何となく不調であると自覚はしていた。故にある程度でどうにか涼んだり、水分を多めに摂ったりと、出来うる限りの事はした筈で―――だがしかし、どうにもならぬということも、きっとある。
仕事の忙しさが漸く過ぎ去り、明日からは久しぶりの休日だ。特に予定もない。今から休んでも十分だろう、などと思考を巡らせながら、家にまで辿りついた時。
玄関先で、………随分ときつい…眩暈を、覚えた。

自らの体調の異変に気付いたのは二日前程。だが、緊急性はないだろうと判断した。
少し気をつけていればじきに治まるだろう、そうでなくとももう少しで一段落するのだ、大袈裟になる必要はない。その程度の認識だった。
誤認、だとまで言うつもりはない。ただ、こうしてそれに直面してみると、…予想以上につらいものではある。
揺れ回っているかのような感覚と悪心。壁に手をつき、ふらふらと寝室を目指す。
大して何も考えられぬまま寝台に潜り込んだ。きつく瞼を閉じても尚、自分の周囲がくるくると回転し続けているかのような気持ちの悪さがある。
夕刻とはいえ真夏の中。その筈が、ひどく肌寒い。

幾らか眠りに落ちては目を覚まし、変わらぬ体調不良の中で、やがてまた眠りにつく。それを何度も繰り返し続け、ふと気付いたときには既に朝だった。
カーテンを閉め忘れているらしい窓から陽が射し込み、暗い部屋を僅かに照らしている。
………頭が、痛い。ずっとこのままでいるのも駄目だと判ってはいるが、起き上がろうにも、それすら上手くいかない。どうにか動かした両腕を寝台につき、上半身を僅かに浮かせ、…すぐに限界を迎える。
力が抜け、支えを失ったそのままにシーツに沈む。情けない、とちいさくため息をつくと、頭痛が一層にひどくなる。
それでも重たくなってゆく瞼に、恐ろしさにも似た感情を抱く。睡魔に対してそのような感情を向けることは、さすがに初めてだ。
このまま眠ってしまって良いものか。ぼんやりと考える。最早他人事のように。どのみち―――体を動かすことすら難しい。目が回るような頭痛と吐き気からどうにか逃れたいのも事実で、そんなことを考えている間にも瞼は落ちていく。
額に、腕を置く。…熱があるのかもしれない。
「―――寝ている、のか…?」
うとうとと浮き沈みを繰り返す意識の中に、ふいに声が届く。反射的に応じようとして、結局叶わない。
がさりと何やら音がしてから、控え目な足音がこちらへ近付いて来る。
仮にこの症状が風邪であるのなら、相手にこれがうつってしまいかねない。咄嗟にそんな考えが過ぎって、来ないで欲しいとすら思ってしまった。
けれど。
「クラトス、……… ッ! どうしたんだ……!?」
願いにも似たそれは届かず、寝室へと遣って来た彼は、…リオンは、やがて慌てたような声を上げた。
「リ、オ……」
視界にまで入り込み、険しい表情を浮かべたリオンを呼ぶ。それには何も応えない彼が、額に置いていた私の腕を動かし、その手でそっと触れてくる。そうして、その顔をより一層険しいものにさせた。
「動けないのか」
「………」
問いかけに、ただ頷く。……心配をかけてしまっている。心配をしてくれている。それが、判る。
「とりあえず…着替えるぞ。その後で水分を摂る。いいな?」
そうしてすぐに伸びてくる両腕が、私の背にまで回されて。身を引き起こそうとしてくれているそれに頼り、辛うじて起き上がると、彼はすぐさま昨日から着っぱなしのシャツに手をかける。
少し焦ったが、「大人しくしていろ」と有無を言わせぬような声で制されてしまっては、もうどうしようもない。

私自身は殆ど座っていただけの着替えを終える。一度寝室を出たリオンが持ってきてくれたスポーツ飲料を幾度か飲み込んで、再び寝台の上に横たわる。
眩暈はするものの、先ほどのあれらよりも楽だ。急激に激しくなる睡魔にも、恐れを感じたりはしない。
「しっかり寝るんだぞ」
ささやくような小声が、とても優しい。瞼を開閉させながら、半ば無意識的に、手を伸ばそうとする。
「…ん。大丈夫」
やけに重たく感じる自らの片手は、伸ばした、とすら言えず。ただぴくりと動きを見せただけで、…それでも―――それでもリオンは、そんな手を、さも当然のように握ってくれる。
は、と、息を吐き出した。とても落ち着ける。
「大丈夫だ。僕に任せてくれていい。ここに居る」
それは……リオンがここに居てくれるからだろうか。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -