マナを失った自らが無様に崩れ落ちていく。それを何処か他人事のように感じていた。瞼の重さと安堵感に目を閉じる。手を伸ばせば届きそうな程に近い、待ち望んだ"死"。
随分と薄れた意識の中で辛うじて感じ取れた其れは、倒れ込んだ際の衝撃でもなければ地の固さでもなく、ただただ… いっそ不気味な程にやさしかった。
空となり、急激に冷えていくばかりの身体に、入り込んでくるかのような―――他人の暖かさ。ため息をつく。ああ、私は。
私は死に損なったのか。


イセリアの森の奥地。ダイクが建てたという家屋の二階。かつてロイドが過ごしていたらしい部屋で、一日の大半を寝台に横たわって過ごす。
ひどく苦痛だと感じずにはいられぬのに、無駄に生き延びただけの身体はろくに言うことを聞こうとしない。時に、嘘のように体調の優れる日がある。しかし繰り返す日々の殆どが、指先すら重たく感じられるほどの下らないものだった。
せめて眠りに就けれればと今更過ぎることを考えていた。いや、眠ろうと思えば眠れぬことはない。ただ、睡眠をとろうと強く意識をする、それすらも億劫なのだ。
開け放したベランダ。その向こうに見える紫色。ミトスは今、何を考えているのであろうな。ロイドたちは何処に居るのだろうか。長い時を押し潰すかのように、ひたすらに思考を重ね続ける。

あまりにも退屈で、それだから抜け出そうと。―――そんな性質の悪いことを考えての行動ではない。…と、思っている。
昼間はそうでもなかった筈なのだが、夜が深まるにつれて唐突に具合が良くなったのだ。寝台から起き上がれるだけでなく、ゆっくりとならば歩くことすら出来る。今となっては、…情けない話ではあるものの…、珍しいことだった。
深夜。羽根を背に、ベランダから外へと降りる。抜け出したつもりはない。折角の機会なのだから、息抜きをして来たいだけだ。すぐに戻る。誰へ対してでもない言い訳を並びたてながら、行くあてもなく脚を進めた。

聳え立つ木々の中を行く。歩けてはいるものの、ひどく違和感があるように思えた。それが久しぶりに外を出歩くからなのか、そういう理由でもないのか…、よく分からない。理解できることといえば、今この状態で走り出せば間違いなく転ぶだろうというくらいだ。
ため息を吐き出し、立ち止まる。最寄の木にもたれると、また一つ重たい息が零れ出た。
特別、無理をしたつもりはない。……それでも、息が上がる。たったこの程度で。自らが、この身が、憎い。
死に損ないのこの身が。
「………どうせまた、後ろ向きの下らんことばかり考えているのだろうな」
ふいの声に慌てて顔を上げる。目前には、人影。暗がりの中で顔はよく見えない。それでも誰なのか分からないわけがない。声も口調も、…その身に纏うマナも。よく知っている。いやなほどに。
「…何故此処に」
「それはこちらの台詞だ。静養中のはずのお前が何故こんなところにいる」
「………」
返す言葉が見つからずに黙り込む。呆れ果てたようなため息に居心地の悪さを感じながら、どうすることも出来ずに居た。
…すぐ其処からの視線を痛い程に感じる。
「心配でもしているのか?」
「………?」
「やつらと、――ミトスを。心配でもしていて落ち着かないのか?」
長々と小言ばかりが続くことを予想していて、故に予想外の問いかけに対する反応が遅れてしまった。二度目の問いにわけもなく焦ってしまいながら頷く。
そうしたところでどうにもならぬことは解っているつもりだ。それでも、案じずに居られる術など見つけられない。探すつもりも、無い。
「大方、少し具合が良いからと勝手に抜け出して来たのだろう。案ずる気持ち自体は察してやっても良いが、病人がうろうろしていい理由にはならんぞ」
「…私は病人ではない」
「立派な其れだろう。自覚がないというなら一番性質が悪い」
「………」
どうにか口にした言葉さえあっさりと切り捨てられて終わる。

夜の闇にも慣れた目で、静かに天を仰ぐユアンを何処かぼうっとしてしまいながら眺めていた。木枝から伸びる葉に邪魔されて空などろくに見えもしないはずで、それでいてなお彼はそれを睨みつける。禍々しい色をした、マナの塊。遥かな過去に我らが目指していたものの末路。
「暗い顔だな。何とかならんのか」
「…生まれつきだ」
「嘘を吐け。無表情でいればまだマシだ」
こちらを見、笑い声を零したそれが腕を伸ばしてくる。抗うにも億劫で、好きにさせることにした。やがて肩を掴まれ、ぐいと引かれる。明らかに自分のものとは違う体温を感じ、抱きとめられたことを知った。
―――暖かい。
「すべて終わった時…お前はあれへと行くのか?」
耳元で声がする。"あれ"とは、デリス・カーラーンのことだろうか。
「そうだな」
死を望んでいたはずの私は生きている。死ぬことに意味などないのだと諭され、…生き延びている。ならば、せめて私は、私の遣るべきことを。
ため息が聞こえる。背に回っていた腕が音もなく離れていった。
「私はお前と共に居たい。……そう言ってもお前は決して首を縦に振ってはくれぬのだろうな」
「………そんなものは御免だ。お前といるのは疲れる」
静寂。それを裂いた声と言葉を、切り捨てる。
「お前は本当に可愛くないな……!」
先ほどのひどく真剣そうな雰囲気を一転させたユアンに適当な返事をしながら、誰に聞かれる心配もない胸の内は押し殺した言葉をたどりゆく。
私はお前と共にありたい。
しかしそれを私が叶えられぬのだ。
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