生を享け四千年以上。"自分という存在は何なのか"という、恐らくは誰しもが一度は考えるのであろう疑問さえ、何時の間にやら抱かなくなっていた。
そのもの自体に、既に興味は無い。どうでも良いとすら感じる。故に私は、自分で思っている以上に自らのことを知らないようだった。
それを度々、人に指摘されることはあるが、どれもこれもがどうにも納得いかず。
ただ。
『―――えーッ、そりゃずりぃだろクラトスー』
何時だったか、それはあまり覚えていない。ただ、ある時、確かにロイドにそう言われたことがあって。
当初はそれを気にも留めなかったが、今にして思い返せば、……そうだな。
それには同意が出来るかもしれない。


橙色が窓から射し込んで来る、夕暮れ。近場の街の宿を借りることが決まり、各々が戦闘での疲れを癒そうと自由行動を取る。
その中で私は宛がわれた部屋に備え付けのバスルームでシャワーを浴び、それを終えた後は、此処で同室であるロイドの帰りを待っていた。
確か彼は、コレットたちと一緒に買い物に出かけると言っていた。すぐ戻るから待っててくれよと言われ、…もう一時間は経つだろうか。
大方、どこかで寄り道でもしているのだろうが、一体どれ程の時間がかかるのやら。壁に掛けられた時計を眺め、ぼんやりと思案をする。
すぐには帰って来ないだろうな。そう思えたものの、それにあまり自信はない。彼らには何処か気分屋なところがあり、そしてよく団結する。誰か一人がふいに帰りたいと口にだせば、すぐさま行動に移すような子たちなのだ。
空いた時間を潰すためにと持ち歩いていた本は、既に読み終わってしまっている。それだから今日は、それの代わりになるようなものを探しに行きたかった。街中から出るつもりはなく、そこらの店を見て歩くだけだ。今から出かけても、夕食までには間に合うだろう。
しかし、待っていろと言われ、私はそれに頷いたのだ。少しだけだと言って出かけた後に、ロイドたちが帰ってくる可能性もある。―――そう目論んだ末に、結局夕食時まで帰ってこないことも十分に在り得るだろうが。
(まあ……良いか)
急いでいるわけではない。本を探すのは次の機会でも構わないかもしれない。さらわれたコレットを救った後、まあ少しくらいほっといても大丈夫だって! ミトスだからさ! などとよく分からぬことを言い出し、最終決戦を先延ばしにし続けているロイドは、きっと明日もそうするのだろう。
今日ぐらいにしか出来ないのだ、というわけでは全く無い。
………それは結局、自分に都合の良い言い訳なのだ。

読み終えてしまった本の中の、それなりに印象に残っている部分だけを読み返して暇を潰していた。
不意に耳にまで届いてきた声に顔を上げ、ふと窓の外へと目を遣る。既に薄暗い。何処かでロイドたちの声がする。帰ってきたのは今らしい。
出かけても良かったのだろうな、などと時計を見つめながら思い、それでも待っていたこと自体に後悔は抱かなかった。
「ごめんっ、クラトス! 遅くなっちまった!」
どたどたと駆ける音が響き、やがて部屋の扉がバン、と勢いよく開かれる。廊下を走るのは止めろ、そう注意する間もなく、謝罪を口早に述べられて。
ため息を吐いた。ロイドはそれを私が怒っていると感じたらしい。扉を閉め、慌てて近寄ってくるが、…そうではない。危険もない屋内なのだから、もう少し落ち着いて欲しいのだ。日頃から口を酸っぱくして繰り返しているのだが、それを聞き入れられたことはあまりない。
「あ、そうだ」
「…?」
寝台に座る私の隣に腰を下ろしたロイドが、ふと思い出したかのように声を上げた。肩に提げていた荷物袋をあさり、何やら探しているようだ。
注意を促す機会を逃がしたまま、その横顔と荷物袋を交互に見遣るくらいしか出来ない。
「ほら、これ! きれいだろ?」
やがて望みのものを探し出せたらしい彼のその手が真っ直ぐ私へと伸ばされる。それが握るたった一本を、じっと見つめた。
青。青い色の、薔薇。よくよく見れば造花のようだが、まるで本物のようにしっかりとした形をしている。赤や黄、といったごく普通の色であったなら、本物だと思ったかもしれない。
どうやらロイドも其処が気に入りのようで、ホントの花みたいだろ、と何処か得意げな顔で訊ねて来る。素直にそれに頷くと、笑顔を浮かばせた。
「やるよ、これ」
「………私にか?」
「他に誰が居んだよ」
明るい笑みが苦笑に変わる。そうか、そうだな、などとひとり言のように呟いて、くれるらしいそれをそっと受け取った。触り心地は本物のそれと比べ物にならないが、至近距離でしみじみと見ても良く出来た形をしていると思える。最近はこんな造花もあるのだな、と関心すらした。
「あ…あのさ、クラトス……いや、父さん」
「なんだ?」
「……その……俺、さ、…アンタの………」
唐突にその表情を変化させたロイドが、しどろもどろに言葉を発する。途切れ、そのまま固まってしまった彼を、私はただじっと眺めていた。
ロイドは私に何を伝えたいだろう。―――解っている。解っている、つもりだ。それでいて私は気付いておらぬようなふりをする。嬉しくないわけではないが、許されざるものなのだ。
彼を散々に巻き込んだ私が、受け入れていいものでは、きっとない。
「………いや、さ……。アンタの羽の色、確かこんなんだろ? だから、いいかなって…それ、買って来たんだよ」
硬直し、迷った挙句に、ロイドはそうして笑う。何処か哀しげにすら見えるそれに、胸が痛んだ。そのような気がした。

『ずりぃだろ』
ふて腐れたような顔で文句をぶつけてくる、あの時のロイドの声が脳裏に反響した。
そうだな。ずるい、と言われても仕方がない。
(ロイド、おまえは私に何を伝えたいのだろう?)
解っている。解っていながら、受け入れることにも突き放すことにも怖れを抱き、見てみぬふりを続ける私は。
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