九月七日までのユリクラ



数ヶ月前、転入してきたばかりのそいつは、はじめて見たその時から妙なくらいに肌白く
俺や、他のクラスメイトたちに比べても随分と小柄というか、……女みたいなヤツだった。本人がこれを聞いたら絶対に怒るだろうけど。
休み時間中も外で遊んでたりしている姿を見ることはあまりなくて、教室や図書室で本を読んでばっかりいる。
それがどうしてこんなに気になるのか、自分自身、よく分かんねえけれど。ただ、放っておくわけにもいかねえ気がした。なんとなく。

土曜日。前の日にしっかりと誘っていたということもあって、待ち合わせ場所に指定していた公園には、俺よりも早くに来たらしいクラトスの姿があった。
ブランコに座って、それをこぎもせずにぼんやりとしている。
その名を呼びながら近寄ると、そこで俺に気付いたらしいそいつが静かに振り向いた。相変わらず、きれいな顔で。相も変わらず、無愛想だ。
「…ユーリ」
「おう。待たせた?」
「そんなことない」
昼飯食べたら集合、なんて、今にして思えば結構あやふやなことを言って。しかも、こいつはどうせ食べるのが遅いからと、こっちも随分とゆっくりしていた。
公園でそいつの姿が見えた時、もしかしたら待たせ過ぎてて怒らしちまってるかなと思ったけれど。大丈夫だったみたいだ。
「今日は、どうして?」
赤茶色の目がじっと見上げてくる。ああそういえば、何をするとか、そういうのは言わなかったっけか。
こいつが今日、動き易そうな軽装をしてくれていて本当に良かった。
「ん…まあ、ついて来いって」
ここで説明したっていいわけだけど、まあ、どうせだし。
そう思って何となく差し出した手を、そいつは不思議そうな顔をしたままで取る。

そうやってそいつを引き連れて来た先は、そう歩かなくても行けるような場所にある裏山の中だった。
自分の家がこの辺りなんだということもあって、俺は暇さえあればよく此処に来る。自信満々に言えるわけでもないけど、それなりに知った場所だ。
だから、此処なら、他の場所と比べて安全だと思うし。たくさん木が生えてるおかげなのか、結構涼しいし。
あまり体を動かして遊ぶことのない―――というか、それが難しいらしいこいつが、それでも。少しだけでも、外で遊べることができたなら。
何か、その機会があれば。
そう思って。
「待っ…、ユーリ」
「んー? なんだよ?」
「少し、早い…」
細長い木の枝を右手に持ち、つないだ手をぐいぐいと引いて山を登っていく。俺にはなんでもないそれが、そいつにはきつかったらしい。
後ろからの文句に立ち止まり、振り返ると、随分と息の荒いクラトスが目に入った。その頬をほんのりと赤くさせて、すこし俯いている。
「あー…悪ィ。ほらこれ、飲めよ」
謝りながら、持ってきた水筒を手渡す。自分の息を整えつつ、それをそっと飲み込むそいつを眺め、すごく申し訳ねえ気分になった。

他よりも地面が平らなところで、ぶんぶんと枝を振り回して遊ぶ。座って休んでいるクラトスと、なんでもないことを沢山話した。
たとえば、得意な授業は何かとか。俺はまあ、体育とか好きだけど。そいつはやっぱり算数とか国語とか…そういうのが好きみたいで。あと、犬のこととか。ラピードみたいな存在が、クラトスの家にも居るらしい。何て言ったっけ、…ノイシュ?
いっつも無口なそいつは、でも、こっちからの言葉にはちゃんと答えてくれる。それだから、逆に会話もし易い。向こうからの話題がないのは少し不満だけど。
「……ユーリは…疲れないんだな」
「ん?」
―――不意な、クラトスからの言葉。まるで俺の思ったことを読まれてしまったかのようなタイミングに、少しドキリとしちまいながら
それでも、わたわたするのはカッコ悪いだろという自分でもよく分からない意地で何でもないような顔をする。
「まあ俺はいっつも外で遊んでるからなあ。そうしてると体力ってモンがつくんだろ?」
そんな話を前にフレンだかが言っていたような。なんてぼんやり思い出しつつ、枝をそこらへんに放り投げてクラトスの隣に座った。長い髪に邪魔されて見づらいその顔を覗き込んでみる。あれきり何も言おうとしないそいつは、…何ていうか。
少し、つまらなそうなような…不満そうな、そんな表情を浮かばせている。そんなふうに見えて。
「…明日は用事ある?」
「………別に、ない」
「そんじゃ明日もまた遊ぼうぜ。これ決定な」
俯かせ気味だった顔を上げ、俺を見るクラトスのその瞳には
迷いと、不安げなものがあった。
そんな顔はしてほしくねえと腕を伸ばし、頭をぽんぽんと撫でてみる。
別に気を遣ってるつもりはない。
「心配するこたねえだろ。俺がおまえと遊びたいんだから。あ、むしろ、逆? 迷惑になってたりする?」
「……! それは、違う。私も、…ユーリと遊びたいと思う」
イマイチ暗い雰囲気から抜け出れなかったくせに、俺が聞いてみたそれにはすぐに首を横に振って否定して。その珍しくも強めな声と、揺れていない瞳が、それが嘘でも何でもないことを教えてくれる。
「ん。ありがとな」
素直に嬉しいと思うまま、笑ってみる。そうしたらクラトスは、それに少しだけ目を真ん丸くさせて、その後にやんわりと笑みを浮かべた。
はじめて見る、その、表情。それはとても優しいもので。
………ああもっと見たいな。なんて。自然と、そんなことを思った。



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