素敵なあなたとジン・ライム



気が遠くなるくらいに積み重ねられた仕事が、ようやくひと段落ついて
今日は、本当に久しぶりに愛しの天使さまと夕食を共に出来る。―――…はずだった。のに。
個人的に気に入りの数種類の酒の中から、何を飲もうか、なんてゆっくり考えているその時に、唐突なテセアラ城への御呼ばれ。タイミング悪いにも程がある。
「すぐ済ましてくるから。先に飲んでてもいいよ」と選んだ酒瓶をひとつ手渡し、慌てて支度をする俺さまを、寂しげな瞳がひっそりと見据えていたことに
気がついてはいた。…けど。


「気をつけて来い」と送り出してくれた天使さまに手を振り、城へと赴いて
これからのテセアラのあり方について助言をしてくれないか。なんて、つまんねえことを言い始める王の話をひたすら聞いて……三時間ほど。
漸く解放され、足早に帰路についた頃にはもう、辺りは真っ暗闇に沈み込んでいた。
…折角急いで仕事を済ませても、結局はこうなるのかよ。と愚痴愚痴してしまう俺さまは悪くないはずだ。
対面するなり不機嫌面を隠そうともしなかった俺さまに、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしたテセアラ王の顔が忘れられない。行き詰ったときの焦燥感は理解できなくもないけど、とにかく空気を読め。
「―――お帰りなさいませ」
「おう…悪ィな」
屋敷の無駄に重く感じる扉を開くなり、すかさず迎えてくれたセバスに軽く返事をする。脱いだ黒色のジャケットを手渡しながら、天使さまは、と訊ねた。
「自室に御出でかと。お食事は済ませたようです」
素早いセバスの返答に、そう、とだけ言葉を返し、二階へ上がるための階段に近寄る。
「んじゃ後はよろしく」なんて一言セバスに残してから、随分と前に天使さまに宛てた部屋へと急いだ。

きちんと閉められた扉の向こう側には人の気配らしきものがまるで感じられない。
今でこそ慣れてしまったものの、最初のうちはこれにすら戸惑っていた。何となくそれを思い出す。
そんなことする必要ないのに。とそう言っても、なかなか直らないらしいこれは天使さまの癖のひとつだ。
何処にいても、無意識のうちに自分の気配を消そうとする。
「……ゼロスか?」
「ん、そう。入るよ」
扉をノックしようとした片手が中途半端に止まる。相も変わらず他人の気配には鋭敏らしい。苦笑いを浮かばせつつ返事をすると、「ああ」と短い声が戻ってきた。
かちゃりと扉を開き、部屋の中へ入り込む。それほど敏感でもない(と思う)嗅覚が微かなアルコールの匂いを捉えた。
「おかえり。……先に頂いた」
「うん。どう、美味しいでしょ? あ、ただいま」
「ああ…良い酒だ」
椅子から立ち上がり、足早に近寄ってきてくれる天使さまのふんわりとした笑みに癒される。……あー…ホント、イイな。なんて、少しぼうっと見てしまった。
それだからなのか―――何やらぽつりと呟いた気がする天使さまのその言葉を聞き逃して……はっと我に返ったときには、不満げな表情が目前に。
「えっとゴメン、もっかい言っ」
言い終わる前にぐいと腕を引かれる。痛いくらいの力に驚くことしか出来なかった。
その間にも歩を進める天使さまは、寝るときは殆ど俺さまの寝室だからという理由上あまり使用していないシングルベッドにまで移動して
ぽかんとしたままの俺さまをそのベッドの上に、どん、と突き飛ばした。
ベッドの軋む音がやけに耳に響く。痛くはないけど……痛い。心が。やっぱ急に仕事が入ったことをいくらか怒ってんのかな。なんて、別に嫌でもない考えが脳裏に浮かんだとほぼ同時に、無言だった天使さまがふと口を開いた。
「…何を考えていたのだ…?」
「なにって……そりゃあ、」
あれか。自分の目の前に居るのに、全く別のことを思い耽っているように見えたとか。それが気に入らないとか。そう言いたいんだろうか。
ならそれは全く以て誤解だ。だって現に天使さまのことを考えていて、それでぼうっとしちまったわけだし。話聞いてなかったことには謝るけど。
顔を上げ、弁明しようと口を開く。けれどそれは、視界に映った天使さまの、何とも哀しげな表情に戸惑って。
「…天使さまのこと…」
動揺しすぎたせいで、たったそれだけしか言えなかったけど
それだけの言葉に天使さまは、ふっとその表情を綻ばせて笑う。
本当にそれだけか、と訊ねられて、迷うこともなく頷いて見せると、つい先までの哀しそうなのと不機嫌なのとが混ざり合ったような雰囲気は掻き消えた。
「私は……ずっと考えていた」
「…ん……?」
「ゼロスのことだけを考えて…待っていた」
―――珍しい……なんて、そんなレベルですらない。天使さま自身が一番に苦手とするはずの率直な言葉に、思わずぽかんとする。
ほんのりと赤らむ天使さまの頬は恥ずかしがっているのか酒のせいなのか……両方、なのか。分からないけど、俺さまの場合は間違いなく前者だ。
つられてこっちまで熱くなる顔を隠すようにして俯き、ついでに天使さまをちょいちょいと手招く。
素直に隣に腰を下ろした彼の体を、勢いに任せるままに抱き寄せた。
やんわりしたアルコールの香りが何だか甘い。…あー……もう、ホントに可愛すぎる。なんだこいつ。
「ゼロス」
「んー…? なに?」
「……好き、だ」
「え、」
「お前は……?」
真っ直ぐ見つめられて言葉に詰まる。答えなんて揺らぐことすらないのに、常に素直じゃないヤツが今回ばかりは素直すぎるせいで、逆にこっちが気恥ずかしくなって。…だから。
あったかい頬にそっと手のひらを添え、桜色のきれいな唇にキスを落とす。
触れるだけのそれを終えて、ほんの僅かに体を離す。何処か不安げに見上げてくる天使さまの瞳から逃げずに、告げた。
「愛してるぜ。クラトス」
満足したような、明るい笑み。
それを眺めながら、どうにかなりそうなくらいに。と、胸の内だけで密かに付け足した。




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