八月三日までのリオクラ



基本的に"自分が楽しければ後はどうとでも"と考えるような、ハッキリ言って随分と性悪な人間というのは、見渡せば至る所に存在するものだ。そいつらの引き起こす面倒事に巻き込まれないようにとの防衛も兼ねて、どんな相手であろうと距離を置いてきた筈で
しかし、そうする余裕も見出せないほど、今の僕の周囲は騒がしく慌しく、―――苦手なそれにもどうにか慣れてくると、つい油断が生まれてしまうんだろう。認めたくはないが。
遊園地という馬鹿げた巨大施設の外れ。頭が痛くなるような喧騒から離れられたのは良いが、目前に聳え立つそれを目に安堵などできる筈もなかった。
何やかんやで真のディセンダーだ何だと言われる事になった馬鹿と、事ある度に何故か他人を巻き込んでくれる迷惑な自称天才科学者と、常日頃から何を考えているのか良く分からない胡散臭い眼鏡と。
性悪要素が十分に揃っていたというのに、無理難題を押し付けられても湧き上がって来たのは諦めばかりで、抵抗なんてその頭一文字すら頭に無く。
要するにこれが、油断、なんだろう。

喧しい園内中心辺りとは別世界のような静寂の中。先ほどまでは暑いぐらいに快晴でいたのに、気付けば何故か曇り空だ。人の気配のまるでない中で、クラトスと、二人。ただただ立ち尽くす。
そもそも、何故こんな場所に来たのか―――というところから整理するなら、依頼だ。この遊園地は最近出来たばかりのもので、海が近いということもあり、新しいリゾート地とやらにする計画があるのだという。"すべての遊具、施設の安全面や物珍しさに劣りはないとの自信があるが、今後の為にも、実際にその場に赴き客の反応や評価等を見てきて欲しい"。……と、云う事、だそうだ。
最初にそれを承ったのは先ほど挙げた三人。けれどその矛先が何故かクラトスへと向いてしまったらしく、"きっと楽しいよ、色んな経験もとても必要だよ"と半ば無理やりに(しかも一人で)行かせようとするのに、僕が横槍を入れた形だ。
人の苦労など眼中になく、その上、腹立たしいほど口の上手いのが揃っていて、それだから結局情けないことに押し負けてしまったものの
そこまで言うなら僕も行かせてもらう、という主張が通っただけでも、まあ良かったかと考えた。
これを目前にするまでは。

「…お化け…屋敷…?」
でかでかと掲げられている看板の文字を、呆然とした様子のクラトスが呟く。本当に馬鹿げたものだと思った。あ、いや、クラトスの声とかではなくて。看板に書かれたその文字と、見るからに禍々しい形の屋敷が。
基本的に回る施設は向こうの方から指定されたものだけでいい。のだが、最後の最後になって、これは。どういうことなんだ。
僕もクラトスも"遊園地"などと言われるものに足を踏み入れたことすら始めてで、それだから、すべての施設においてその名前で中身を予想することしか出来ないけれど
これは正直、想像しただけで、好んで入りたいものだとは思えない。
「フン…馬鹿馬鹿しい。何で僕達がこんなものに入らなきゃいけないんだ。戻るぞ、クラトス」
「し、しかし、それでは依頼を達成したことにならないだろう。最後にはこれをと指定までされているのだぞ」
踵を返そうとした僕を、クラトスが慌てたように止める。……まあ…、予想はしていた。堅物なこの人が中途半端なままで船に戻るなどと、そんな選択をするはずもない。
こっそりと息を吐き、その人へと向き直る。"私が、"そう声を零したクラトスのその言葉を遮るように言った。
「僕も行く」
大きく見開かれた瞳。驚いたらしいその人に、思わず笑った。"私が行って来る。リオンは待っていろ"とでも―――提案するつもりだったのだろうけど。
此処まで来てしまって自棄になりかけていることも少しは関係してるのかもしれない。けど、クラトスを差し置いて、その言葉に甘んじることなんて出来ないから。

