十月十日までのミトス+クラトス




ミトス+クラトス(現代パロ、同い年)

転校生がやってくるというその噂は、未だ幼さの残る年齢層の中では瞬く間に広がるものだ。それが物珍しいのならば尚更である。
ミトス・ユグドラシルが通う学園―――その学年内でも、例外はない。その日、教室の中は、ものの数分で訪れるであろう転校生の話題で賑わっていた。
誰かそれらしき人物を見かけた者は居ないのか、などという言葉から始まり、それぞれで男であれば良いだの女であれば良いだの。
見ず知らずのひとの事を、よくもまあ好き勝手に言えるものだ。冷めた思考を巡らせ、ミトスは自らの机に頬杖をついてため息を吐き出す。
どうでも良いと思った。思っていた。
ガラ、とふいに教室の扉が開かれる。立ち話をしていた者はすぐさまに自らの席へ、ぺらぺらと喋っていた者は途端に口を閉ざした。
散々噂されていた人物が教師に連れられるようにして姿を現しだす。
それを目にするまで、どうでも良いと思っていた。それは事実だったのだ。

転校生。それは、ミトスが予想をしていた人物像と遥かに違っていた。いっそ正反対だったと言っても良いだろう。
落ち着きのある赤茶色の髪と、同じような色をした眼。低めの声が本人の名を静かに紡いだ。『クラトス・アウリオン』。
彼は、大人びていると言われることの多いミトスからしてみても、落ち着いてひどく大人びていた。そしてそれ以上に、ひたすらに暗い。
この学園に転校してきて二週間以上は経っているが、その最中、笑うことが全くないのだ。にこりともしない。少なくとも、ミトスはそれを見たことがない。
無口で、必要な時に口を開くことはあっても、それ以外―――自分の意思で、誰かに何かを言うようなこともまるでないようだった。
そのくせどう見ても整った顔立ちでいて成績もいい。転校してきて二週間と数日、……気にくわないと思う人物も、出てきてしまうものらしい。

ミトス自身も、全く以って気にならない、と言うならばそれは嘘になる。ただ、それを訳もなく抑え留めながら、二週間。時折、遠目に彼を眺めるだけで過ごした。
なんだろうかと考える。何か、思い出せそうで出せないような、そんなものがあるのだ。それが何なのかは解らない。
"努力している者には、手を―――"…… それは、何だっただろう。

その日。ミトスは、休み時間中にそれを見かけてしまった。
広い校内の片隅。二人の、ミトスにとって名前も曖昧な少年が、クラトスを壁際に追い詰める形で何やら言っている。
偶然見かけただけで、その話の流れはよく分からない。少年らが彼に対して何を言ったかも、ミトスには知ることが出来ない。
「おまえたちが私の事をどのように思っていても、それは勝手だ。それでも、それで――なんの関係もない者へまで悪態をつくのは止めろ!」
休み時間の喧騒とはかけ離れた、静かな空間の中。冷静でいるように聞こえた控え目な声が、最後には張り上げられる。
目を丸くした。二人の少年もそうだったが、遠目にそれを見ていたミトスもまた、彼らと同じような反応をせざるを得なかった。
落ち着いてはいるけれども、無口で無愛想で。何処か気弱な印象さえ抱いてしまう、そんな少年が、今。
はじめて、怒りを露にした分かり易い表情をして……怒鳴ったのだ。

すっかり怖気づいてしまったらしい二人が立ち去った後。ミトスはそうっと彼へと近寄った。
其れに気付いた彼が、壁に背を預けたままで居た堪れなそうに視線を逸らし、俯く。けれども、それに構うことはなかった。
「ん」
「……なに?」
"努力している者には、手を差し伸べたくなるものだ" それは、知らない声。知っているかもしれない声。次は、ボクが。ミトスが無意識の下でそう考えたことは、果たしてただの偶然であるのか。
其れとも。
「途中からだけど、見てた。凄いね」
「何も凄くなんてない。…慰めてくれるつもりなら、悪いけれど、要らない」
「そう」
ミトスは彼へと手を差し伸べる。それを見、戸惑う彼を見て笑って、それより…と言葉を続かせた。
「ボクの名前は知ってる? ミトス。ミトス・ユグドラシル」
「………」
「普通、名乗られたら名乗り返すものじゃない?」
「………クラトス」
沈黙という間をおいて応えたクラトスは、そうしてミトスを見上げた。
にっこりと笑みを返したミトスが、半ば無理やりにぐいとその手を引く。
「友達になろう」
「……ともだち?」
「うん。…やっと言えた」
ミトスが安堵のため息を零す。
それを見ていたクラトスが、暫くの間の後に、静かに頷いた。
「私などでいいなら。……よろしく…」
クラトスは、ミトスを見上げて笑う。
初めて見る―――それでいて何処か懐かしい、やんわりとした優しい笑みに、ミトスはそうっと笑い返すのだ。
握り込んだ手のひらを、強くきつく結んで。


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