ZKホワイトデー



ちょっとした仕事の帰りに寄り道をした。
其処は、目に付くかわいらしい装飾を施し、甘い香りを漂わせている。
俺さまも昔からよく世話になっている………とまで言うと、意外とやきもち焼きな恋人に怒られそうだから止めておこう。
まあようするに、行き付けのお菓子屋に寄ったのだ。
その、恋人のために。

欲しいものを買ってさっさと屋敷に戻ってくると、天使さまは自室でひとり紅茶を飲んでいた。
羽織っていた黒い上着を脱ぎながら「珍しいもん飲んでるね」と感じたことをそのまま口にしてみる。
セバスチャンが淹れてくれたのだ、と答えた天使さまは、そうして手にしていたティーカップを小皿の上に置いた。
「…何を持ってきたのだ?」
天使さまの目が俺の手にする袋をじっと見ている。こてんと首を傾げるさまが随分かわいらしい。
それには特に何かを答えようとはせず、そうっと天使さまへ近寄った。不思議そうな顔をしたままのその人の向かい側に座り、テーブルに片肘をつく。
ごそごそと袋の中身をあさり、薄桃色のちいさな箱を取り出す。そしてそれを、天使さまへと差し出した。
「ほい、これ」
「……? なんだ、これは」
「チョコレート」
「何故?」
「ナゼって……ホワイトデーだから」
投げかけられる質問に答えれば答えるほど、天使さまの疑問は膨らんでいく一方のようだ。
受け取ることすら躊躇っている様子の天使さまに焦れて、ん、と箱を突きつける。両手でおじおじとそれを手にする姿に、自然と口端がつりあがった。
「…何故私に?」
「ん? そんなに驚くことじゃないでしょ、恋人同士なんだし」
「それは…そうなのだが」
そこで一息ついて、天使さまはじいっと俺を見据えた。
「そもそも私は、お前にチョコを渡していない」
「ですよねー」
きっぱりとした物言いに苦笑いを零したが、こんなふうに飾らないところもまたいい。
「まあ、俺さまからの気持ちってことで。食べてみてよ」
そう言って笑うと、天使さまの表情もふっと和らいだ。あー、こんな顔も好きだな、なんて。思いながら、静かに箱を開けていく天使さまを眺める。
収められていたホワイトチョコレートを指先でつまみあげ、天使さまはキレイな微笑みを浮かばせる。それから小さなそれを、そっと口内へ運び入れた。
「…美味い」
ぽつりと呟かれた言葉に満足した。
天使さまは、甘いもの自体はそんなに嫌いじゃないそうだけれど、甘過ぎるとどうもダメのようで。
人に贈るためのものを自分で選ぶなんてロクにしたことなかったから、口に合うものを選べたかどうかちょいと心配だったけれど。
……杞憂だったみたいだ。
「……すまなかったな、ゼロス」
「ん?」
「来年は…必ず、渡す」
ああ、バレンタインデーのことか。言葉の意味を理解して、笑う。
世界統合が成される前は、何時逢えるのか、何時逢えなくなるのかさえ分からないような日々だったのに。
天使さまの中にも、俺さまの中にも、お互いが共にいる来年が当たり前のものになっている。それがひどく嬉しかった。
「…あ、」
ふと何かを思い出したように声を上げた天使さまに首を傾げる。
天使さまはじいっと俺を見つめながら、まだ残っているらしいチョコレートを慌ててもごもごしている。
何かあったんだろうかと何となく後ろを振り返ってみても、向こう側に見えるのはきっちり閉められた扉だけ。他にはなにもない。
どうかしたの、と問いかけようとして、また天使さまに向き直った。
「おかえり、ゼロス」
「…ん? …あ…うん」
―――…そういえば、話すことに夢中で忘れていたけれど。
「ただいま!」
応じてから、今更過ぎると互いに笑った。




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