「あっちい!どうにかなんねぇのかこれ!」

「どうにかと言われても…」

だから言ったじゃないか、と名前はため息をついた。それでも日本にある私の家に来たいと駄々をこねたのはシリウスだ。私は悪くない。半ば開き直りながらシリウスに麦茶を差し出すと彼はさんきゅー、とそれを一気に飲み干した。

「………」

シリウスはさっきから扇風機の前であ゛ーつ゛ーい゛ーだのやる気の無い声を出している。本気で暑いらしく、ブラウスのボタンは3つ4つ開いている。あの、正直目のやり場に困るんですけどイケメン君。
私が縁側に目を逸らしたと同時に、風に揺れて風鈴がちりんとなった。

「あー……シリウス」

「ん?」

「海でも行く?」

「海!?行く行く!」

名前の提案にシリウスは爛々と目を輝かせた。お坊っちゃま育ちということで、あまり海に行ったことが無いらしい。そういえば私自身も久しぶりだ。ホグワーツに入学してからは一度も行ってないから。
そんなこんなで私達は意気揚々と外へ飛び出した。



「………まだかー……?」



…のは良かったがそこは灼熱地獄。
私はすっかり海へと続く一本道には日陰がないことを忘れていたのだ。それは悪かったと思うけど、相変わらずぐでっとしているシリウスにかつをいれる。

「行くって言ったのシリウスでしょ。まだ10分くらいしか歩いてない!」

「…溶けるー」

「もう着くから!頑張ってよね!」

「おー」

そうやって言い合いながらも目の前の坂を越えるために歩く。やっとのことで頂上に辿り着くとぶわぁ、と風が吹いて地平線が目の前に広がった。ほら!と私は指を差した。

「もうすぐだから!」

「おおー!海だーっ!」

「あ、ちょっと!?」

もう待てないと言わんばかりにシリウスが走りだす。勿論荷物を抱えたまま。
ああ!鞄の中身がぐちゃぐちゃになっちゃう!

「風が涼しいぜ、早く来いよ!」

さっきまでぐちぐち言ってたのは誰だよ、なんていう私のやさぐれた気分は、振り返った輝かんばかりの笑顔を見たことで萎んでしまった。くそ、なんか誤魔化された気がするんだけど。

「もー…得な性格してるよなぁ、」

みんみんと鳴き続ける蝉の声に後押しされて、私も走りだす。

何処まで見渡してもそこは白い砂と蒼い海、白い雲に青い空である。
荷物をそこら辺に置いて、裸足で駆け出した。
波がざぶんと私達を迎えるように音を立てた。

「気持ちいー!」

波打ち際で素足を海水に浸すと、ひんやりとした。今までの苦労なんて全部吹っ飛んでしまい、私は楽しくなってばちゃばちゃと小さな子供みたいに駆け回る。

「わっ冷て!こっち掛けんなよ!」

「きゃーごめんー!」

「このっ」

「やったな!?」

きらきらと水が跳ねる。わいわいぎゃあぎゃあと私達の声が辺りに響いては消えた。



「もー、ギブギブ」

「俺に勝とうなんて百年早い!」

暫くして私は降参のポーズをとる。

「信じらんない、本気になるなんて!」

「差別反対!!俺は誰が相手でも本気でやる!」

「使い方間違ってるからそれ…」

ふん、とふんぞりかえるシリウスが可笑しくて名前はくすくすと笑い出す。笑うなよ、とシリウスは更にそっぽを向いた。さらりと黒髪が揺れる。

唐突に、凄く絵になるなぁと思った。海をバックにしたシリウス。
なんだか気分が晴れ晴れとしてきた私は、もういいよ、と呟いて大きく息を吸い込んだ。

「好きだーっ!」

「……はぁ?」

いきなり叫んだ名前にシリウスがぽかんと口を開けた。名前はもう一度息を吸い込む。

「海がーっ!」

「なんだそれ、」

思わず吹き出したシリウスを横目でみて、私は悪戯をする時のようににやりと笑った。

「シリウスも好きだーっ」

「俺も名前が大好きだーっ」

ぎょっとして隣に並ぶシリウスをみる。まさか彼まで叫ぶと思っていなかったのだ。するとシリウスは先の自分のようににやりと笑うので、私はもう一度笑い返してやった。

大人になるまでのほんの少しでいい、せめて今だけは、子供で居たいのです。
気恥ずかしくなるその前に、大好きだと伝えたい人が居ます。







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