05



クラトスのその寝顔を見つめながら、ぼんやりと時間を潰す。考えてもいなかったことを、今この場でこうして実行している自分がなんだか滑稽だ。
……この人が眠ってしまうのを見届けて、姿を消してしまうつもりでいた。
だからこそ、先の言葉が突き刺さるようで、どうにもならなくて。
何故あの人はあんなことを言ったのか。思考する気力すら磨り減っていただろうに。何が、目的で。…分からない。
その首にはめられたままの首輪を外し、それを適当に放りながらため息をつく。
相も変わらず読めない奴だと、そう思うしかなかった。

横たわるクラトスの体のすぐ隣。ベッドの縁に腰を掛けて座る、随分と慣れ親しんだような感覚。
やがて、小さく呻きながら目を覚ましたクラトスは、僕の姿を捉えるなり何故か現在の時刻を尋ねてきた。
戸惑いながら深夜だと答える。正確なものなんて僕も知らない。
ただ分かるのは、カーテンで遮られた向こう側が暗いということと、この人は大して眠っていないということ。
眠りに落ちる前に比べたら体力も回復しているだろうけど、まだ随分とだるそうだ。
「………それで。何なんだ」
「……?」
「僕は、待ったぞ。お前が言った通りに」
何がしたいのかよく分からない。が、どのみち譴責を食らうだろうと覚悟しながら待っていたのに
目覚めてからもこの人は、こっちが戸惑ってしまうほどマイペースというか、やっぱり読めなくて。
すぐにでも姿を暗ましたいけど、まあ罵られて当然のことをしたわけだから。その時を待つのも当然だというような気持ちでいたけど。
「…お前は、何がしたかったのだ?」
怒るでもなく。軽蔑するでもなく。
ただ静かに問いかけてくる声に、戸惑う。
そんなの聞いて何になるんだ。
「……同情でもしようというのか?」
口をついて出て行った言葉はすぐさま違うと否定される。なら何だ、とわけの分からない苛立ちについ睨みつけると、その人の表情が微かに強張った。
瞳の中に怯えの色が混じっていることに気付き、口を噤む。
…なんだ、意外と余裕がないんだな。なんて。思って、ため息をついた。
落ち着けと自分に言い聞かせながら、深く息を吸い込む。
「………独占、したかっただけだ」
「…どくせん……?」
何も分かってなさそうな顔をして鸚鵡返しするその人に思わず口端がつりあがる。
どうせ此処で終わりなのだから。と思ってしまった僕のその言葉は、最早自棄に近い。
「お前が、僕以外のものを見ることが腹立たしくて仕方なかった。僕にとってのクラトスは、正直に言って…とても大きい存在だ。だけど、お前は違う」
口早にまくし立てる。もう、いっそのことどうでもいい。
恥ずかしいような感情は微塵にもなかったが、虚しいとは思えた。
「お前にとっては、僕なんて大した存在じゃないんだろう。居てもいなくても、きっと変わらない。僕は、クラトスが好きなんだと思う。でも、僕のこの想いは叶わない。だから」
だから、歯止めが利かなくなってしまっただけ。それだけのつまらない理由なんだ。
目をぱちぱちと瞬かせるその人を見て、笑う。
……… さあ、僕を否定してしまえばいい。
「………」
腕が、伸ばされる。真白い指が、僕の服をぐっと掴んだ。
何も言わないクラトスはその頬を微かに赤くさせながら、口を開きかけては、閉じる。それを繰り返しているだけで。
息が詰まって、言葉を失った。なんなんだ。その反応は。
「…お前は…意外と短絡的なのだな……」
呆れたように呟く声に少々ムッときたものの、それにすかさず反論できるほどの余裕はなかった。
小刻みに指先を震わせながら、それでも触れてくるクラトスの意図が、僕には分からない。
「誰が、何時…… 叶わないなどと、決めたのだ」
「決めたも何も…お前は、あれが大切なんじゃないのか」
「…"あれ"?」
「あの…赤いやつ、だ」
あいつを見るときのクラトスの目が特別やさしい色をしていることに気付かないほど、僕は鈍感じゃない。
表情の変化に乏しいこの人だからこそ、それは鮮明に記憶の中に残っている。
衝撃的、でもあった。よっぽど大事な存在なのだろうと、認めざるを得なくて。悔しいが、僕はあいつのようになれないと。
「………それは、認める」
ぽつりと呟かれるそれに息が詰まった。
呼吸を忘れてしまうほど苦しい。
「だが、彼への感情はそれ以上もなければ以下もない。…お前は、大きな勘違いをしている」
何を。とムキになりつつ返そうとした言葉は、その人の表情を目に留めてぴたりと止まった。
こちらが驚くほどに顔を真っ赤にさせたクラトスが、ひどく居心地悪そうに僕から目を逸らしていく。
「私が…お前に対して、お前が私に向けているものと同じ感情を抱いていたとしたら……、どうするのだ?」
消え入りそうな声がたどたどしく紡ぐ、その言葉が脳裏で反響する。
嘘だ、と咄嗟に否定しようとしながらも、嘘やその場しのぎでこんなことを口にするような人じゃないということを僕は知っていて
混乱する僕をひかえめな声が呼びかけるのと同時に、その人の片腕が、そろそろと僕へと伸ばされていることに気付いて。
この人の指先が、恐る恐る僕の頬に触れて、それがまるで労わって来るかのようにやんわりと撫ぜるから。
ぐいとその手首を強く握り、怯えて引こうとするのを抑え留めた。
「確認する、正直に答えろ。……それは、事実なのか」
「……そうでなければ言わぬ」
「今は、どうなんだ。どれぐらい前からなのかは、今は訊かないでおいてもいいが…自分の勝手な感情だけで、こうしてお前を無理やり監禁するような男だったんだぞ」
失望したはずだ。と問い続ける僕を、その人は真っ直ぐに見上げている。
「…変わっていない。でなければとっくに抵抗している」
強い声色が、迷いの無いことを明らかにしていた。頭の中が白く染まっていくのを感じる。
元よりくすぶっていた罪悪感が、その存在を大きくする、けれど。
「信じていいんだな…?」
「……くどい。…それで…どうする」
「フン……。まず、無理強いをしたことに謝る」
どこまでも"上から目線"が抜けない自分自身がいっそのこと可笑しくも思えてくるが、今はもうどうでもいい。
ただ、たくさんの言葉が胸の奥から湧き上がってくるようで、それが落ち着かなくて。
「―――…クラトスが欲しい」
見栄を張ろうとも格好を良くしようとも思わない。叶わないと諦めきっていた何よりもの望みが、目前にあるとするなら、僕は。
「…随分と率直だな」
「悪いか」
「……いや。…私などで満足するというのならば、…良いだろう」
自分自身を無下にするような口調に先ず眉根を寄せたが、文句を零そうと開きかけた口は、その人が微かに笑んだことに気付いた途端固まった。
……どうして、こんなやさしい表情を浮かべられるんだろう。