意を決し、屋敷の扉へと歩み寄る。金属製の取っ手に触れると、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。随分と不快なそれに思わず眉根を寄せてしまいつつ、ぐ、とそれを押し込む。広がった光景は何処までも薄暗く、そして薄気味悪い。
一歩足を踏み出してみると、何処かからやけにハッキリと響く風の音がした。周囲を見渡し、何もないのを確認して、クラトスを手招く。受付のカウンターらしきものがあるが、其処は無人のようだった。
「ッ…!?」
唐突の音に振り返る。見れば、クラトスが僕に背を向ける形で、扉のある方向を見つめていた。開け放したままでいたはずの扉が、閉ざされている。そこまで見て、ようやくつい先の物音が扉の閉まった音だということを知った。
「…誰かが閉めたんだろう。気にすることじゃない」
「あ、ああ……」
成る程、こういうものなのか。何となくではあるものの、把握出来かけている気がする。要するに、不意のものやこの雰囲気に恐怖することが目的の、そんな場所だということだ。確かに、馬鹿馬鹿しいと頭では思っていても、暗い空気に呑まれてしまいそうになる、…かもしれない。
一向にカウンターの向こうから人が出てくるような気配はない。勝手に閉まったらしい扉は結構重たかった記憶があって、それだから人の手で閉められたと解釈して間違いはないだろうが、どうなんだ。誰も来ないということはとりあえず、勝手に奥へ行っていいんだろうか。
「まあ、とりあえず行くぞ。…クラトス?」
こんなところで考え込んでいても仕方が無い。兎にも角にも、床に描かれた矢印の方向へ向かおうとクラトスを呼んだ。けど。
いい加減この薄暗さにも慣れてきた中、目にしたその人の表情は、ひどく不安げな色を浮かばせていた。
「……苦手、なのか?」
思ったことが、つい、口をついて出てしまう。僕のその問い掛けにクラトスは"いや…"と首を横に振ったものの、微妙にその目は泳いでいて。正直なところ、意外だな、という感想もあるけれど。
「心配するな。さっさと終わらせてしまえばいい」
そう声を掛けながら、そっと近寄る。そのまま右腕を伸ばし、クラトスの左手を取った。
強く、握る。何があっても、絶対に離してしまったりしない。



あの三人が何故、私たちにこの依頼を(強引なまでに)譲らせようとしたのか。今ならその理由も解る、気がする。指定されたものの最後が"アレ"であったから、だろう。他にもそれっぽい理由はあるかもしれないが、すべてが終わった今、そうと考えるのが一番腑に落ちる。
要は、からかわれたのだ。
「うー…もう、リオンってば手加減を知らないから…あ、いたッ痛いー耳ひっぱらないで!」
「煩い。黙れ。よくあんな馬鹿げたものをクラトスに押し付ける気になったな…?」
「痛いッってば、だって、ハロルドとかジェイドが"おばけやしき"はとっても怖くて竜に食われちゃうっていうから!」
「ほう…? クラトスなら食われてもいいと思ったのか。良く分かった」
甲板。言い争いを(…といっても、どう見ても一方的なものだが)している二人を少し離れた場所から眺め、はあ、とため息を吐く。折を見て止めに入るつもりではいる。が、自分で請け負った依頼を他人に任せようとする行為は褒められたものではない。結果的に引き受けてしまった私も私だが、彼女にも、それなりに反省して貰わねば。何だかんだで、リオンはしっかりとしている。ただ鬱憤晴らしをしているように見えても、きちんと悪い事をそれは悪いのだと諭し、"次は無い"と言いながらも相手を許すことができるのだ。
それだから、心配する必要は、恐らくない。
「ちがうよ! クラトスは強いから大丈夫だって思っただけで…! それに、ねえ、クラトスー! それなりに楽しかったでしょ? 多分! リオンとか、きっとカッコよかったって…!」
ごす、と鈍い音が響いて、ディセンダーが頭を抱える。思わずリオンへと目を遣ったが、口を動かすその前にはもう"きちんと手加減はしている"と言われてしまった。
……まあ、…確かに。彼女の言っていること全てが的の外れたものだというわけでは、ない。暑い日差しの中、人ごみに押されてはぐれてしまわぬようにと気遣い続けてくれていたリオンは―――最後のあれで、あの雰囲気がどうにも苦手な私の手を引いてくれた、彼は。その。
普段でも十分だと思うのに、増して、…その……。
「全く。これだから能天気馬鹿は……」
ぽつりと愚痴を零しつつ私へと近寄ったリオンが、そのままで私を見上げて。
「まあいい。行くぞ、クラトス」
恐らくは無意識的になのだろう。先ほどまでの不機嫌な表情をそっとやわらげたリオンは、そうして腕を伸ばす。私に向けて広げられた、―――右手。薄暗く、とても不気味な中でそれは、一瞬たりとも離れたりはしなかった。不意をついてくる過激な物音や足音、仮装した人間の姿。それらに情けなく驚き、足を止めてしまいそうになる私を、"大丈夫だ"と引いてくれた。
そんな、手。
「…ああ……」
いつもならきっと人目を気にして、それは駄目だと言ってしまうのだろうに
あの心地良さと、抱く安堵感が、未だ鮮明でいて。
リオンの手のひらへと左手を置けば、嬉しそうな表情を浮かべてくれる。そうしてそのまま、そっと手を握られた。
温かい。伝わる鼓動と、その強さ。役得だ、と思う。……現金だろうか。



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