04



罪悪感を抱きながらだったはずの陵辱の中で、"酷くする"ことへの快さに気付いてしまったその瞬間
意図して考えないようにしていた『終わり』が目前に存在することを覚った。
屋敷に居るときは意識を遮断しておいて欲しい、という僕の頼みの通りにしてくれているシャルに、適当な言い訳をして繕うことにも限界を感じざるを得ず、
ギルドだって、二日ほどまでにあの馬鹿が来たっきりで他には何も無いものの、日が積み重なるほどに不信感は募っているだろうし。
それに僕はどうとでもなるが、クラトスのことは(当たり前だが)伏せているんだ。何時まで待っても船に戻ってくることはないし、あの馬鹿には僕とは別行動だと嘯いたわけだから、そろそろ行方不明だなんだと騒ぎ立てていてもおかしくないかもしれない。
僕は、どうでもいい。例え今ある全てが無くなってしまっても、自分自身が選んだ道の末の話だ。やりたいと思ったから。それだけでいい。
(……クラトス)
それでも、あの人の名を思い浮かべるそれだけで、心が揺れた。罪悪感がまだ僕に存在するということなんだろう。
僕の身勝手な行為の犠牲になっているだけのクラトスはとても救われたものじゃないな、なんて。全ては僕がやったことなのに、何処か他人事のようにそんなことを思えて。
―――終わりが膨らんでいく、その中で、ふと。それはどんな形なんだろうと自問自答した。



「っ……」
「こら、バテるな。…まだいけるだろう?」
細かく痙攣し、脱力する白い四肢。
その上に覆いかぶさるようにしながら、震えたままの玩具を引き抜く。
完全に抜いてしまってから、そのままそれを再び中に潜り込ませると、クラトスは引き攣った声を上げて
強く奥まで突き刺せば、達したばかりのはずの自身からまた熱い液を放った。
「あ…あ、あ……」
止まることの無い責め具に擦れた声を零すその人は、既に抵抗する気力さえ失ってしまったらしい。
しきりに涙を流しながら弱々しく首を横に振る。だけ。
このままこうしていれば、何れかはこわれてしまうんだろうと思った。単純な"死"とは、違う何か。心が死んでしまうということなのかもしれない。
いっそそれでも。と思っては、自分のそれを馬鹿げていると否定する。そこまでしたかったわけじゃない。
………でも。
「う、…あ……?」
"こわして"しまわないようにするには、この人をこの現状から解放する他なく、そうすればクラトスは完全に僕から遠ざかっていくだろう。
そんなのは当たり前だ。好意、なんてものは、こうしたいと思ってしまったその瞬間にかなぐり捨てた。望むべきものじゃない。
ああそうか。と、不意に合点がいった。僕のしたかった事は、もう既に完遂してしまっているんだと。それ以上を望めばこわしてしまうだけ。
元より、諦めていた。僕の、クラトスへの想いが、実ることはない。そう考えていてなお割り切れずに、胸の内が嫉妬の塊で埋もれて、だから。
―――応えてくれ、なんて言わない。ただ、その瞳に僕をうつして、その脳裏に消え得ぬ傷を負ってくれさえすれば。
心的外傷としてで構わない。僕という個の存在が、忘れられないようなものになってくれれば。
引き締った腰に巻かれた固定用のベルトを外してから、玩具の振動を止めてずるりと引き抜く。濡れたそれをベルトごと適当に放り投げた。
「クラトス」
「っ………?」
名を呼べば、微かに身を竦ませる。不安げなその表情に、僅かではあったけれど…それでも確かに満足感を抱いた。
ポケットの中に忍ばせていたちいさな鍵を取り出し、先ず両手首の手錠を外してやる。
白い包帯をそうっと取り、怪我をしてしまっていないか確認する。両方とも、若干赤くなってしまってはいるものの…怪我はしていないようで、思わずほっとした。
驚いているのか何なのか一言も発さないクラトスをそのままにして、足の拘束も同じように解く。
静寂にかしゃりと音が鳴り響いて、この人の四肢が自由になる。それだからすかさず殴られたり蹴り飛ばされたりしまったりしても仕方ないことだと覚悟したけど。
「……クラトス?」
猿轡を外してやり、暫く様子を見ていても、クラトスは一向に動く様子がなく
ただただ何処か呆然とした瞳で僕を見上げる、……それだけ、で。
その名を呼びながら、首を傾げる。
クラトスの右腕がそろりと動かされたのを視界の端に捉えた。
「……?」
僕へと伸ばされたその手のひらは、静かに僕の髪を掻き分けながら、ただ頬に触れただけ。叩くことも殴ることも、その素振りさえもない。
ひやりとした温度に息を呑んだ。目前のこの人が何をしているのかよく分からなくて、つい眉根を寄せてしまう。
僕の表情の変化にびくりと肩を震わせたクラトスは、けれど何処までも無言のまま。
無言のまま、僕に触れている。
「…り…お」
長い沈黙を不意のちいさな声が裂いた。消え入ってしまいそうなほどのそれに呼吸すら忘れて耳を澄ます。
乾いた唇が重たそうに開かれるのを見つめる。
「私、……が、目を……さ……、」
言葉を紡ぐその最中、クラトスのその瞼は閉じられてしまった。
閉じられて、やがて薄く開かれる。うとうととそれを繰り返しながらもクラトスは、どうにか言葉を僕に伝えて
目を瞠る僕の反応も待たぬままに瞼を閉じ、………其れはそのまま、開かれることはなかった。
僕の頬に触れていた手のひらが落っこちてゆくのを感じ、無意識的にその手を取る。
深呼吸を繰り返しながら、つい先のクラトスのその言葉を思い出した。
"私が目を覚ますまでどこにもいくな"と、この人は、確かに。




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