ベッドに両手をつき、クラトスの白い体の上に覆いかぶさる。薄っすらと赤い跡を残している首元に触れれば、びくりと肩を跳ねさせて怯えるくせに
その人は何を言うこともなく、ひたすらに僕のことを待ってくれているようだった。
ひどくしない。と告げながら素肌に顔を寄せ、首輪の跡をそうっと舐め上げる。頭上から、息を呑み込むような音が聞こえた。
自分の鼓動が耳に響く。どきどきと早くて、うるさくて。こうしてこの人に触れることを許されている。なんて、まるで夢を見ているようだ。
「っ……」
浮き出ている鎖骨の片側を、かり、と噛む。軽く歯を立てながら吸い上げ、やがてそうっと唇を離すと、唾液で濡れたそこに仄赤い歯形がついた。
白の中にひかえめに浮く赤。きれいだと呟き、再び其処に唇を寄せる。唾液を舌で拭ってから、頭を徐々に下へおろしていく。
平坦な胸板の上に在るちいさな粒をそうっと口に含み、もう片側へは指先を遣った。
「ぁ、う…」
抑え込めなかったらしい声が上がったことに思わず口端をつりあげてしまいながら、触れた指先でこね回し、口に含んだまま舌で押し潰す。
やがて、投げ出されたままだった両腕がこちらまで伸びてきて、僕の肩をぐいと押した。
「もういい」と呟くその人の瞳はよくよく見ると僅かに潤んでいる。
苦笑いを浮かばせ、ベッドの隅に放置したままの袋に手を伸ばす。がさり、という音に怯えの色を滲ませるその人に大丈夫だと言い、中から潤滑剤の入ったボトルを取り出した。
蓋を開け、滑るそれを指先に馴染ませる。十分に濡らした指先を内側への入り口に宛がい、それにぴくりと反応したクラトスに再び声をかけた。
「…本当に良いのか?」
ここまで来てそう訊ねるのは無粋のような気もしたけど。クラトスがやはり厭だと言うなら止めようと考えているだけで、悪意があるわけじゃない。
僕のその考えに気付いてくれたのかどうなのか、何処か不満げに顔を顰めたクラトスは、しかしそれについて何も文句を言おうとはせず
ただ、こくり、と。一度だけ首を縦に振った。





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