛ばす。(高笑いして飛んでいった)


「何いってんのよ!あいつが?私を?あっちが仮にその気でもこっちがお断りよ」

「僕はお似合いだと思いますけど。兄さん、名前みたいなタイプ好きそうだし」


そ、そうなのか……っじゃなくて!
ショックだ!よりにもよって好きな人にそんなこと言われるなんて。
頭上の青空とは反対にどんよりとした曇り空になっていく心。

「私…あなたが好きなんだけど?」


こんなこと言うのは初めてじゃない。いつもアタックしてきたし、似たようなことも何度かいっている。だがそのたびに、

「そうですか」

と悩みもせず顔を赤くもせず返される乙女の気持ちを考えてほしい。よくぞ持ちこたえているな私の強靭な恋心よ。


叶わないことはわかっていた。彼の一族は純血の名門一家で、私はマグルと純血のハーフ。本来こうして会話していることすら奇跡に近いのだ。絶縁しているシリウスは別として。
またスリザリンにある病んでる集団(ジェームズ命名)はマグル出身者を毛嫌いしているので、きっと裏ではレギュラスも私と関わるのを咎められているに違いない。

でも、話してくれる。彼は優しいから。誠実で、何色にも染まっていない。例えブラック家だろうがスリザリンカラーに囲まれていようが、彼なら自分を貫けると私は確信している。そういうところは兄弟そっくりだから。


「だって私と話したりしてくれるじゃない」

「話さないと怒るじゃないですか。それに兄さんとはもっと話してるでしょ」

「あれは絡まれてるだけなの。私はレギュラスが…」

いいかけて、やめた。

自ら傷つきにいくほど私はバカじゃない。

「でも、諦めないよ」


子供っぽい発言だと自分でも思った。でも、言っておかなければこの関係を繋ぎ止めておく自信がないから。


湖の水面がオオイカの足で揺らされて、乱反射する太陽の光が無数のダイアモンドのように見えた。


湖まで駆けていって靴を脱いで水に足を浸すと、思ったより生ぬるい。ひんやりとした感覚を求めて歩を進めると、いきなり深みにはまってしまった。

「ッ!!」

思わず息を飲んで身体を強張らせると、不意に腕を捕まれ岸辺まで引っ張りあげられた。


「馬鹿?」


疑問形で言われた


「意地張るなってんですよ」


あれ、おこっているのだろうか。敬語がなんかおかしいし、眉間に若干シワがよっている。普段感情を出さないので一体何を思っているのかわからないけど、多分スラックスが濡れたことに怒っているんだろうな。

でも、そうまでして助けてくれたのが嬉しい。


「意地も張りたくなるよ。好きな相手が全然振り向いてくれないんだもの。何て言うか、ここまでくると闘志に火がつくって言うか」

そういって、まだ掴まれたままの右腕に視線を落とした。ぎこちないつかみ方に、胸の奥がつんと突かれたような感覚がした。


すると、突然レギュラスがフッと笑ったので、驚いて顔をあげた。

「ほんとうに、男勝りな性格ですよね」


我慢できないのか肩を震わせて俯いていく彼の姿があんまり珍しいもんだから、怒る気も失せて、レアな映像を目にしかと焼き付けた。口元を手で覆って必死に笑いをこらえてる姿は、腰にてを当てて高笑いする兄と大違いだ。どうして兄貴はこういう風に可愛らしく笑えないんだろう。


「でも」


思慮に耽っていたらもう顔をあげたレギュラスがこちらを見ていた。


「嫌いじゃないですよ、名前の、そう言うところ」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。彼の口元に当てられた手が、笑いを堪えるためにあるものじゃなくなっていることも、彼の視線が明後日の方向を見ている理由も、脳内を突き抜けていくのにかなりのタイムラグを要した。


「え…」

漏れた声は情けないくらい小さくて、らしくない。


まじまじと彼を見つめていたら、彼もおずおずと視線をあわせてきた。
首を上に傾けていることに気づいて、ああこんなに身長高かったんだとのんきに考えてしまう。


すっかり惚けた私に軽くため息をついて、そして背筋をのばした彼は、今度は真っ直ぐ黒い瞳を向けてきた。


「気持ちは嬉しいです。けど、今の僕はそれを受け取れません」


振り方も律儀だなと思った。


「でも、安心した」

「?」

「君は僕を愛することに闘志さえ宿しているみたいだし、兄さんにたぶらかされる心配も無いみたいだから。」

「……」







「僕が僕の好きなように生きることができるまで、」








「待ってて、名前」






そういう君は、嘘みたいにすんだ青空と見たことのないくらいよく似合っていた。







半永久的
(熱いのは夏のせいにしよう)






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