03



その人を屋敷に監禁して、どれくらい経っただろう。一週間、とまではいかない。きっと三日か四日。
昼間の内は街へと出て適当な仕事をこなし、夕刻頃に戻る。日々はそれの繰り返しだった。―――先ほどまで、は。
いずれ訪れるだろうと考えていながら、それは予想していたより随分と遅かったような気がした。
路地裏。冷えた壁に背を預ける僕のその前には"馬鹿"。依頼を終えて戻ろうとしていた僕を街中で見つけたそいつは、人ごみの中だというのに馬鹿でかい声で僕の名を呼んだ。
「リオンたちが戻ってくるのが遅いから、心配だからって。様子見てくるようにアンジェに言われたんだけど……どう? どんな感じ?」
「フン、余計なお世話だ。…生憎、僕はまだやることがある。戻るのにはまだ時間がかかるだろうな」
「そっか。じゃあそう伝えとく。ああ…そうそう、クラトスも一緒だよね?」
「………戻っていないのか」
「ん? うん。リオンと一緒でしょ?」
その問い掛けを否定し、別行動だ、と返答する。
あれ? と小首を傾げる馬鹿面にため息を吐きながら、「最初のうちは一緒だったが、一昨日くらいから別行動を取っている」と説明してやった。
「入れ違っているだけじゃないのか?」
「んー…そうかな。……そうかも?」
「まあ、仮に居なくてもその内に戻ってくるだろう」
腕を組みなおし、吐き捨てるように言う。
なんともまあ白々しいことだと。自分が一番よく理解できている。
戻ってなどいるはずもないのに。



あの馬鹿に限ってそんなことをするとは考えられないが、まあ馬鹿だからこそつけて来る可能性も否定はできなくて
「それじゃ私もどるね」と手を振った馬鹿と別れたその後、暫くは街中で適当に時間を潰して回った。
陽が完全に落ち、街灯がつき始めた頃になってようやく帰路へとつく。その最中も、常に周囲を警戒し続けた。何処かの馬鹿が空気も読まずに人の名を呼んだりするから、余計な神経まで使うことになってしまって。
正直に言えば……少し、疲れた、な。
「―――ただいま」
人の気配がないことを何度も何度も確認してから屋敷に戻り、真っ直ぐ二階へと向かう。
隅の部屋の扉をがちゃりと開くと、すぐさま微かなうめき声が耳の中まで入り込んできた。
ベッドの上で白い四肢が微かに揺れ動いているのが此処からでもよく見える。部屋の中に入り、後ろ手で扉を閉め、それへと声をかけた。
「っ……!」
くぐもった振動音。近寄ればその人はようやく僕に気付いたようで、身を竦ませる。
ひどく怯えた様子に苦笑いを零しながら、ベッドのその縁に腰をかけて、白細いその腰に巻かれたベルトをくいと引っ張る。
「んッ う…!」
それは、内部に入れたままの玩具が勝手に外に出てしまわないように固定するもの。玩具の取っ手と繋がっている。
軽く引っ張るだけで、玩具が内部の最奥を突くようだった。意図的なのかたまたまなのか知らないが、よくもまあ上手いように考える奴がいるものだといっそ感心さえする。
「随分と慣れたな。…今日は、僕が出かけている間に何度イったんだ?」
「ふ、あ……あ…」
猿轡を噛ませた口から言葉が出てくることはなく、包帯を巻いたその人の手首と柱とを繋ぐ手錠の鎖がじゃらじゃらと鳴り響くだけ。ロープより遥かに強靭なそれは、クラトスの両の手首、足首を四方の柱にそれぞれ繋ぎ止めている。
無駄なことだと知っておきながら、それでも抗おうとせずには居られないらしいクラトスが目いっぱいに鎖を引くその度に、少しだけ安堵するのだ。
その人の手首、足首のそれぞれには、白い包帯を重ねて巻いてある。手錠と肌が擦れて痛まないようにと思った末の行動だったのだが、正解だったと。ふとした拍子によく思った。
「あ! うあ、ぁ、あ…!」
不意に振動音が激しくなり、きれいなその人の身体がびくりと跳ね上がる。そこでぼうっと、出掛ける前に強度がランダムで変わるように設定したままなんだということを思い出した。
ベッドの隣に置かれたちいさなテーブルへと手を伸ばし、そこから細い紐を取る。嫌がるようにゆるりと首を振っているクラトスとは対照的なまでに、その自身は蜜を零し濡れていて。
「あ……ッ!」
「シャワーを浴びてくる。お前は昨日入ったんだからいいだろう? 大人しく待っていろ」
すぐにでも達してしまいそうなそれの根元を結び、がしゃりと鎖を鳴らしたクラトスに笑みを向けて立ち上がる。
縋るような瞳に、ぞくりとした。


