世界統一を果たしたその後で、レネゲートとして行うべきことはとても少なくなったのだが
それでもなお私の下で働いてくれるらしい部下達に、それぞれの役割を充てていた時のこと。
指揮を取る私の背に突き刺さってくるような視線。振り返れば、其処には用意してやった椅子の上に座し、私をじっと見つめるクラトスの姿。
その瞳は何処までも無感情のままで、何を考えているかさえ読み取れない。
どれだけ年月が経とうとも、こいつは相も変わらずよく分からない男だった。

ロイドの実家で療養中のクラトスを、「具合さえ良ければ来い」と誘ったのは他でもない私自身だ。
だが、そいつを通したのは私の自室であり、そこで部下達に指示を出すわけではない。
直ぐに戻るから待っていろと言ったのに、結局のところホールまでついてきたそいつは、終始無言のまま
しかし決して私から視線を外すことはなかった。(最初から最後まで、刺してくるような視線の気配は消えずにいた)
集わせた部下達に今日のところは解散だということを告げ、戻ってきた自室の中、私の使用しているベッドの縁に腰掛けているクラトスへちらりと視線を遣る。
その横顔を見るに、決して不機嫌だというわけではないようだ。まあ仮にそうだとして心当たりもないのだが。
…何を考えていたのだろう。よく分からん。分からんからこそ、気になる。
「……私の背に何か付きでもしていたか?」
「?」
その理由を必死に捜し求めた挙句、出てきたのは、何気に自分が最も否定したいと思える言葉だった。
いや、まさかな。流石にないだろう。しかし、仮にそうだとしたら。いやいやまさか。
「………、まあ、そうとも言えるのかも知れぬ」
そんなまさか。…が、当たったらしい。虫か。虫なのか。ああ、そう考えると居心地が悪くなってきた。
立ち上がり、今もついているのかと、そいつにくるりと背を向ける。また、あの視線を感じた。「ああ、そうだな」と悠長に答えるそいつとは裏腹に、焦った。
「付いているなら早く取れ」
「それは取れるのか?」
「取れるだろう? さっさと引っ剥がせ」
「………」
恐怖心というものは無いが、それでも虫は個人的に苦手だ。気色悪いと思う。
それが、背に引っ付いているとなるとぞわぞわする。せめて、マントを羽織っていれば良かった。だが生憎、それは部屋の片隅のテーブルの上。
何時どの時からこうなのか知れないが、何かがくっついているような感覚は全くない。だとすれば、小さい何かなのか。
いっそ衣服ごと脱いでしまいたい衝動を押さえ付けながら考えていた。
その、最中。
「ぐっ!?」
後頭部を、というか正確には其処らへんの髪を、ぐいと引かれ
痛みと共に、頭が上を向く。
思わず息を詰めると、背後から「取れないではないか」という、腹が立つほど無感情な声が聞こえてきた。
「お前っ…! 何をしている!」
「取れ、とそう言ったのはお前だろう」
「虫のことだ! 嫌がらせをしているのか!?」
引っ張られた髪を片手で押さえながら、振り返り文句を告げる。
何処か幼い顔をきょとんとさせ、虫…? と小首を傾げたそいつを目に、こちらまで首を傾げたい気分になった。
「っ…私の背に何かついていて、お前はそれを見ていたんだろう?」
「ああ。そうだったな」
「まだくっついているのなら、其れを取れと」
「だから、取ろうとしただろう」
話が進まん。お前が取ろうとしたのは私の髪だろう。からかっているのか、と睨みつける私をじっと見つめながら
そいつは、不意に合点がいったような感じで、ああ、と声を零した。
「私が見ていたのは、お前のその髪だ」
「…髪?」
「忙しく動くものだな、と」
「………」
ようするに。虫は、関係が無い。ということだろうか。
少し安堵したものの、妙に納得がいかん。というか、人の髪を"くっついてる"呼ばわりするのも、どうなのだそれは。
ため息を零し、傍らのソファにどさりと腰を下ろす。
問答無用で引っ張られた髪が、未だにじんじんと痛んでいる。
そもそもが、何故髪が取れると思ったのだろう。引っ張れば引っこ抜けるとでも考えたのか。阿呆か。
「ユアン」
「…なんだ」
「後ろを向け」
隣に座ったクラトスが、そう言うから
何をされるのかを見越したその上で、言われた通りにした。
一つに束ねた髪に、そうっとクラトスの指先が埋もれたような感覚がして、やがて紐を解かれる。
「好きなのか?」
「何がだ」
「髪が」
「……いや、別に」
そう素っ気無く応じていてなお、人の髪を好き勝手にいじり出すそいつに再びため息をついた。
やはり、こいつはよく分からない。


01.視線の意味を知りたくて
(わざとなのか、天然なのか。解りかねる)
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