青い空に白い雲。
夏だけど春みたいな、ぽかぽか陽気。思わず授業をサボって外へ出てきてしまった。
こんな日に授業なんて、やるほうがバカだと思う。まぁ、そんなこと言っている私の成績はとても見るに耐えないものだけど。私はそんなこと気にしないし、一回くらい授業を休んだってたいして困らない。
ぼんやりと、そんな事を考えていたらいつの間にか大きな──自分の身長の10倍はあるだろう──木の根元に立っていた。
(…こんな大きな木あったんだ…)
ホグワーツに来て2年になるが、この木は初めて見た。
下から見上げてみると、緑色の葉っぱはキラキラと輝いていて、その間からはときどき、空の透き通った水色が見える。さすがはホグワーツ。
その木を眺めていると、気持ちが落ち着いて自然と自分の顔が綻ぶのが分かる。
よし、この木の下で読書することにしよう。
ときどき、少し冷たい風が通っていく。
読書を始めて30分くらいたっただろうか。物語がいよいよクライマックスというところで、私の目の前を何かが掠め、それとほぼ同時に手元が重くなる。びっくりして手元を見ると、読んでいた本より一回り大きいサイズの本が上に乗っていた。どうやら、上から降ってきたようだ。
…………上?木の上に人がいたのか。まったく気付かなかった。
しかし、木を見上げてみても葉っぱが邪魔をして上のほうがまったく見えない。少しまぶしくて、思わず目を細める。
……その時だった。
「──よぉ、悪いな」
ふと、上のほうから聞き覚えのある声がした。
(…誰の声だっけ…)
よく目を凝らして見ても、やっぱり葉っぱが邪魔をしている。
──それでもキラキラ輝る緑色がとても綺麗で。つい、それに見惚れてしまって上から人が降ってくるのにまったく気付かなかった。
気付いたのは、空気に触れていたハズの自分の背中が、地面に着いているのに気付いたのと同時で、自分の上に抱き合うような体勢で誰かが乗っているのに気付く。
その人物がゆっくりと体を起こし、こちらに顔をむけた。
「…うっわ最悪」
「本っ当に失礼な奴だよな、お前…」
俺に抱きつかれたなんて言ったら、全校の女子を敵に回すことになるんだぜ?そう言って奴が笑う。
私の嫌いな、にやり、と人を馬鹿にした笑い方だった。
「…で、何?ブラック」
しっしっ、と腕全体で追い払うような仕草をすれば、ブラックはいつも通りに眉間に皺を寄せて私を睨む。
「お前な…いい加減、ブラックって呼ぶのやめろ」
「ブラックはブラックなんだからいいでしょ」
そう言って“マグルとマジック”と書かれた本をブラックに渡す。
ギロリと私を睨んだ後、それを何も言わずに受け取ったブラックは、何故かそのまま私の横に座って読書を始めた。
「…どっか行けよ」
ぼそっと日本語で呟いた言葉は勿論ブラックに通じるはずも無かったが、何となくオーラで感じとったのだろう。
ふん、とブラックが鼻で笑った。
「言っとくけど、俺が先にここに来たんだからな。退くんだったらお前のほうだ」
「私は此処が気に入ったから此処にいんの。退く理由が無い」
ああ言えばこう言う私達の性格は何年たっても直るわけもなく、お互いの視線を交わせることなく淡々と会話をするのは初めて会ったあの日からの恒例行事。リリーやリーマスにため息をつかれるほどだ。
本の右側のページを見るときに、少しだけブラックの姿が見える。
ブラックは、本では無く私を眺めていた。
(…何なのさ本当に)
心の中ではそう言いながらも、自分の心臓が異常に早くなるのが嫌でも分かる。
視界にちらっと映るブラックの姿が見たくて、いつもより少し早めにページを捲った。物語の結末なんて後でまた読めば良い。
さぁ、っと暖かい風が私とブラックの微妙な間をすり抜けていく。
木の根元にだらんと寄り掛かっていたブラックが、スッと空を見上げ、言った。
「…俺も、好きだよ」
自分の心臓がドクン、と跳ねる。
別に私に対して言ったわけではない。ブラックは、この場所が“好きだ”と言ったのだ。頭ではそう分かっているハズなのに、自分の心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。異常な程に。
「…ふーん」
平静を装って何とかそう言えば、私の顔を見ていたブラックは、持っていた本を開いて読書を再開した。
どくん、どくん
イギリスでは珍しい青い空にぽかぽか陽気。
ときどき、さぁっと気持ちの良い風が通り過ぎていく。
キラキラと光る緑の下では、イライラするほど早くなった心臓の音が、
…自分の耳の中に、鳴り響いていた。
青空の下で
(とくん、)
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