部屋の内部に取り付けられた、広くはないものの不便もない。という印象の風呂場で湯を浴び、汗を流してさっさと出る。
狭い更衣室には昨日クラトスを風呂に入れた際に使ったバスタオルが掛かっている。既に乾いているらしいそれで水滴を拭い、衣服を身に纏う。ついでに濡れた頭も適当に拭いてしまって、それから更衣室を出た。
静かな空間。その中でクラトスの色っぽい声が響き渡っている。未だに押し殺そうとして、それでも上手く言ってない様子のそれに、煽られないわけがなく。
こくり、と思わず喉が鳴る。
「ふぁ…う…、んんっ…」
ベッドへ近寄り、その人の顔を覗き見る。潤んだ瞳から伝い落ちていく涙を指先で拭い取り、切なげに眉を顰めて見上げてくるその人に「どうしたんだ」と小首を傾げた。
目は口ほどに物を言うとする言葉がよく理解できる、この瞬間が、好き。上辺はあくまで素直じゃなくても、この人のこの目には、必死に気付かれまいとしている欲望が見え隠れする。
どんなに強気でいても、所詮。
「あ ああァっ…!」
自身の根元に巻きつけた紐を解いてやれば、あっという間に限界を迎える。びくびくと痙攣しながら、断続的に白濁を吐き出して。
手を伸ばし、長すぎるその人の前髪をそっと退かして、濡れた顔を確りと目に焼き付けた。終わることのない刺激に涙を流しておいて、それでも気持ち良さげに達するその顔を。
「ん…う……」
虚ろのようにも見える、瞳の色。もうとっくに遅いのに、今更やりすぎてしまったような気になってきて、
少しは休憩を入れてやるべきだろうかと、振動し続けるそれのダイヤルを"切"へ回した。
ぴたりと停止したことが却って刺激を与えたのか、クラトスはうめきにも似た声を零しながら身体を震わせ、やがてシーツにぐったりと身を沈める。
息も絶え絶えの様子に笑いながら、ついでに猿轡も取り外してやる。唾液に濡れたそれをベッドの片隅に置いて、次に使うまでには洗ってやろう。なんてぼんやり考えた。
「っ…… お前、は…」
ぽつりと声が聞こえる。低く、不自然なまでに擦れた声。何だ、と首を傾げると、その人は躊躇うように目を伏せた。
「…こんなことをして……なにが、…望みなのだ…」
―――…望み? 望みなんて。……ああ、…何だっただろう?
気に食わなかった。クラトスが、他の奴を見て、他の奴の言動で笑んだり困ったりして……腹立たしいと。最初はそれだけだったのに。
僕はきっとこの人の側に居ることを許されているんだろう、でも、ふと気付いてしまったことは
僕はこの人の側に居れるだけで、…それ以上は何もないんだということ。居ても居なくても、きっとこの人は変わらない。クラトスには既に大切にしている人間がいて、僕の存在なんて小さすぎるのだと。
考えれば考えるほどに抑えが利かなくなってしまって、……それで………?
「ぁ、くっ…!」
ダイヤルを回しながら、くわえ込ませたままの玩具を揺する。ざわめき出す胸の内がひどく不愉快に感じ、思わず舌打ちした。
この人が僕の目前で、誰に言うことも出来ないような姿を晒している。為す術もなく振り回されて、僕だけを見て。他には何もない。此処には誰もいない。
それ以上の望みなどあるはずもないのに。
「ひ…あ、う……」
「…クラトス、……僕は」
無意識の内に零した言葉の、その続きを紡ぐことが出来なかった。



半ば気を失うようにして眠りについたクラトスの白濁に汚れた体を拭いてやり、その上にばさりとシーツをかける。
起こしてしまうだろうかとも考えたが、結局その人はぴくりとも動きはしなかった。
ベッドの縁に腰掛けたまま、そうっと乱れた赤毛に手を伸ばす。触れてみると意外と硬いのに、あっという間にすり抜けてしまうその髪を撫ぜた。
叶わない。と自分で決め付けるが故に、口にできないもの。それがいつまでもくすぶり残って離れていかない。
確かめる、その勇気さえなかった。どうすればいいのか分からなくて。
どうか僕を見て。と、ただそう思うだけなのに。





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