04



眠りについたその人を引きずるような形でバスルームへと連れ、その身体も、汚した寝台も、一通りに後始末をする。予備のシーツ類が残っている可能性に期待はしていなかったが、反してそれはやけに清潔でいるままの物置を探った時、呆気ないほど早く見つけることができた。
手触りと、薄暗い中で見る外見で、何処にも汚れがないことを確かめる。大丈夫だろうという自己判断を信じる形でそれらを使用し、その寝台に再びクラトスを横たわらせた。
白い肌。時折、魘されでもしているかのように顰められる、眉根。手を伸ばし、触れようとして、――止める。ぎり、と擦れあう音を耳にしたその時に、自分が奥歯を噛みしめていたことに気付いた。
今がどれくらいの時間なのか、分からない。ただ、夜は深まっていく一方のようだった。この人が目を覚まして僕を見るまで、こうしてここでひと時も離れたくなどない。けれど―――。
「……ごめん。すぐに、戻る」
声をかけながら立ち上がり、今でもまだその機能を停止してくれているんだろうシャルを手にする。
時間を掛けるようなことはしない。………今の僕に出来ることなど、たかが知れている。


狭い路地裏を巡り、あの人が閉じ込められていた街外れの小屋へと向かう。其処に居るだろうなどという確証は何処にもなく、街中を捜し回ることも覚悟していた僕にとって、その場に見えた集団の人影は有り難いものですらあった。
如何にも不審でいる男達に、隠れて様子を窺うことの必要性もないだろうと判断する。クラトスを指名して雇い、あのようにした奴の顔を、僕は知らないが―――間違いはないだろうと、"何となく"思うのだ。
「ッ…!? 誰だ!」
暗がりから身を出す。それに逸早く気付き、声を上げる男を睨む。ひどく、耳障りだ。
「…ガキ…? 何の用が―――」
「心当たりはあるだろう」
不快な声を遮り、告げる。僕のその言葉に男は、こっちからでも分かるくらいに露骨に顔色を変えた。
「此処の商品を勝手に持ち出したりしたのはひょっとしてボクなのかい? …せっかくの苦労を無駄にしやがって」
程度の低い煽り文句と口調。そんなものより癪に障るのは、"商品"などという、その単語。
「おいガキ、痛い目に遭いたくねえだろ? クラトス――とかって言ったな、あれをさっさとこっちに返しな。言うとおりに出来たなら見逃してやるぜ?」
下卑た笑い声を零しながら、後退る。男を守るようにして立ち塞がる五、六人ほどの人影を目に舌打ちをした。
「……目障りだな」
邪魔立てするというのなら容赦はしない。

武器を持ち、集団で襲い掛かってくる連中を迎え撃つ。殺さないようわざわざ加減してやりつつ適当に伸してしまうと、一歩引いたところで眺めているだけだった男が、慌てて逃げ出そうとするのが見えた。そいつが入り込んだ路地裏の、その先へと回り――― 予想通りに姿を見せたことに、笑う。踵を返そうとするのに駆け寄り、その髪を掴んで捕らえる。そのまま壁に叩きつけると、男はひどく間抜けな声を上げ、大人しくなった。
「…あの人に何をした」
首筋に短剣を突きつけ、問う。声を引き攣らせ、必死に言葉を紡ぎ始める姿が、なんとも無様だ。
「薬を飲ませた、けどそれだけだ…! 他に何もしてない!」
「………」
「ほ、本当だ。手を出したりはしていない。飲ませたものもそれほど強いもんじゃねえ、そ、そこのバッグに中和剤が入ってる、銀の銘柄のやつだ…!」
視線を男の足元へと移動させ、其処に小さな鞄が転がっていることを確認する。尋ねるまでもなく、その安全性を捲くし立てるそれを、信じるつもりは全くないが。
「分かった」
突きつけていた剣を遠ざける。露骨に安堵の表情を浮かべた男の顔を、苛立ちに任せるがままにぶん殴った。地面に倒れこみ、どうやら意識を失ったらしいそれを見下し、呟く。
「今回はこれで見逃してやる」
この状況で変に騒ぎを起こすのは愚行だろうし、そうすることで、あの人に余計な気苦労を背負わせてしまうかもしれない。殺してやりたい程だが、それを隠し通すことはきっと難しいだろうから。


足早に屋敷へと戻り、クラトスの姿を確認する。その人がベッドの上で大人しく横たわっているのを見たとき、それなりに張り詰めていたらしい緊張が緩まってしまったことを自覚した。
"中和剤"と呼ばれていたと思う、液体の入った小瓶をベッドの傍の机に置き、じっとその寝顔を見つめる。やはり、…どこか苦しそう、だ。あの男の言葉のすべてを信用出来ない以上、出来る限りどんなものが含まれているかも分からない液剤を使用したくはないが。
机に置いた小瓶へ手を伸ばし、未開封であるらしいそれの口を開ける。無臭なのが却って気味が悪く感じられた。手袋を外した片側の手のひらの中に数滴を垂らす。透明のそれを、口に含んだ。
「………」
何の味も、においもしない。普通の水、…と呼ぶには何か違和感があるような気がするが、これが本当に薬剤なのか疑問すら抱く。飲み込んだことによる不快感や身体的な異常は無いようだが、はたしてこの人に飲ませてもいいものなのか。
迷う。けど。
「っ………」
「…クラトス…?」
不意に寄せられた、眉根。吐息を呑み込み、苦しげな表情を浮かばせる。何かを耐えているかのようにも見えるそれに―――胸が、締め付けられるようで。
横たわるその人の身体を抱き起こし、縁に座る僕へと凭れさせる。少量の液剤を含み、そのままで口付けた。





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