05



素人なりに様子を見ながら、少しずつ少しずつ液剤を飲み込ませていく。そうしてどれ程の時間が過ぎたのか、それは定かではないけれど。
耳をよく澄ませていなければ聞き逃してしまっただろうくらいの小さな呻きを上げたクラトスが―――やがて、静かに瞼を開いた時。未だ疲れているようでありながらも、その瞳は随分と落ち着きを取り戻しているように見えて。
「…リ、……オン…?」
掠れた声で、名を呼んでくれる。
それに、ただただ胸を撫で下ろした。

身体中の何処かに、何か異常はあるか。どんな些細なことでもいいから告げろ、と上から目線が抜けない口調で言う僕に、その人はそっと首を振る。ふとした隙にぼんやりとした表情を覗かせるクラトスは、そうして「すまない」なんて言葉を口にした。
「どうして謝る?」
「随分と…迷惑を掛けた」
「僕は一度もそうと思ったことは無い」
何処までも自分自身を後回しにするその人に少しムッとしてしまいながら、その際だときっぱり断言する。変なところで変に鈍感なこの人のことだ。この現状での遠回しな言葉は、きっと余計な心配を抱かせる。
「……謝るのは僕の方だ」
ぽつりと、呟きながら。ずきずきと響く胸の中の痛みに、息を詰まらせる。可笑しいとは感じていたのに、ずるずると引き摺るようにして、時間ばかり無駄にして。僕が、もっと早く。早くに見つけ出せていたら。
「ごめん……」
視線すら合わせられずにいる僕は、あまりにも情けないのに
目の前のこの人は、そんな僕に……泣きそうな、それでいてやさしい声で、"その必要は無い"と言ってくれるんだ。

一刻も早く帰りたい。と、自分の身体のことなどまるで考えていないその人をどうにかして言い包め、数日間の間、ずっと安静にさせ続けた。その最中、(相変わらずの能天気顔で)訪れた馬鹿に一通りの状況を説明し、真実も嘘も交えたそれをギルドにも伝えてくれと早々に追い返す。依頼をこなしている途中、依頼主が余計なことに首を突っ込んでしまったらしい―――少なくとも嘘偽り無く、とは言えない説明のすべては、僕の勝手な行動からのものだ。
クラトスがそれを知れば、また小難しい顔で悩んでしまうだろう。予想は出来るし、きっと予想通りになる。
それでも。
「ほら、クラトス」
「―――ッ…」
「あ…すまない。大丈夫だ。ここに置く」
馬鹿が持ってきたおにぎりのひとつを差し出す。その、僕の手に、微かに顔を強張らせたその人を見て、渡すつもりだったそれを傍らの机の皿へ戻した。すまない、と俯いてしまうその人に大丈夫だと繰り返す。
一見、何事もなかったかのように振舞うその人は
けれど時折、僕の手や、自らの手をまったくの他人のものと見間違えてしまうようだった。
「…そんな顔をするな。僕は気にしていない。クラトスが怖いと感じなくなったら、また触れさせてくれるだろう?」
すまない。と。放ってしまったら何時まででもそれを繰り返しそうなその人に、精一杯に笑いかける。
僕に出来ることなんて限られているかもしれない。それでも僕は、この人を守りたい。守っていたい。あの時、こうしていれば―――なんて。後々になって悔いるだけの、頼りにならない自分に甘んじるつもりはない。



そんな一件を迎えてから、半月ほどを二人だけで過ごした。その休暇を取らしてくれたのは他でもないアドリビトムのリーダー本人なのだが、そうと知っても尚、ギルドへ戻るときのクラトスの足取りはとても重たげだった。
心配は要らない。僕を信じてくれればいい。そう何度も言い聞かせて、随分と久しぶりのように思えてしまう船内へ共に戻って。何の変わりようも無く"おかえり"と迎えたメンバー達に、その人は暗かった表情を少しずつ綻ばせて―――そんな様子にこっちまで安堵したのを、数日経った今でもよく思い出せる。
今でもクラトスは他人の手のひらに若干の不安を覚えてしまうようだった。それでもそれ以外は、至って普通でいる。そう振舞っている。
「ねえ。リオンってさあ、確か、ウッドロウの国に属してたんだよね?」
「……それがどうかしたか」
「ううん? どうでもないこと…だと思うんだけど」
船内の何処かにいるはずのクラトスを探している最中に、背後から唐突に話しかけられる。なんの前触れも無いそれにも慣れきってしまった。おまえに付き合ってるような暇はない、と睨みつけてみてもその効果はひどく薄い。
黒い目が僕をじっと見つめてくる。相変わらず、何を考えているのかよく分からない瞳だ。
「クラトスに護衛を依頼した人と、それの仲間? の数人がねえ、ウッドロウの国で一番栄えてる街で捕まったんだって。随分とひどいことをしてた人たちだって、そう聞いたよ」
「………」
「リオンは何か知ってる? …って一応聞いて来いって、アンジュが―――あ、口が滑った。最後の辺りは聞かなかったことにして」
真剣そうな表情で馬鹿なことを言う。それにため息を吐き、背を向けた。
「あれ? リオンー、待ってよ」
その言葉を無視して進む。それでも、追いかけてくるつもりはないらしい。


探し求めた姿は甲板にあった。夜を深めていく空の下、その人はただひとりで何処か遠くを眺めている。そっと近づくと、その人は慌てた様子で振り返った。やがてそれが僕だと知り、詰まらせていたらしい息を静かに吐き出す。驚かせてしまったことに謝ると、クラトスはゆるりと首を横に振った。
「……分かっているのだ」
俯きながら、ぽつりと呟く。その無機質な声色が、その人の心境を何よりも分かり易く表している。…そう思った。
「少しずつ慣れていけばいい。…焦る必要は無い」
他人への恐れを無くす。とても難しいであろうそれを慌ててこなそうとすれば、重荷になってしまうだけだ。
「大丈夫だ」
暗がりの中。自分の片手をその人の目前へと掲げる。そのままそれをその人へと近づけて、ゆっくりと下ろしていく。指先だけで腕に触れ、そうしてからその左手をそっと握った。
「例え、何があっても…クラトスは僕が守る。だから、何の心配も要らない」
何にも貴方を傷つけさせたりしない。
もう、二度と。

身体を強張らせていたクラトスが、それでも―――恐る恐ると、僕の手を握り返してくれる。
握り合う手のひらから伝わるあたたかさと、早い鼓動が、なんだか泣いてしまいそうになるほどに、愛しい。

………………………………
(その手を、僕に。どうか、握らせていて)





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