本当に、些細なこと。
それですら胸の奥がどきりと鳴る。
「クラトス」
「なんだ?」
俺が使っていたベッドの、その上。
座って本を読んでいたクラトスが、俺の呼びかけにしっかりと反応をしてくれる。
その、鳶色の髪と良く似た色の瞳に見つめられるだけで、また。
どきりと胸の奥が跳ね上がるように、鳴る。
しいなから貰ったという軽そうな寝間着に身を包んでいるクラトスの顔色は、健康そうとまではいかないものの、ここ最近の中では多分、一番いい。
ただ座っているだけでもひどくつらそうだった一時期に比べれば、体調も随分と回復してきたようだけれど
俺と親父がひたすらにここで療養させているせいで、そいつのその身体は前と比べ随分と細くなってしまった。
「…そっち、行ってもいい?」
「? ああ」
何となくひとこと声を掛けて、返事を聞いてから近寄る。ベッドの縁に慎重に腰を下ろし、分厚い本の端に触れていた真っ白い片手をそっと掴んだ。
細い指に、腕。それなりに重たい剣を持ち、それを思うままに操っていたはずのそれさえ、今はとてもか弱いもののように見える。
体内のマナを解放するということ。それがどれだけ無茶なことだったのか、クラトスのこの様子がこっそりと教えてくれているみたいだ。
ユアンの助けがなかったら、あのまま死んでしまっていた。
今だって、少しずつ良くなって行っているからまだいいけれど……油断は絶対に駄目だと、リフィル先生にも言われている。
「どうしたのだ…?」
首を傾げるクラトスを、じいっと見つめる。
すかした笑い方ばっかりして、無愛想で、偉そうなことばっか言ってるやつだ、と。裏切り者だ、敵だ、と、酷いことばかり言ったこともあったけど。
敵だと認識していたあの時でさえ、頭のどっか片隅では、こいつを絶対の悪だと思えない自分自身が確かに居た。
みんなの前じゃなければ、無理やりにでも引き止めていたかもしれない。
全部、過ぎたことだけど。
「なあ、クラトス」
呼びかけながら、腕を伸ばす。両の肩に手をついて、そうっと体を抱き寄せた。
その細さに不安になる。ちょっとでも力を込めたら、それだけで悪くさせてしまいそうで。
「いやだったら抵抗しろよ?」
少しだけ体を離す。ひとこと告げて、少しずつ距離を縮めた。
どうして、そうしようと思ったのか。はっきりとした理由は自分でも分からなかったけど。
僅かに乾いたクラトスの唇に、自分の唇を重ねて。そのまま、すぐに離す。
目を白黒とさせてぼんやりしていたクラトスの顔が、だんだんとほの赤くなっていく。
血の繋がった、実の父親だけど。それを知っていても、やっぱり、可愛いなあと思って。
どきどきと胸の奥から響いてくる鼓動が、とてもうるさい。
「クラトス」
「………何、だ…」
俯きながら、それでもしっかりと反応してくれたクラトスに、くすりと笑い声を零す。
「何でもない」
俺、アンタが好きかも。
言いかけた言葉を呑み込んで、適当にはぐらかす。
もう少し、クラトスの身体が良くなってから。
その時のために、大切に取っておこう。


03.好きになってもいいですか?
(というか、もう、遅いよ)
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テーマ「人外ファンタジー」
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