夜の静寂はひどく心地が良く、同時に永遠のように長い時間だった。
眠りに就けもせず、朝が訪れるまでのその間を、私は星を数えて過ごす。
"天使"という種族に睡眠は必要のないものだ。人間として生まれ…やがて其れとなった身にも、睡魔は遣って来ない。
時折それを恋しく思うことはあっても、眠れぬこと自体に苦痛を感じることは無かった。
「…う……」
―――草木も眠るその中で、それは時に静寂を裂く。ちいさな呻き声と共に、片側の寝台に横たわり眠る彼がそうっと寝返りを打つ。
…此処最近はやけに頻繁であるような気がした。
彼は時折、悪夢に魘される。

それだからだろうか。近頃の彼は少し疲れているようだった。
戦闘に揺らぎは無い。本人は気付いていないのか、隠しているのか、どちらかは分からないが…行動自体に異常は見られない。
ただ、ほんの微かに顔色が悪い。そう見える時があるのだ。

フラッグは順調に集まっている。油断するつもりは決してないが、今のところ順調と言えるだろう。
決して負けられぬ戦い。大いなる実りへと近づくその度に、それは彼の背に圧し掛かっているのかもしれない。そう考えた。
過ちを繰り返さぬ、ということは…あまりにも難しい。
彼は――クレスは、きっとやり遂げるだろう。そう信じている。そして私は、どんな時でも彼を支えているべきなのだ。

明るい空はやがて夕焼けに染まり、そして夜となる。
最寄の街で取った宿の部屋の中、クレスは何処か冴えない表情を浮かばせていた。
いつまでも眠ろうとすらしないことに気付き、眠れないのかと声をかければ、そんなことはないと笑みが返って来るものの…その不安げな様子までは消えない。
「………そうだな…」
暫し悩んでしまった後に、窓辺へと寄って閉められていたそれを開く。
開いた窓から雲ひとつ見当たらない空を見上げると、其処に無数の星屑が散らばっているのが目に留まった。
「クラトスさん?」
振り返り、不思議そうな面持ちでこちらを見ている彼を手招く。いぶかしげながらに寄ってきた彼に窓辺を譲った。
小首を傾げていたクレスが、やがて窓際に手をつき、ふと外を見る。
そして、その空を目にしたのだろうか、静かに息を呑んだ。
「―――綺麗ですね…」
「…そうだな」
それは思いつきでしかない。クレスがそれに興味を持ってくれるのか、それすら分からない。
ただ、ひどく静かで永いを、何もせずに過ごすのは耐え難いものがある。それを覚えている。
「…私は…眠れぬ時は、星を数えて時間を潰している」
「…………」
「お前も、もしそのような日が続くならば…星を数えてみればいい。あれらを全て数えきるには…人生はあまりにも短い」
何時からなのか。…それすら覚えていない。いつの間にやら胸の内で廻り続けていた言葉を、はじめて口にする。
しかしそれはひどく懐かしい響きであったように思えた。
星の話を誰かにしたことはない。
それでも…私は何時かの何処かで、誰かに。ああ、そういえば―――
(星を見れば良いと言ってくれたのは…だれだったのだろうか)

「ありがとうございます」
その声に、我に返った。
何を考えていたのかも忘れ、慌てて隣へ視線を遣る。
仄暗い月光に照らされたやわらかな笑みが、静かに私へと向けられている。
息を呑み込んだ。
「本当に…いいことを教えてもらった」
クレスは―――どうやらそれを気に入ってくれたようだった。そうか、と短く応じたその一方で、動揺を押し殺すのに精一杯でいた。
穏やかで、やさしい微笑みだった。それが、何故こんなにも鼓動を高鳴らせるのか、わからない。
もう一度見たいと思う。一度、で気が済むのか、それすら自信はない。思えば彼はいつだって優しい笑みを浮かばせる。
…それを何かで曇らせてしまうなど、あまりに勿体無いではないか。
ああ、だからこそ私は。
「九つ…十…」
クレスのちいさな声が、星を静かに数えている。
私は……彼を、支えているべきだ。隣で、こうして。彼の大切な人物が、彼の手により無事に救われるその時まで。
悪夢から解放される、その時まで。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -